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カミューとマイクロトフは宿舎の食堂で夕食を摂っていた。 いつも育ち盛りにふさわしい食欲で元気良く食事を平らげるマイクロトフだが、今日は様子がおかしかった。何か考え込んでいるような顔をしながら、普段より明らかに遅いペースでフォークを動かしている。そんなマイクロトフをカミューが心配しはじめた頃、ふとマイクロトフが手を止めた。 「なあ、カミュー」 「ん?」 「……人を、好きになるってなんだろうな?」 カミューは口にしていたシチューを吹き出しそうになった。それをなんとかこらえると今度は気管にかけらが入り込み、げほげほと咽る。 「だ、大丈夫か?」 自分の一言がこれほどまでの惨事を生み出すとは思いもしなかったマイクロトフは焦りながら声をかけた。 「大丈夫じゃないよ……。いきなり何を言い出すのかと思えば……」 涙目になりながら言うカミューに、マイクロトフは申し訳なさそうに眉を寄せる。 「すまない。よく食堂でウェッズたちがこういう話題を口にしていたようだったから……」 確かに自分たちは騎士見習いとはいえ年頃の少年たちであるため、集まれば色恋沙汰の話で盛り上がることも少なくない。教室でも話題になることはあるが、さすがに教室でははめをはずすのに抵抗があるため、こういった食堂のほうが話題に上る回数も多かっただろう。 だからといってこの朴念仁がおもむろにそんなことを口走るとは誰が思うだろうか。 カミューはナプキンで口元を拭いながらじろり、と睨みつけた。 「なに? 好きな子でもできたの?」 からかい半分何気なく言ったつもりだったのに、口調が嫌味というには少しきつくなってしまい、内心、どきっとする。マイクロトフに好きな子ができたところでなぜ自分が怒らないといけないのか。 そう考えたところで、一瞬、ひやり、としたものが胸をよぎり、これ以上深く考えてはいけない、と本能が告げる。 急に暗闇の中に突き落とされたような激しい動揺に襲われたカミューだったが、それ以上にマイクロトフのほうが動揺していた。 「ちっ、違う! その反対だ!」 「反対?」 カミューがおうむ返しに聞き返すと、マイクロトフはしまった、というふうに慌てて口を塞ぐ。そして、誤魔化すように視線を逸らすと、食事を再開させた。カチャカチャとフォークと食器が触れる音がいつもより大きく響いているのがマイクロトフの動揺を表している。 その様子に冷静さを取り戻したカミューは、ふーん、と呟いた。 「告白された……わけだ?」 問いかけというよりは確信に近い口調でカミューが言うと、ぎくり、とマイクロトフの肩が震える。予想がはずれなかったことにまた、ちくり、といらついた。 「よかったじゃないか。めでたく彼女ができて」 「そ、そんなんじゃない! 俺は断ろうとしたのだ! だが、彼女が返事は明日でいいから1日考えてほしいって……」 マイクロトフは自分で口にしたセリフに途方に暮れたように眉を寄せる。 「なぜ断る? いい機会じゃないか」 口から出てくるのは言葉の内容とは裏腹に冷たい響きばかり。カミューは滑稽なやりとりに笑い出したい思いに駆られた。しかし、マイクロトフは自分のことで精一杯らしく、そんなカミューの様子に気付く素振りもない。 「俺は彼女のことをよく知らない」 「そんなの、付き合ってから知っていけばいいだろう?」 自分でけしかけておいてどこか緊張していた。ここでマイクロトフが「そうだな」と頷いたら自分はどう反応するのだろうか、と。 しかし、マイクロトフは困ったようにますます眉を寄せただけだった。 「だが……、よくわからないのだ」 「何が?」 「だから、さっきカミューに聞いたことだ」 さっきとは、あの突拍子もなかった質問のことだろう。 人を好きになるってなに、か……。 考えてみるとこれほど答えの出ない質問もない。 カミューはひとつため息を吐くとフォークを手にした。 「こんなところで話すことじゃないよ。とりあえず食べてしまおう」 マイクロトフにも異論はなかった。 廊下を歩きながらカミューはぐるぐると考えていた。 さっきの質問にどう答えたらいいのか、もちろんそのことも考えていたが、それよりもさっきからの自分の中の不可解な感情のほうが気になっていた。 「なあ、カミュー」 マイクロトフが、少し先を歩くカミューが考え事をしていることに気付いているのか、少し遠慮がちに声をかけてくる。 「なに?」 振り返るとどこか心細そうな顔をしたマイクロトフがわずかに目を伏せた。 「……おまえの言うとおり、付き合ってみればいいのだろうか?」 マイクロトフのセリフを聞いたとたん、カミューの中で何かが切れた。マイクロトフの手首を掴むと身体で挟み込むようにして壁に押し付ける。目を見開くマイクロトフの顔に息がかかるくらい距離を縮めると、睨みつけるような視線でマイクロトフを射抜いた。 「どう思った?」 低い声が自分のものではないような気がした。 「え?」 「その子に告白されてどう思った?」 「ど、どうって……」 マイクロトフはカミューの豹変ぶりと問いかけにとまどったように眉を寄せた。そんなマイクロトフの耳元にカミューが唇を寄せる。 「好きだ」 「っ!」 マイクロトフは驚きのあまり心臓が止まるかと思った。カミューの体温が、耳にかかる熱い吐息が震えそうになるほどの緊張感をもたらす。マイクロトフが金縛りにあったかのように動けないでいると、不意にカミューの掌が心臓のあたりに押し付けられた。 「って言われて、ここはどうだった? どきどきしたか?」 カミューの言葉にマイクロトフの頭が一瞬真っ白になり、意味を理解すると身体から一気に力が抜けた。そういう意図だったのか、と自分の早とちりに赤面する思いである。 「い、いや、ただ驚くばかりでそんなふうには感じなかった……」 マイクロトフが脱力しながらも首を緩く振って答えると、カミューはひとつ息を吐いて身体を離した。 「だったらやめたほうがいい」 「え?」 ようやく顔を見ることができる距離になり、マイクロトフがカミューを見つめると、カミューは冷静さを取り繕うとして失敗したような複雑な表情を浮かべていた。 「恋っていうのは、なんらかの兆候があるものだよ。それは初めて会う人だろうが、前から知っている人だろうが関係ない。それがなかったっていうことは、それは恋にはならない」 「兆候?」 「頭で考えていることとは関係なく胸がどきどきするとか、なんとなくピンとくるものがあるとか、様々だろうけど」 「そ、そうなのか?」 「俺はそう思うって話。納得いかないなら、あとはおまえ自身で判断すればいい」 カミューはそう言ってマイクロトフを見つめたが、マイクロトフが黙っていると、くるりと背を向け、すたすたと足早に歩き出す。もう頭の中がめちゃくちゃで、早くマイクロトフの傍から逃げ出したかった。 その場に残されたマイクロトフはその後ろ姿を見るとはなしに見ていたが、視界から消えると力尽きたように、よろり、と壁に背中を預ける。 「どうしてくれるんだ……」 呟いた顔は真っ赤で、まだ早鐘を打っている心臓のあたりをぎゅっと掴み締めた。 『それは初めて会う人だろうが、前から知っている人だろうが関係ない』 カミューの言葉が脳裏をよぎる。 マイクロトフは、今、恋を自覚してしまった。 |