|
「ねえ、マイクロトフ、『かめら』って何?」 カミューが唐突に聞いてきたので、マイクロトフは目を瞬かせた。数秒考え込んでみたが、ひとつしか心当たりがなく、問い返す。 「カメラって、あの写真を撮るカメラか?」 「『しゃしん』?」 カミューは首を傾げた。その様子に、マイクロトフはようやく事態を飲み込む。 「グラスランドにはないのか。ちょっと待て」 マイクロトフはそう言うと、自分の机の引き出しの中をごそごそと探し、一枚の紙を取り出した。それは騎士団に入団が決まってから家族と写真館に撮りにいった写真。 ほら、と、カミューに差し出す。 「これが写真だ」 カミューは受け取った写真に視線を落とすと、大きく目を見開いた。絵とは比べ物にならないくらい精巧に模写された、マイクロトフと似た顔立ちから家族と思われし人物たち。ここまでそっくりに描けるなんてどんな魔法だろうと思った。 食い入るように魅入っているカミューにマイクロトフはちょっと得意げに言う。 「それを撮るのがカメラだ」 「撮るってどうやって? 何分くらいじっとしてたらこんなにそっくりに撮れるの? カメラってどんなものなの? 魔法の一種かい?」 好奇心に目を輝かせ、矢継ぎ早に質問してくるカミューにマイクロトフは、ぐ、と詰まった。カメラの存在も写真の存在も当たり前なのだが、理屈はよくわからないのだ。 マイクロトフがたどたどしくおぼつかない説明をしてやるとカミューはあまりわからなかったようだが(それはそうだろう)、最後には意気込んでこう言った。 「俺も写真を撮りたい!」 というわけで、次の休日は2人で城下街に出かけていた。 カメラはほとんど普及しておらず、高級品である。ロックアックス城下街でも貴族が数台所持しているほかは1台しかない。よって、写真は何かの記念の際にその1台を所持している写真館と呼ばれる店に行って、そこで撮影するのが通常であった。 マイクロトフも家族以外と撮りにいくのは初めてである。隣を歩くカミューの足取りは浮かれたように軽いが、マイクロトフは緊張と不安でいっぱいであった。カミューに先輩ぶれることなどそうそうないため偉そうにしてみたが、写真を撮ったことは数度しかなく、自分たちだけで上手く撮れるのか心配だった。そして、値段がどのくらいするのかもわからず、少々心許ない。頻繁に撮りにいかないということはそれなりの値段なのではないだろうか。 しかし、カミューはそんなマイクロトフの心境など知る由もなく、期待に胸をふくらませてマイクロトフを引っ張るように写真館に向かった。 写真館に着くと、2人は足を止め、どちらともなく顔を見合わせる。マイクロトフが緊張した面持ちでカミューを見ると、浮かれていたカミューの顔にも緊張が走った。2人は戦場に向かうような真剣な顔つきで頷き合うと、マイクロトフがドアに手をかける。やはり、先輩としての威厳を示したかったのかもしれない。 中に入ると薄暗い店内に初老の男性が椅子に座っていた。従騎士の制服に身を包んだ2人に、にこやかに声をかける。 「やあ、いらっしゃい、騎士の見習いさん。写真を撮りにきたのかね?」 声をかけてから、マイクロトフの姿を認めると、おや、と目を細めた。前から何度かきているし、この間も撮ったばかりだから顔を覚えていたのだろう。 マイクロトフは自分を覚えていてくれていることに勇気づけられ、礼儀正しく頭を下げると、まずは写真の値段を聞いてみた。やはり、自分たちのお小遣いから考えるとけっこうな額で、今日の2人の持ち金を合わせても1枚撮るのがやっとだった。しかし、休日ははじまったばかりで、まだ昼食も食べていない。ここで全額使ってしまっては今日一日どうやって過ごすんだ、という思いでマイクロトフはカミューを見た。カミューは店内に飾られた様々な写真を興味深そうに見回していたが、マイクロトフの視線に気付き首を傾げる。マイクロトフが事情を話すと、考え直すと思いきや、カミューの意志は固かった。後で返すから、と言われ、マイクロトフはしょうがなく承諾する。主人に写真を撮らせてくれと告げると、奥の部屋へ通された。 奥の部屋は更に暗く、中央だけに照明があたっていた。主人がカメラの準備をするために他の部屋へ消えると、マイクロトフは「こっちだ」とカミューを導く。カミューは笑みを浮かべて頼もしそうについてきたが、マイクロトフのほうはといえば、だんだんと緊張しはじめていた。写真を撮るときはいつも緊張する。見知らぬ場所でよくわからない機械を向けられるのだから、無理もなかった。今までは親が傍にいてくれたからなんとか我慢できたが、今日は大丈夫だろうか。 中央に立ったものの、そわそわと落ち着かない。カミューはといえば、またもきょろきょろとしていたが、マイクロトフと目が合うと嬉しそうに笑った。 「いよいよ写真が撮れるんだね」 「あ、ああ、そうだな」 マイクロトフはぎこちなく笑って応えたが、ふと、いいことを思いつく。 「じゃあ、俺は向こうで待ってるから」 と言って、壁際を指した。考えてみれば一緒に写真を撮るとは約束していない。案内してきただけだということにしておけば、失態を見せずに済むではないか。こんなに楽しみにしているカミューのことだから、1人でも気にも留めないだろうと思った。 