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マイクロトフは頭を悩ませていた。原因は親友兼恋人(逆か?)のカミューのことである。 カミューは明日、誕生日を迎える。その贈り物に悩んでいるのだ。 前日になってもまだ悩んでいるあたりがマイクロトフらしいといえばそうなのだが、マイクロトフにしてみれば日々の忙しさに追われ、そんなことを考える余裕などまったくなかった。気付いたときにはもう目前、というわけである。 今年こそはじっくりと考えて決めようと思っていたのに……。 なにせ今年は。30歳を迎える節目の歳なのだ。日頃の感謝の気持ちを込めて、何か特別なものを贈りたいと思っていた。 しかし、勇猛果敢な騎士でも時間の流れだけはどうすることもできない。あと数時間で日付は変わってしまうのだ。 欲しいものを本人に聞くのが一番だと思うのだが、以前それを実行したときは「おまえからもらえるものなら何でも嬉しいよ」と言われ、それ以来、聞くのを止めざるを得なかった。確かにカミューはマイクロトフに欲しいものを聞いてきたりはせずに自分でプレゼントを選ぶ。それはどれもマイクロトフを喜ばせるものだったが、それはカミューのセンスの良さほかならない。 自分はこういうことにむいていない、と思うのだが、毎年、嬉しそうに笑って受け取ってくれるカミューを思うと、自分に出来得るかぎり一生懸命選ぶしかなかった。 少年だった頃からずっと隣に居たカミュー。人生の半分近くを共に過ごした彼の存在はかけがえのないものになっていた。 従騎士時代も、正騎士になった日も、騎士団のトップへと上り詰めた日も、そして、騎士団を離反したときも。常に彼は自分を支え、共に居てくれた。 デュナン統一戦争終結後、マチルダ騎士団を再建したい、と言ったマイクロトフにカミューは反対した。自分たちは理由はどうあれ、騎士団を離反した裏切り者なのだと。組織はなるようにしかならない。トップがいなくなれば次の者が就くだけ。自分たちが戻れば表向きはどうあれ、受け入れない者が必ずいる。危険だと諭した彼は、それよりも旅に出ようと言った。2人でもっと広い世界を見に行こうと。いつかの約束どおり、自分の故郷を見せたい、と。それはマイクロトフにとって、とても魅力的な誘いだった。しかし、やはり頷くことはできなかったのだ。自分たちの手で壊しておいてそれを再建したいなどとは確かに奇麗事だ。それでも幼い頃から憧れていた騎士団をこのまま消滅させてしまうのはあまりにも辛かった。そんなマイクロトフに、カミューは、仕方ない、と笑って付き合ってくれたのだ。 コンコン マイクロトフはノックの音に思考を中断させた。こちらの返事を待つ前に開けることができるのはただ一人。ガチャリ、と無遠慮にドアを開けたのは私服に着替えたカミューだった。 「やあ。城下に飲みに行かないかい?」 「……今からか?」 わずかにためらってしまったのは、せめてこれから残された時間で明日のことを考えたかったから。しかし、そんな事情など知る由もないカミューは誘い出そうとする。 「だって、こんなに早く仕事が終わったのって久しぶりじゃないか」 「確かにな……」 早い、と言ってもすでに日は暮れている。だが、普段に比べれば随分早いものだった。復興に取り掛かって3年。ようやく組織として機能しはじめた騎士団内は溜まっていた様々な書類が飛び交い、毎日が目の回るような忙しさなのだ。気付けば日付が変わっていた、ということも一度や二度ではない。 マイクロトフは逡巡したが、久々に温かい料理を食べながらゆっくりと飲みたい、という思いのほうが勝り、結局は頷いたのであった。 「疲れてる?」 ぼんやりとしていたところに声をかけられ、マイクロトフはハッと視線をカミューに戻した。カミューはグラス片手にひどく優しい瞳で見つめている。 「悪かったかな? 無理矢理誘っちゃって」 「そんなことはない! 久々にひと心地着いた気分だ」 美味い料理に美味い酒。そして、穏やかな時間。 知らず、ぼんやりとしてしまうのも悪気があってのことではない。心地良さに気が緩んでいる証拠だった。首を振るマイクロトフにカミューはどこか照れたように笑う。 「ごめん。明日の仕事が早く終わる保証なんてないからさ。1日フライングしちゃった」 「え?」 俺の誕生日祝い、と片目を瞑ってみせるカミューにマイクロトフは、ああ、そういうことか、と納得しつつ、呆れたように口を開いた。 「自分から企画するやつがあるか……」 「俺ももう三十路だからね。少しはずうずうしくならないと」 「これ以上ずうずうしくなってどうする」 軽口をたたきつつも、こういう機会は自分こそが気付いて誘ってやらなければいけなかったことであり、内心申し訳なく思う。