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「うわ。すごい格好だね」 「……おまえは。戦場から無事帰還した恋人に向ける第一声がそれか?」 ムッとしたように言い返され、カミューは慌てて笑みを浮かべると「おかえり」と言った。普段は絶対口にしないような『恋人』という単語を使ってまで嫌味を言ってくるということは相当機嫌を損ねてしまったようだ。 国境付近で起こったハイランドとの戦闘は、小競り合い程度で終わるであろうという大方の予想を裏切り、国境警備部隊だけでは対抗できないほどの規模となった。ロックアックス城からマイクロトフ団長をはじめとした青騎士団が応援に駆けつけ、ハイランドが退却するかたちでようやく終息した。 そして、無事帰還した青騎士団長・マイクロトフの姿は、血まみれで凄惨なものとなっていたのである。真っ青な制服はどす黒い血と混ざり、黒に近い紫色に染まっていた。白い布地も錆のような色に変色している。顔は拳で拭ったのか、何箇所か傷跡のように朱色の線が引かれていた。 帰還の知らせを聞いたカミューは城門のところで待っていたのだが、マイクロトフを見るなりのセリフが先程のものだった。もちろんこれらがマイクロトフの血だったら大騒ぎだったのだが、返り血であることは容易にわかる。これだけの血が本人のものだったらこんなふうにピンピンしているわけがない。 「随分とご活躍だったようだな。おまえは怪我はないのか?」 からかうような笑みを浮かべてカミューが馬上のマイクロトフに向かって腕を伸ばすと、マイクロトフはカミューの手を借りながら馬から降りる。従騎士に馬をまかせてカミューに向き合うと軽く頷いた。服も髪もごわごわだ、と辟易したようにぼやくマイクロトフにカミューは労わるような笑みを浮かべる。 「とりあえずゴルドー様には俺が報告しておくからおまえは先に着替えたほうがいい。何か火急に伝えることはあるか?」 「いや、急ぎの知らせはない」 「そうか」 カミューは頷くとマイクロトフの肩を抱き寄せようとした。するとマイクロトフが慌てて腕を突っぱね、抵抗する。カミューとて、周りに部下たちがいる中、恋人同士の抱擁をしようというのではなく、無事を喜ぶ友愛のしるしのつもりだというのに抵抗され、なんだ、というふうにマイクロトフを見つめた。そんなカミューにマイクロトフは困ったように眉を寄せる。 「……汚れる」 「ばか。そんなこと気にしないよ」 カミューはちょっと笑ってそう言うと、かまわず抱き寄せ、肩口に顔を押し付けた。少し金臭い臭いがしたが、それよりぬくもりを感じるほうが大事である。目を閉じて、ぽんぽん、と背中を優しく叩き、 「無事でよかった……」 と、安堵のため息と共に囁いてからゆっくりと抱擁を解いた。マイクロトフの顔を見れば困った顔のまま頬に赤みが差している。しぐさは確かに一般的に友愛とされるものだったが、カミューの表情が、声が、優しすぎた。知らん顔をして流せばいいのに、そんなこともできない不器用なマイクロトフをカミューは可愛いなぁと思いながら、ほら、と促してやる。ぎこちなく頷いて立ち去るマイクロトフの後ろ姿を見送ってから、カミューは青騎士団帰還の報告をするべく白騎士団長の執務室に向かった。 カミューが白騎士団長への報告を終え、マイクロトフの部屋を訪れると、マイクロトフはちょうど風呂から上がったところだった。上半身は裸のまま、タオルで短い髪をがしがしと拭っている。 「ひと心地ついたかい?」 「ああ。だが、まだ鼻が馬鹿になっているようだ。血の臭いが取れたのかわからない」 マイクロトフは顔を顰めて応えた。血の臭いで嗅覚が麻痺するのはよくあることであり、あれだけの血を浴びたのだから無理もない。 「どれどれ」 カミューはマイクロトフに歩み寄ると、匂いを嗅ぐふりをしてその身体を抱きしめた。押しのけようとしたマイクロトフは、ふわり、と鼻先をかすめた匂いに動きを止め、カミューに抱き寄せられるがままに肩口に顔を埋める。そして、 「……カミューの、匂いがする」 どこかほっとしたような口調で呟いた。嗅覚が回復したことに安心したのだろうが、カミューは嬉しそうに目を細めた。そして、首筋に鼻先を近づけて匂いを嗅いでみる。 「うん、大丈夫。石鹸のいい匂いしかしないよ」 「そうか……」 そう言ったきり、じっと動かないのをいいことに、カミューは耳の下あたりを、ぺろり、と舐め上げた。息を呑んだ気配の直後に飛んできた拳を笑いながら避ける。 「おまえは!!」 拳骨が空振りしたマイクロトフはカミューを睨みつけた。カミューは気に留めたふうもなく軽く舌を出す。 「べつに人前じゃないんだからいいじゃん」 「そういう問題ではない!!」 真っ赤になって怒鳴るマイクロトフの頬に更に赤い線が一筋走っているのがカミューの目に止まった。 「あ、まだ血の跡がついてる」 誤魔化すように指を差すと、マイクロトフは渋い顔になる。 「これは俺の傷だ」 マイクロトフも鏡で見つけ、血の跡を拭おうとしたが、ぴり、とした痛みが走り、己の傷であることを知った。激しい戦いの最中、いつ負ったものかはわからない。 「え? そうなの?」 カミューは怒りが逸れたのを確認すると再び近づき、そっと朱線に指を這わせた。痛むのかわずかに眉を顰めるマイクロトフの表情と、消えない跡を確認して、納得する。 「それなら」 カミューはひとつ頷くと素早くその傷跡に舌を這わせた。一瞬後、再び襲いくる拳を軽やかなステップでかわす。 「何をする!!」 「いや、舐めとけば治りが早いだろ」 |