すると、カミューは驚いたように目を見開く。 「え? どうして?」 「べ、べつに一緒に撮らなくてもいいだろう。写真を撮りたいのはカミューなんだから」 少し後ろめたい思いで俯くと、 「やだよ……。怖いじゃないか。一緒に撮ろうよ」 心細い声が返ってくる。驚いて顔を上げると、カミューは喜び一転、いつになく不安そうな表情を浮かべていた。マイクロトフは「そ、そうか」と頷くことしかできない。何度か体験した自分でも不安なのに、初めてのカミューを1人にしようとしたのは酷いことをした、と今更ながら反省した。こうなったら覚悟を決めるしかない。 そんなやりとりをしているうちに主人がカメラを持って部屋に入ってきた。 「あれがカメラ?」 「そうだ。じっとしてろよ、カミュー」 見慣れない機械を目にしてカミューが耳打ちすると、マイクロトフは緊張に顔を強張らせて囁き返す。カミューの咽喉が、ごくり、と鳴った。 2人は決意を秘めた瞳で意志を確かめ合うように視線を交わすと、カメラの方を向いて肩を並べて立つ。指の先まで力が入った状態で人形よろしくカチンコチンに固まっていると、カメラを調整していた主人が笑い出した。 「そんなに緊張せんでもいいよ。撮る、と言った一瞬だけ動かなければ大丈夫だ」 主人の言葉にカミューは目を瞬かせ、マイクロトフは赤面した。 いつも家族と撮るときは最初から最後まで、ほとんど動くことがなかった。それは極度の緊張のためだったのだが、マイクロトフの中ではいつのまにかそれが当たり前のことだと思い込んでいたのだ。 少しは肩の力が抜けた2人だったが、やはり緊張は続いた。主人に言われたとおり、2人の距離をつめたり、身体の角度を変えたりしていたが、主人がいよいよカメラを構えるとどちらともなく息を呑む。 「よし。じゃあ撮るぞ。このレンズを見て笑ってごらん」 主人の指示に、2人はレンズに穴が開くのではないかというほど力の入った視線を送った。顔も緊張に強張り、引き攣っていて、とてもじゃないが笑みを浮かべているようには見えない。主人は吹き出したい思いをこらえ、レンズから一度目を離した。2人に向かって質問する。 「1たす1は?」 主人の突然の問いに2人は、え? と、顔を見合わせた。そして、主人に向かって同時に、 「「2!」」 答えた瞬間ストロボが光る。カミューは驚いて飛び上がった。 「光った!!」 「大丈夫だ、カミュー! あれは毎回光るのだ!!」 「戦のときに目潰しで使えないかな。すごい光だ」 「カメラは高級品だからそうそう買えるわけがないだろう」 少年たちのあどけない会話に今度こそ主人は遠慮なく笑い出した。カメラからフィルムを取り出しながら、「できるまでどこかで時間をつぶしておいで」と言ったが、写真代で有り金を使い果たす2人はどこにも行くことができず、結局は写真館に飾られた写真を見て過ごすこととなった。 数時間後、主人がようやく姿を現した。 「はい、できたよ」 と言って差し出された封筒は2枚。マイクロトフは慌てて主人に向き直った。 「すみません! お金がないので1枚でいいです!」 はじめに1枚、と言ったはずなのに、と焦りながら口を開くと、 「いや。これはサービスだよ」 と、主人は笑って首を振る。 「しかし……」 こんなに値の張るものを受け取るわけにはいかない、とためらうマイクロトフに主人は優しく笑った。 「その代わり、2人の写真をここに飾らせてもらっていいかね?」 「え?」 「俺たちの、ですか?」 ぽかん、と口を開けた2人だったが、主人が返事を待っていることに気付くとためらいがちに頷く。2人は意識していなかったが、こんなに絵になる被写体はいなかった。まったくタイプの違う整った顔立ちの2人は並んでいるだけで一枚の絵になる。騎士になったときが楽しみだ、と主人は思った。 2人の手に封筒を持たせると主人はにこやかに笑いかける。 「またきてくれよ」 2人は大きく頷いた。 10年後。 カミューとマイクロトフが10年前から使っている写真館を訪れると、10年前から変わっていない主人が待っていた。さすがに年老いたが、元気な様子である。 「お待ちしておりました、マイクロトフ様、カミュー様。団長就任の記念を我が店で撮らせていただけるなど、この上ない名誉でございます」 10年前とは違い、今はカメラも少しは普及した。この街にもこの店で助手をしていた者など、数軒の写真館が増えていた。 「息災でなによりだ」 真新しい青い団長服に身を包んだマイクロトフが言うと、隣でやはり真新しい赤い団長服に身を包んだカミューが片目を瞑ってみせた。 「格好良く撮ってくれよ」 カミューの言葉にマイクロトフは呆れたように眉を寄せる。 「実物以上は無理だろう」 「そこが腕の見せ所なんじゃないか」 2人の会話に主人はこっそり笑った。ふと、壁に飾ってある写真の中から10年前の2人の姿を写した写真に視線がいく。すると、それに気付いた2人がその視線を追い、懐かしそうに目を細めた。 「お2人の仲の良さは昔から変わりませんね」 主人がしみじみ言うと、カミューがにやっと笑う。 「いや、もっと仲良くなったんだよ」 「カミュー!!」 マイクロトフは真っ赤になって拳を振り上げた。 10年前に撮ったあの写真は。今でも2人の机の引き出しに大事にしまわれている。 |