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2人は長い間、大木に背中を預けていた。 膝を抱えて座り込んでいるマイクロトフは地面を、反対側に座っているカミューは空をじっと見つめている。 『俺のこと、好きだろう?』 カミューが口にした一言が2人の間に亀裂を生んだ。 そのセリフにマイクロトフは驚いたように目を見開いた。しばし沈黙の後、違う、とかろうじて否定の言葉をつぶやいたものの、その場を逃げ去ったのはその問いが真実だったから。カミューは後を追い、姿を見つけたものの、見つけ出したところで何を言ったらいいのかわからず、自分の気持ちに整理をつけるためにマイクロトフが座り込んでいた大木の反対側に座り込んでいた。 はじめはマイクロトフはカミューが来たことに気付いていないようだった。しかし、気持ちが落ち着いたのか、いつのまにかその存在に気付いていたことをカミューは知っていた。 長い沈黙を破ったのはカミューのほうだった。 「……どうして俺を好きだと思った?」 一番の疑問がそれだった。何かあるにつけ、からかいの対象になるくらいマイクロトフは恋愛沙汰を苦手としている。その彼がどうして自分に恋愛感情を持ったというのか。 「俺を……特別だと言ってもらえて嬉しかった」 返事は、ぽつり、と返ってきた。カミューはそんなことを言ったことがあっただろうか、と思ったが、マイクロトフが特別なのは当たり前なので、口にしたことがあったかもしれない、と思い直す。しかし、その『特別』はそういう意味では……。 それを誤解しているのだとしたら、マイクロトフの想いも違うものになるのかもしれない。カミューが、どう説明しようか、と考えあぐねていると、マイクロトフが言葉を続ける。 「そう思ったら、カミューの笑った顔がすごく好きになった……」 「え?」 カミューは思わず空に向けていた視線を背後に向けた。マイクロトフはまだ膝を抱えたままの姿勢で、地面を見つめていた。 「他のやつらに向けるのとは違う笑みが自分だけに向けられているんだ、と思ったら、すごくどきどきするようになったんだ……」 マイクロトフの顔がわずかに上がり、真っ直ぐを見据える。 「いや、自分だけに、というのは勝手な思い込みなんだがな」 自分が知らないだけでカミューには他にも仲がいい友人がいるのかもしれない。その可能性はちゃんとわかっていて、こんなふうに自惚れるのは愚かしいことだと思っていた。だが、恋は盲目、と言うじゃないか、と半ば開き直っていたのだ。 カミューは茫然とマイクロトフの言葉を聞いていた。まさか、彼の口からこんなに具体的なことを言われるとは。これではまさに……。 マイクロトフの想いが勘違いではないようだとわかると、後は自分で結論を出さねばならない。カミューは覚悟を決めて己の心に問いかけた。 マイクロトフは自分のことを好きだと言った。それに対して自分の気持ちは……? マイクロトフが自分にとって特別だというのは今更な話だ。 入団当初、周りが異国から来た自分を奇異と警戒を含んだ目で遠巻きに見つめてくる中、マイクロトフだけはあたりまえのように普通に接してきてくれたのだ。それは本人は意識していなかったかもしれないが、周りも自分も、随分勇気のいることをすると思っていた。下手すると、カミューと一緒に人の輪から外される可能性だってあったはずなのに。 だが、マイクロトフはなんでもないように自分と接し、なんでもないように傍にいた。中には、カミューにかかわるな、と威圧的に言ってきた者もいたようだったが、マイクロトフはそれに従うこともなく、カミューと共にいた。 だから、マイクロトフは自分の勝手な思い込みだと言ったが、素の表情を気兼ねなく見せるのはマイクロトフだけだと言ってもいい。周りには常に距離を置くように、笑顔という仮面を被っていたのだから。 だからマイクロトフは特別だった。カミューにとって大切な、かけがえのない、たった1人の……。 カミューは不意に、どきん、と自分の心臓が跳ねる音を聞いた。突然のことに驚き、一瞬息が詰まったが、ふと我に返ると、あれ? と首を捻る。今の反応はいったい……? カミューの身の内で起こっていることなど知る由もないマイクロトフは地面を見つめたまま、ぽつりと呟いた。 「カミューが許してくれるなら、俺が友人として傍にいさせてほしい。もう、こんなふうに不快な思いをさせないように努力するから……」 マイクロトフの声をどこか遠くで聞きながらカミューは己の中で起こっている変化の正体を探るべく、自問自答を続ける。 マイクロトフは自分の笑う顔が好きだと言った。ならば自分は……? 人当たりのいい笑み、という仮面を覚え、笑みを浮かべていることが多くなった自分とは対照的に、マイクロトフは滅多に笑わなかった。何事も真面目に考えるため、仏頂面に近い固い表情が多く、自分たちの年代では少し浮いているといってもいい。そんな彼が、自分のふざけた発言を受けて笑い出したとき、周りにいた友人たちが呆気に取られていたことがあった。それは彼らと一緒にいても見せたことのない表情だったのだろう。それを見て、密かに優越感を覚えたものだ。自分なら、マイクロトフにこんな表情をさせることができるのだと。 そう。マイクロトフが笑うたびに、どこか嬉しく思っていた……。 結論に達すると、カミューの目の前がすーっと明るくなったような気がした。 なんだ、そういうことか、と思うとあっさりと納得してしまう。思えば、マイクロトフの気持ちに気付いたとき、嫌悪を微塵も感じなかったのも然り、そして、気持ちをこちらから暴いてしまったのも……。 すべては、自分の行動に裏付けされていた。 マイクロトフの気持ちを先に言ってしまったのは。 早く「そうだ」と言ってほしかったから。 早く自分のことを好きだと言ってほしかったから。 カミューが黙っていることに、マイクロトフの恐怖に似た不安は更に募った。自分勝手な、虫のいいことを言ってしまったのだ、ということを改めて感じ、重い口を開く。 「すまない……。やはり、こんなことを思っている人間が傍にいたら気持ち悪いに決まっているな……」 わかった、と続けようとしたマイクロトフは、いきなり背後から抱きつかれて飛び上がるほど驚愕した。慌てて振り返ろうとすると、それより先に頬に柔らかいものが触れて、後ろを見ることができなくなる。 「カ、カ、カ、カミュー……?!」 目を白黒させて言葉を失くすマイクロトフに、カミューは、くすり、と笑った。すり寄せた頬が熱い。それが妙に嬉しくて可愛くて。更に押し付けるようにして、ぬくもりを享受する。 恋愛事には敏いつもりでいたのに、肝心なことに気付かなかったせいでマイクロトフに苦しい思いをさせてしまったお詫びを込めて、万感の想いで伝えた。 「だいすき」 |