〜硝子〜




 カミューが教室に入ると何やらずいぶん賑やかだった。おや、と思ってそちらに目をやると人の輪ができている。その中心にいたのは……。
「マイクロトフ?」
「あ、カミュー、いいところに……」
 周りを囲んでいた級友の1人が教室に入ってきたカミューに気付き、急いで手招きする。カミューはやれやれ、と思いながら人の輪に近づいた。どうやら騒ぎの中心はマイクロトフらしい。

 直情的なマイクロトフがこんなふうに級友たちと騒ぎを起こすことはめずらしいことではなかった。どこまでも真面目な性格が災いして、友人たちの他愛のない軽口ですら聞き流すことがうまくできないのだ。
 仲良くなる前は、馬鹿なヤツだ、と鼻で笑う思いで遠巻きに見ていたのだが、親友となった今では、仕方のないヤツだ、と苦笑しつつもフォローしてやろうという気になる。友情とは不思議なものであった。いや、不思議なのはマイクロトフ自身なのかもしれない。周りの友人たちも堅苦しい彼のことを煙たいと思っているだろうに、それでも友人をやめないのだから、何か彼の魅力に惹かれているではないだろうか。

 そんなことを思いながら声が届く距離まで近づくと、
「どうしたんだい? 随分、賑やかだね」
 何気なさを装って輪に声をかける。すると友人たちが一斉にカミューのほうを振り返り、一様にホッとした表情を見せた。頑固な友人を上手く黙らせることができるのはこの男だけなのだから。
「よ、よし、カミューがきたことだし、この話はこれで終わりということで……」
 ちょうどマイクロトフと向き合う位置にいた友人が適当なことを言ってその場を解散させようとすると、周りもうんうんと頷いて輪から抜けようとした。
 しかし、
「まだ話は終わってないだろう!!」
 マイクロトフが難しい顔をして大声を出す。友人たちは辟易した顔で首をすくめ、カミューに救いを求めるような視線を送った。
 カミューは彼らに笑みを向け、マイクロトフの背後に歩み寄ると、ポン、と軽く肩を叩く。振り返ったマイクロトフはようやくカミューの存在に気付いたふうに瞬きをしたが、気を取り直したのか、カミューに向き直ると興奮した様子で口火を切った。
「カミュー! いいところにきた! おまえはどう思う?!」
 話の内容も聞かずにどう思うも何もない。夢中になると目の前のことしか見えなくなるマイクロトフに苦笑しながら、カミューは殊更ゆっくりとした口調で話しかけた。
「マイクロトフ。その話は後でゆっくり聞くからさ。それより、1限目の戦略の課題なんだけどね、ちょっと引っかかるところがあって」
「え?」
 課題、と聞いてマイクロトフの頭の中が冷水を浴びたように瞬時に冷えた。

 昨日の授業で戦略に関する課題を出され、夜、カミューとあれこれ討論した。ときには意見が激しくぶつかりあい、相手を言い負かそうと必死になって理論を打ち立てては、相手にその作戦の穴を指摘され、再び模索する。そうやってようやくお互いに納得のいく結果が出たのは夜半も過ぎた頃だった。そのときは、自分たちの策がきっと一番いいに違いない、とどこか誇らしげに笑い合っていたというのに。まだどこかに不具合があったのだろうか。