きっと逆の立場だったらカミューはもっといいセッティングをしていたに違いない。 「すまない……」 「え?」 「俺のほうから誘うべきだったのに」 自分の気の利かなさに嫌気が差してくる。プレゼントのことすら前日になってようやく考えはじめているこの有様はあまりにも酷いのではないか。 見るからに消沈してしまったマイクロトフにカミューは苦笑を漏らす。 「ごめん。気にしないでくれ。正直言うと、単に一緒に居たいだけの口実なんだから」 フォローしてくれるカミューにマイクロトフは、これではいけない、とキッと顔を上げた。 「お、俺は……、俺も……、俺だって……っ」 しかし、意気込んだ気持ちとは裏腹に口ごもって上手く言葉が出てこず、酒が足りないとばかりに勢いよくグラスを呷る。冷たいはずの液体が咽喉に焼けつくような痛みをもたらして流れ落ちていく。胃のあたりがカッと熱くなるのを感じながら、ドンッとグラスをテーブルに置いた。 「俺だって一緒に居たいと思うぞ」 アルコールの勢いにまかせて本音を言ってみたが、カミューが、ぽかん、と口を開ける、などと失礼な反応を示したため、だんだん居たたまれなくなってしまう。まじまじと見つめられ、顔に血が上った。 「文句あるのか?!」 「い、いや、ありません」 我に返ったカミューは慌てて首を振る。にへら、と相好を崩したかと思うと、まあまあ、と空になったマイクロトフのグラスに酒を注いだ。 「乾杯しよう、乾杯」 「わっ、馬鹿! 溢れる!!」 慌てるマイクロトフを余所にカミューは少しでも動かすと零れる、というほどぎりぎりまで注ぐ。マイクロトフが、どう見ても表面張力がはたらいているグラスを睨みながら、「どうやって飲むんだ」と文句を言うが、カミューはそんなことは気にも留めずに自分のグラスの酒を美味そうに呷った。 「はい、マイクロトフ、注いで注いで」 「おまえな……」 マイクロトフは小言めいたことを言いかけたが、仕返し、とばかりにグラスになみなみと注ぐ。ぎりぎりで止めるつもりが酔っているせいか加減を誤り、グラスから酒が溢れた。慌てるマイクロトフにカミューは、平気平気、と笑って濡れた手もそのままに酒を一口啜る。それを見たマイクロトフも開き直ると、酒が零れるのもかまわずグラスを手に取り、豪快に一口飲んだ。にやっと悪戯めいた笑みを浮かべるとカミューに問う。 「何に乾杯するんだ?」 「決まってるじゃん。俺の三十路にかんぱーい!」 勢いよく、ガチン、とグラスを合わせた拍子に互いのグラスからまた酒が零れたが、2人とも気にせずにグラスの酒を呷った。一気に飲み干すと自然、笑みが浮かんでくる。 「あーあ、俺も明日で30歳か〜」 「明日ってもう2時間くらいだぞ」 「そうだね。……ねえ、マイクロトフ」 カミューは笑みを浮かべたまま、テーブルに身を乗り出すようにして2人の距離を縮めた。小声で、そっと囁く。 「日付が変わるまで、一緒に居てくれる?」 マイクロトフは、またやられた、と思いつつ、必要以上に近づいている額に平手を食らわせた。こちらから言おうと思っていたのだ。そうすればカミューの誕生日を一番早く祝える。言われるまでもなかった。 「何を遠慮しているのだ。らしくない」 先手を打たれたことに対する悔しさと照れを隠すようにぶっきらぼうに応えるとカミューはどこか弱気に微笑む。 「いや、疲れてると思って……」 「いらぬ心配だ」 もう何年、何かある日の前の夜から一緒に過ごすようになったと思っているのか。こうすれば誰よりも早く祝えるからね、とベッドの上で笑っていたのは恋人になって初めて迎えた自分の誕生日だったか。 怒ったように応えるとカミューは嬉しそうに笑い、じゃあ、店を出よう、と席を立った。マイクロトフはその浮かれように現金なヤツだ、と思いつつ、誘いにまともに応えてしまった自分に今更ながら赤面する。これではまるで誘いに積極的に応えたようではないか……。 それは間違ってはいないが、認めるにはやはり恥ずかしすぎることであった。 店を出るとカミューはマイクロトフの腕を引いて早足で歩き始めた。さっきまで酒を浴びるほど飲んでいたというのに、その足つきはふらつく様子もない。 「おい、カミュー」 呼びかけたが返事は返ってこなかった。マイクロトフはため息を吐くと小走りと変わらない速度に足をもつれさせないように自らも足を速める。 店に向かったときは活気が戻ってきた街並みを楽しむようにゆっくりと歩き、30分ほどかかけて到着した。その道を15分もかけずに戻り、マイクロトフの部屋に到着するとカミューはあたりまえのように合鍵を取り出した。