年の瀬も押し迫ったある日、マチルダ騎士団の宿舎の一部が大いに賑わっていた。 賑わっているのは、まだ正騎士となっていない従騎士の少年たちの界隈である。今日で年内の授業・訓練が終わり、これからそれぞれの家に帰って新年を過ごすのだ。正騎士になれば年中交代制となるため、年末年始だからといって家に帰ることができるとはかぎらない。そして、こんなにまとまった休暇も最後になるといってもいい。自然、帰省の準備をする少年たちの気持ちが浮き立つのも無理はなかった。 「カミュー、準備はできたか?」 「うん」 声をかけられたカミューは数日分の着替えなどを詰めたバッグのファスナーをしめると、重みに負けないように勢いをつけて肩に背負った。ざっと部屋の中を見渡して忘れ物がないことを確認すると、ドアの外で待っているマイクロトフの元へと向かう。 「ああ、緊張するなぁ」 ドアを閉めたカミューが胸を押さえて大袈裟に深い息を吐いてみせると、マイクロトフはドアノブに鍵を差し入れながら苦笑した。 「そんな大層な家ではないぞ」 「そうかな? マイクロトフ、育ちが良さそうだし。失礼があったら家から追い出されそうだ。なんて挨拶すればいいかな……」 ふざけ半分、しかし本気めいた口調で呟くカミューにマイクロトフは呆れたように眉を寄せる。 「普通でいいに決まっているだろう」 「普通にって、ごきげんよう、とか?」 「馬鹿」 マイクロトフは呆れを通り越して笑い出した。たかが自分の家に行くだけだというのに、緊張しつつもどこかはしゃいでいるカミューがおかしくてたまらない。 グラスランドから来たカミューは5日という休暇では里帰りなどできるはずもなかった。当然、宿舎で年を越す以外に選択肢がなかったのだが、遠方から来たり事情があってカミュー同様帰れない同期は他にも数人おり、カミューは彼らと適当に過ごすか、と考えていた。 だが、そのことに気付いたマイクロトフが当たり前のように言ったのだ。「自分の家に来ないか」と。 最初、カミューは遠慮した。家族水入らずで年を越すのを邪魔したくないと思ったのだ。しかし、マイクロトフはどこまでも意見を曲げなかった。終いには、「カミューが来ないなら、俺もここで年を越す」とまで言い出した。 結局、カミューが折れ、一緒にマイクロトフの家に行くことになったのだ。 「あんまり過剰に期待するな。普通の家なんだから」 楽しみにしてくれるのは嬉しいが、期待はずれだったときにがっかりされるのが嫌でマイクロトフは釘を刺した。しかし、カミューはにっこり笑って、 「マイクロトフにしてみれば自分の家なんだから普通だと思うに決まっているだろう。俺にはきっと新鮮だよ」 と、意に介したふうもなく話す口調がうきうきとはずんでいる。マイクロトフは一抹の不安が残ったものの、それ以上にカミューが楽しそうなのが嬉しくて自然と笑い返していた。 「じゃあ、いくか」 「うん!」 2人は元気良く騎士団の宿舎を後にした。 そして、マイクロトフの家で新年を迎えたのである……。 マイクロトフとカミューは初日の出に向かって祈っていた。 初日の出に願懸けしようと先に言い出したのはどちらだったか。 その年最後の食事をマイクロトフの家族と共に賑やかに終えた2人はマイクロトフの部屋に移動するとそんな話になった。徹夜は無理だ、というマイクロトフに、一度寝てしまったほうが起きられない、と主張したカミュー。結局は寝ようとするマイクロトフにカミューが強引に話しかけているうちに話に夢中になり、年が明け、気が付けば東の空がうっすらと明るくなりはじめていた。 2人はできるだけ厚着して家を出ると、マイクロトフのお気に入りの場所である小高い丘に向かった。身体の芯まで冷え込む冷気の中、2人は肩を並べて朝日を待つ。そして、ついに雲の合間から眩いばかりの白い光が漏れ始めると、どちらともなく目を閉じた……。 カミューはそっと目を開けると、隣で目を閉じたままじっとしている友人の横顔を盗み見た。何事にも真面目な彼は真剣な表情で何かを祈っているようだ。 マイクロトフらしい、と微笑ましく思う一方で自分の願いに思いを馳せる。 今年も……いや、ずっとマイクロトフの隣に居られますように……。 カミューは再び目を閉じて、真摯に祈った。 「ねえ、マイクロトフは何をお願いしたの?」 「ん? ……こういうのは軽々しく口に出すものじゃないだろう」 ぶっきらぼうな口調は照れ隠しのせいだと知ったのは仲良くなる少し前のこと。よく見れば頬に朱が帯びているではないか。それを可愛いなぁと思った時点でカミューの人生は決まっていたのかもしれない。 「えー? いいじゃん、べつに。おしえてよー」 カミューの抗議にマイクロトフは視線から逃れるように目を伏せた。こうなると頑固なマイクロトフの口を割らせるのは容易ではない。こちらから誘導するしかなかった。 「立派な騎士になれるように?」 ありきたりだが一番可能性の高そうなことを口にすると、マイクロトフは首を横に振る。 「それは願うものじゃない。自分の努力でなんとかするものだ」 「なるほど」 カミューはひとつ頷いた。確かにマイクロトフは幼い頃からの夢である騎士になるということを他人に頼ったりしない。自分の手で叶えるのがあたりまえなのだろう。そして、それが叶わないはずがない。 「じゃあ、何?」 「うるさい。そういうおまえは何を祈ったんだ?」 しつこく問い詰めてくるカミューにマイクロトフが怒ったように聞き返した。 「え? 俺? 俺はもっとかっこよくなりますようにって」 「馬鹿者! そんなことを祈るやつがあるか!!」 マイクロトフに怒鳴られ、カミューは声を上げて笑う。 「えー? マイクロトフに捨てられたくないから、男から見ても惚れ惚れするくらいいい男になりたいなーって」 冗談交じりに返しながらも本音は近いものがあった。マイクロトフの傍に居るためならどんな努力だって惜しまない。 そう決心したカミューだったが、 「……美人は3日で飽きると言うがな」 マイクロトフの切り返しに、ぐっと詰まった。 「……手強いなぁ」 結局、マイクロトフが祈った内容を知ることはできなかった。 カミューは知らない。カミューが再び目を閉じた後、マイクロトフが目を開け、カミューを見つめていたことを……。 10年後、マイクロトフとカミューは新都市同盟軍の本拠地の屋上で10年前と同じように肩を並べて初日の出を見つめていた。 ここ、ノースウィンドゥはマチルダに比べて温暖な気候であるが、やはり寒いことには変わりない。呼吸と共に白い息が大気に溶けていく。 「カミューの願いはなんだ?」 「俺の願い? 俺の願いはおまえの幸せだよ」 不意の問いにカミューは気取って片目を瞑ってみせた。てっきり赤くなるか怒るかと思っていたが、 「そうか。じゃあおまえが責任を持って叶えろ」 あたりまえのように頷かれ、カミューのほうが面食らう。そんなカミューを見てマイクロトフが笑って片手を差し出した。 「どうした? 自信がないか?」 「まさか。俺にまかせておいてよ」 カミューは不敵な笑みを浮かべると、その手をしっかりと握った。 10年前、幼い2人が真剣に祈った願いは叶っていた……。 |