 マイクロトフの中の天秤がこっちに傾いたことを察したカミューは、ぐい、と腕を引く。
「とりあえず、急いでもう少し考えてみようよ」
「う、うむ」
 しかし、まだどこか釈然としない様子でその場に止まるマイクロトフに、カミューは片目を瞑って、
「今の話は後でちゃんと聞かせてね」
 と、フォローも忘れない。その一言が効いたのか、ようやく納得したように頷いたマイクロトフは、教室の隅へと移動すると早速切り出した。
「で、どこなんだ? おかしいと思ったのは……」
 真剣な面持ちで聞いてくるマイクロトフにカミューは軽く唇を舐めながら、さあ、どうしたものか、と考える。さっきのは友人たちから気を逸らすための方便であり、おかしいところなど見つけていないのだ。昨夜の2人の力作は自分の目から見ても非の打ち所のないものだったのだから。
 カミューはひとつ頷くと夕べのやりとりを思い出し、一度しか話題に上らなかった問題点を夕べのセリフと重ならないように言い回しを変えて口にしてみた。その流暢な話しぶりに、自分は腕のいい詐欺師になれるだろうと内心おかしくなる。
 しかし。
「カミュー、それは夕べも話したではないか」
 マイクロトフにはあっさり看破されてしまった。カミューは内心驚きながらも、ばれてしまったものはしかたがない、と笑って誤魔化すことにする。
「あれ? そうだったっけ? ごめんごめん。考えすぎちゃったみたいだね」
 マイクロトフは、頭をかきながら笑うカミューの顔をじっと見つめたかと思うと、短く嘆息した。
「すまない」
「え?」
「さっきの騒ぎを収めるための方便だったんだろう」
 マイクロトフのセリフにカミューは大きく目を見開く。物事に夢中になると猪突猛進的なところがあるせいか、視野が狭く鈍いと思われがちなマイクロトフだが、その実、本質を見抜く勘が非常に鋭い。余計なものを見ないためなのかもしれないが、こうやっていきなり核心にせまられるのは少々心臓に悪かった。
 二の次が告げなくなっているカミューにマイクロトフは目を伏せる。
「すぐ、ああやってムキになってしまうのは悪い癖だとわかっているんだが……」
「い、いや、それがおまえのいいところでもあるんだから……」
 カミューが慌ててフォローすると、マイクロトフは顔を上げてどこか力なく笑った。
「だが、こうしていつもカミューに迷惑をかけている」
「迷惑だなんて!」
 カミューは大きく頭を振った。昔ならいざ知らず、親友となった今ではマイクロトフのフォローをしてやるのは当然のことであり、嫌々やっているわけではなかった。それどころか、周りが手を焼いてる中、自分だけが彼を制御できることにどこか自慢めいた感情すら覚えているというのに。
「俺は好きでやってるんだよ。迷惑だと思ったら最初から関わっていない」
 カミューの答えにマイクロトフはわずかに笑みを浮かべた。
「……カミューは人が好いからな」
「は?」
 カミューは聞き慣れない単語に思わず耳を疑う。
 この俺が人が好いだって? 自分のためにならないことは何一つしないと割り切っているこの俺が?
 どこをどう誤解すればそういう認識になるのか。カミューが理解に苦しんでいると、その様子を見ていたマイクロトフは、いつもは何事にも敏いというのに肝心なときに鈍いではないか、と苛立つように待っていたが、結論が出そうにないと判断すると、わずかに顔を赤らめて上目遣いにカミューを見た。
「俺には親切にしてくれるではないか!」
 照れ隠しなのか唸るような低い声で言うマイクロトフに、カミューは何を、と思うより先に口が先に動く。
「それはマイクロトフだからだよ」
「え?」
 今度はマイクロトフが目を瞬かせる番だった。それを余所にカミューはようやく合点がいったかのように頷く。
 自分に親切にしてくるから人が好いと思うなんて。彼のほうがよほど人が好いではないか。
 そんな単純な思考も、自分にはない純粋さがさせているのだと思うと微笑ましく思えてしまう。昔はその汚れなき心に嫉妬していたというのに、人生とはわからないものだ。
「俺は誰にでも優しいわけじゃない。たとえば、さっきの騒ぎだって中心にいたのがおまえじゃなかったら俺は知らないふりをしていたよ」
「な、なぜだ?」
「なぜって、親友じゃないか」
 こともなげに笑ってみせるカミューに、マイクロトフはなぜか痛みをこらえるように眉を顰めたが、それは一瞬のことですぐ納得したように頷いた。
「そうか」
「そうだよ……っと、先生が来た!」
 2人をはじめ、教室内で思い思いに過ごしていた生徒たちが一斉に席に着く。こうして朝の会話は終了した。
 ちなみに2人が完璧だと自負していた戦略の課題は、「よくできている」と褒められながらも歴戦をくぐり抜け引退した老騎士には通用せず、あっさりと破られてしまった。


