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「マイクロトフ様には恋人はいらっしゃらないの?」 少女のあどけない質問にマイクロトフは食事を咽喉に詰まらせ、カミューは口にしていた酒を吹き出した。 カミューは口元を拭うと、胸をどんどんと叩いているマイクロトフの背中を撫でてやりながら、じろり、と目の前の少女を睨みつける。 「マリアベル、おまえね……」 「だって、兄様」 カミューの呆れたような口調に少女・マリアベルは、ぷう、と頬を膨らませた。 「私がマイクロトフ様の恋人だったら絶対ついてくると思うの。こんな遠くまで1人で行かせたりしたら心配ですもの。だって、絶対こんなに素敵な人を女の人が放っておくはずがないじゃない!」 力説する少女にカミューとマイクロトフはなんとも言えない表情で顔を見合わせた。まさかその恋人とやらは隣に居ます、などとは口にできるはずもない。 デュナン統一戦争後、マチルダに戻り騎士団の再興に力を尽くしたマイクロトフとカミューは、数年を経てなんとか復興に目途がつくと、周りの承諾を得て期限つきの旅に出た。本当は退団を申し出たのだが、それは部下たちの必死の説得・懇願によって断念せざるを得なくなり、それならば上に立つ者として見識を広めてきたい、という理由をつけて束の間の自由を得たのだ。 まずは少年時代からの約束を果たすため、グラスランドのカミューの実家に立ち寄った。カミューの生家には祖父、父母、カミューの兄夫婦とその子供たち、そして一番末の妹・マリアベルがいた。その他の兄弟たちは結婚し、他に家庭を持っているという。歓迎を受けたマイクロトフは、今日は家にいる者たちとの食事になったのだが、それでもずいぶんにぎやかなものだった。 今年18歳になるというマリアベルはマイクロトフと出会った頃のカミューと歳が同じせいかよく似ていた。末っ子らしく周りから甘やかされ、そして子供扱いされて育ったというのがよくわかる、愛らしい少女だった。久しぶりに帰ってきた2番目の兄と、連れ立ってきた異国の友人の姿にすっかり浮かれていた。 「い、いや、俺はそんな……」 顔を赤らめて困ったように口ごもるマイクロトフに、カミューたちの母が助け舟を出す。 「マリアベル、お客様を困らせてはいけませんよ」 とても子供を7人も生んだとは思えないほど若々しい女性だった。カミューとこのマリアベルとは13歳離れているのだが、マリアベルが一番上の子供だといってもおかしくないくらい見た目は若い。 「だって、母様。カミュー兄様の1歳下ということはマイクロトフ様も30歳を過ぎてらっしゃるのよ。こんなに素敵な方がいまだに独身だなんて……」 どうも年頃の娘である妹は凛々しい騎士様をいたく気に入ったらしい。カミューは微笑ましくも苦笑する思いで、からかうように茶々を入れる。 「マリアベル、かくいう俺も独り身なんだけどね」 「あら、兄様は日頃の行いが悪いんですわ」 ぷい、と拗ねたように横を向くマリアベルにマイクロトフは笑いをかみ殺した。カミューはやれやれ、とため息を吐く。 「昔は『カミュー兄様のお嫁さんになる!』と張り切っていたのにね……」 カミューがグラスランドを出てマチルダに向かったのは16歳の頃。マリアベルはまだ3歳だった。別れの際、大声で泣き続けて兄をなかなか放さなかったという思い出はカミューはしっかり覚えていてもマリアベルの記憶にはない。ときどきしか帰って来られない次兄にべったりと甘えていたのも、なかなか会えないから、という反動にすぎないのもわかっている。 「何年前の話よ!」 顔を真っ赤にして怒鳴るマリアベルに周りがどっと笑った。 「しかし、兄妹とはいえ、よく似ているものだな」 にぎやかな食事を終え、客用の寝室に通されてようやく2人きりになる。マイクロトフは、寝酒に、と差し入れてもらったグラスランドの酒をグラスに注ぎながら、思い出したかのように笑みを浮かべた。 「ん? ああ、マリアベルか。兄妹だとあんまりわからないけどそんなものかな?」 ベッドを整えていたカミューは何気なく答えたが、内心は、確かに騎士団でモッテモテだったあの頃の自分によく似て美人になったと思う。しかし、それを素直に喜ぶ気にはなれなかった。どうやら似たのは姿だけではなく……。 そこまで考えてカミューはハッとしたようにマイクロトフに駆け寄ると、その両肩を強く掴んだ。 「まさか、おまえ、俺に似ているなら若いし、女の子だし、ラッキーとか思っているんじゃ……!」 「馬鹿か、おまえは」 マイクロトフは酒瓶を持っていない方の手で額に一撃お見舞いする。あいたー、と額を押さえるカミューにグラスを差し出すと自分も酒に口を付け、憮然と呟いた。 「……どんなに姿が似ていてもおまえはおまえだろう」 「うん……。そりゃそうなんだけどね」 カミューはわずかに涙目になりながらグラスの酒を呷る。 「兄様、素敵な方を捕まえられたのね」 自分と2人きりになったとき、開口一番そう言ったのだ。あの妹は。 どう聞いても親友に向けての言葉ではない。そのときは曖昧に切り抜けておいたのだが、そんなことを言っておいて、食事中のあの発言。確信犯もいいところである。 あの性格の悪さ……。間違いなく俺似だ……。 一緒に育ったわけでもないのに。血筋って恐ろしい。 「妹と三角関係なんて冗談じゃないぞ……」 妹の獲物を狙うような目を思い出し、カミューはげんなりと呟いた。 次の日。 「ママー、あたし、このひとのおよめさんになるー」 姉の子、つまりカミューの姪がマイクロトフの足に抱きついて宣言した。 「あらあ、この人はお姉ちゃんが狙っているからだめよー?」 マリアベルがにっこりと愛らしく笑いながら、しかし、容赦ない力で姪っ子をマイクロトフから引き剥がしてしまう。困ったように眉を寄せるマイクロトフの腕には首にしがみついているカミューの弟の子。下では他の子供たちが両手を上げて順番待ちしている状態だった。 早くこの家から出て行かなくては……。 カミューの苦難はまだまだ続く。 |