ウキウキと、しかし、どこか焦った様子で自分の部屋の鍵を開けているカミューをマイクロトフは複雑な面持ちで見つめる。あまりにもあからさますぎる、と眉を顰めたい気持ちと、焦ってる様子を笑ってしまいたくなる思いとが交錯していた。 ようやくドアが開くとカミューは蕩けるような笑みを浮かべ、マイクロトフを中へと促す。淑女にするような優美なしぐさにマイクロトフはどこか憮然としながらも従ってやった。今日はカミューのしたいようにさせてやる、そう決めているのだから。 自分が入ればカミューが後に続き、ドアが閉まり密室ができあがれば2人の時間がはじまる。ドアを閉めれば背後から抱きしめられるかもしれない。マイクロトフは少し緊張しながら部屋に足を踏み入れる。カミューが後を続いたまでは予想どおりだったのだが、ドアが閉まる音がする前に背後から抱きしめられた。 「ちょっ、カミューっ、ド……っ」 ドアを、と言う前に顎を捉えられ唇を塞がれる。マイクロトフはすぐ深くなる口付けに応えながらドアが閉まる音を聞いた。距離からいってドアを蹴ったのだろう。 苦しい体勢でのキスはマイクロトフにとって負担が大きかった。酸素が足りなくなり、カミューに限界を伝えるがそれでもなかなか解放されず、意識が遠くなりかけた頃、ようやく解放される。息を弾ませたマイクロトフは目元を赤くしながらも呆れたように睨みつけた。 「外套くらい脱がせろ」 「うん。ちょっと先走っちゃった」 カミューは悪戯っぽく笑うと身体を放し、自分も外套を脱いで2人分の外套をハンガーに引っかける。そして、足取りも軽く寝室に向かった。 「さあて。めずらしくおまえもその気だし、20代最後の夜は張り切っちゃおうかな〜」 「おやじくさいことを言うな!」 意味もなくぶんぶんと腕を振り回すカミューにマイクロトフが赤くなりながら突っ込む。しかし、カミューは気にしたふうもなくベッドの脇に立つとマイクロトフの腕を引いてマイクロトフを先に座らせた。見上げるマイクロトフにカミューは優しく笑いながら身を屈める。 「マイクロトフ。……好きだよ」 頬を両手で包み、ゆっくりと唇を重ねた。マイクロトフは目を閉じて受け入れながら、のしかかってきた重みに逆らうことなくベッドに身を沈めた……。 無事(?)カミューの誕生日を共に迎えたマイクロトフは疲労感による眠気に耐えながら口を開いた。 「カミュー、誕生日おめでとう」 「ありがとう」 もう何年も交わしているやりとり。それでもくすぐったくも浮き立つような気持ちになるのはなぜだろう。 「こんなに素敵なプレゼントをもらっちゃって、俺は世界一の幸せものだね」 カミューは言いながら、ぺろり、と汗のにじんだ鎖骨を舐める。マイクロトフは、ひくり、と震えながらも、もう無理だからな、と警戒するように目に力を込めた。しかし、すぐ気まずそうに目線を逸らす。 「その、な。プレゼントなんだが……」 「うん? 今夜のマイクロトフをくれただけで充分だよ」 互いに目の回るような忙しさに追われているのだから、マイクロトフに贈り物を用意するような時間がなかったことはわかっていた。だから、今夜、こうして過ごせたことがどんなに幸運なことか。 カミューにとっては何よりのプレゼントだった。 それに……積極的だったしな……。 先程まで情熱的だった恋人の姿を思い出してカミューの顔がにやける。その表情にマイクロトフはなんとなく考えていることがわかったが、それには触れなかった。話を続ける。 「もう、3ヶ月、いや、半年待ってくれるか?」 「え?」 マイクロトフの申し出にカミューは目を瞬かせた。マイクロトフは穏やかな顔つきで言葉を紡ぐ。 「あと半年、騎士団を整理したら、2人で旅に出よう」 「え?!」 カミューは驚きのあまり上半身をがばり、と起こした。マイクロトフはその様子をおかしそうに見つめながら口を開く。 「あのとき、おまえは俺の願いを聞いてくれ、今まで力を貸してくれた。今度は俺がおまえの願いを叶えたい」 「マイクロトフ……」 「……なんてかっこいいことを言ってみても、俺も楽しみにしているのだから、あまりおまえへの贈り物にはならないがな」 照れたように笑うマイクロトフをカミューは呆然と見つめていた。マイクロトフは一生騎士団に身を捧げるのだと思っていた。それが……。 「騎士団は……?」 「おまえが昔言ったとおり、俺たちは騎士団を一度裏切っている人間だ。残るべきではない」 きっぱりと言い切るその姿に迷いやためらいはまったく見られず、この発言が思いつきではないことを告げる。いろいろな思いが頭を占め、言葉が出てこないカミューにマイクロトフは晴れやかに笑った。 「俺のこれからの時間を受け取ってくれないか、カミュー」 ずっとずっと一緒にいよう……。 |