 授業が終わるとカミューは馬を見に行こうとマイクロトフを誘った。従騎士である彼らは授業や訓練のほかに、馬の世話など見習いなりに騎士としての仕事もある。
厩舎に向かう途中、話題にのぼったのはやはり先程の授業のことだった。自信作だっただけに破られたのは非常に悔しかったが、自分たちがまだまだ未熟なのは当然であり、今度こそは、と2人で決意を新たにする。何がいけなかったのか、教官たちの解説を思い出してあれこれ討論しているうちに気付けば厩舎の前だった。
 すると、カミューは周りに人がいないことを確認して、話題を変える。
「それで、今朝はどんな話をしていたの?」
 カミューの問いにマイクロトフは今朝のやりとりを思い出したのか、わずかに顔を顰めた。
「……最初は、女性の友情は脆い、という話だったんだ」
「は?」
 あまりにも予想外の答えが返ってきて、カミューは間の抜けた声を上げる。マイクロトフの口から女性の話題がのぼるなど誰が思うだろうか。
 カミューの反応に、さすがに言葉が足りないと思ったマイクロトフは話を続ける。
「誰かが何やら流行りの小説を読んだらしいんだ。それでその内容というのが、2人の女性が1人の男を取り合って友情が壊れるというものだったらしい」
「はあ」
 そういう恋愛話を書いた本はめずらしくもなんともない。カミューも何冊か読んだことがあるが、友情が壊れたり、何らかの不幸が降りかかったりして苦難の末に大恋愛となるパターンが多い。しかし、そんな本の話がどうしてマイクロトフが怒る原因になるのか。
「それで、その本のとおり女性は薄情だとかなんとか、そんな話で盛り上がっていたのだが、俺はよくわからないから関わらなかったんだ。だが、そのうち、男だって同じだという話になって……」
 説明の途中でカミューは思わず吹き出した。
「なっ、何を笑う?!」
 突然笑われたマイクロトフが怒ったように問うと、カミューは肩を震わせながら、いやいや、というふうに手を振る。
「話はわかった。そこでおまえは、そんなことない、と反論してもめたんだろ?」
 ぐっ、と息を呑んだのはそれが図星以外の何者でもなかったから。その憮然とした表情にカミューは腹を抱えて本格的に笑い出した。そんな他愛もない話にすらムキになって反論するマイクロトフがあまりにもらしくておかしい。心の中でどう思おうとその場では黙っていればいいだけなのに。だから彼といるのは退屈しないのだ。
 それはそれはおかしそうに笑っているカミューを赤面した顔で睨むように見ていたマイクロトフだったが、やがて自棄になったように叫んだ。
「だが、カミューだってそう思うだろう?!」
 カミューは笑ったまま頷こうとして、待てよ、と思う。せっかくの機会だからちょっとからかってやろうという気になった。
「そうだなぁ。俺はどっちかというと彼らの言うとおりだと思うけど」
 カミューのセリフにマイクロトフは大きく目を見開いた。信じられない、という表情に自分が信頼されているのだということが伝わってきて、こんな状況だというのに嬉しくなってくる。
「男同士の友情も案外脆いと思うよ。衝撃を与えれば壊れる硝子のように」
「そんなことはない!」
 即座に否定してくるマイクロトフが小気味いい。自分が追い込んでいるというのにこんなことを思うのだから、我ながら相当性格が悪いと思う。だけど、ちょっとだけ意地悪してみよう。その後、もちろんちゃんとフォローする。おまえは特別だって。少なくても俺は裏切るようなことはしないって。がっかりさせた後に喜ばせるほうが倍くらい嬉しいだろう、なんて自分勝手な考えでカミューは計画を実行する。それがどんな結果を生むかも知らずに……。
「そうかな? たとえば俺とおまえが同じ女性を好きになったとする。おまえはどうする?」
 カミューの問いにマイクロトフは再び目を見開いた。答えが見つからないのか唇を噛んでうつむくマイクロトフにカミューは目を細める。
「俺はきっとおまえの傍に居られないと思う。おまえは魅力ある男だからね。敵わないと思って……」
「……そんなことはありえない」
 マイクロトフはぼそりとカミューの言葉を遮った。
「え?」
「俺がカミューと同じ人を好きになるなんてありえない!!」
 強い語調にカミューは驚いたように目を見開いたが、その言い方がまるで自分の過去の女性遍歴を責められているようでカッときた。
「なんだよ、それ!」
 つい怒鳴り返してしまってから、しまった、と思った。こんなはずではなかった。これは早く種明かしをして笑い話にしないと……。
 カミューは慌てて口を開こうとする。しかし、睨むような、それでいてどこかせつない視線で見つめるマイクロトフのほうが一瞬早かった。
「おまえは……自分を好きになるのか……?」
「え?」
 頭の中が真っ白になった。呆然とマイクロトフのセリフを頭の中で反芻する。そして、その意味を理解したときにはマイクロトフの姿はすでになかった……。

 マイクロトフは自分と同じ人を好きになるはずがないと言った。

『おまえは自分を好きになるのか』

 それって……。

「くそっ!」
 カミューはマイクロトフを探すために走り出した。見つけたところで何を言ったらいいのかわからない。だけど……。

 おまえの傍を離れるつもりはないからな!

 友情はマイクロトフの爆弾発言によって衝撃を受け、脆くも崩れ去ってしまった。
 では、あとに残るのは……?






また長くなってしまった…。赤←青な感じで

2004/6/17


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