〜浴衣〜




 それは暑い夏の日のことだった。
 新都市同盟軍の本拠地内で、ちょっとした騒ぎが起こっていた。その中心にいるのはマチルダから騎士団を離脱し、同盟軍に参入した元・騎士たち。彼らに、女性陣の熱っぽい視線と、男性陣の好奇の視線が一身に注がれ、騒然としていた。
 その原因は、彼らのいでたちにあった。


 ことのはじまりは昨日のこと。
 同盟軍の若きリーダーである城主が、カミューとマイクロトフの元に陳情にあがった。
 その内容はというと……。

「えーと、実は数日前から目安箱に騎士団のみなさんに対する苦情が多数寄せられていて、ですね……」
 どこか言いにくそうな少年にマイクロトフは目を剥いた。
「騎士団に苦情?! 我々に何か落ち度がありましたでしょうか?!」
「あああ、落ち着いてください、マイクロトフさん。
 いえ、たいしたことではないんですが……、いや、たいしたことあるかな。ちょっとみなさんの服装がですねー……」
「服装?! まさか、部下が婦女子の前でみっともない姿を晒したとか……!」
 苦情、などと聞き捨てならない申し出にマイクロトフはとても平常心ではいられなかった。あれこれと想像をめぐらせ、興奮に頬を赤くする。そんなマイクロトフに城主は困ったように笑みを浮かべながら首を傾げ、ぽつりと告げた。

「見るのも暑苦しいからなんとかしてくれ、と」

「………………はい?」
 目を点にするマイクロトフの隣でカミューは、ははぁ、と苦い笑みを漏らす。

 真夏だというのに防護のため厚手の生地で肌もろくに見えないほどきっちりと着込まれている騎士服は、見ている側にもたまらないのだろう。もちろん、着ている当人たちもたまらなかった。ここ、デュナン湖周辺は、マチルダの夏とは比べ物にならないくらい湿気が多く、蒸し暑い。北国育ちの騎士たちは慣れない暑さに夏バテする者が続出していたのだが、悲しいかな、真面目な騎士たちは騎士服を脱ぐ、という選択を選ぶことができなかったのである。
 辛抱してこそ騎士。試練に耐えているのは自分たち騎士だけだと思っていた。それがこんな波紋を呼んでいたとは。

「暑苦しい……とは?」
 真面目な騎士の筆頭であるマイクロトフは言われたことにピンとこなかったようである。不思議そうに傾げた首に城主の指が突きつけられた。
「たとえば、マイクロトフさんのそのプレート! 屋根の上に置いておいたら30秒で目玉焼きができますよ!」
 城主は、びしっと言い放つと今度は背後で、ぶっと吹き出しているカミューに向き直り、
「カミューさんもです! そのマント、ただでさえ目に痛い色なのに、いかにも光を吸収しています、みたいな感じで背中が燃えているようですよ!」
 ずばりと指摘され、カミューもなんともいえない表情を浮かべる。騎士服の上にもう一枚羽織っているようなマントを外そうと思わなかったあたり、カミューもやはり騎士の端くれだった。
 一言も言い返せない2人に城主は声高らかに宣言する。

「というわけで、最早、騎士のみなさんのいでたちは公害と化しているのです!」

 公害呼ばわりされ、よろり、マイクロトフがショックを受けたようによろめいた。カミューはそれを支えてやりながら困ったように形のいい眉を顰める。
「しかし、これは制服ですので……」
 無論、騎士服にも夏服はある。しかし、あの騒動の最中に持ち出すことなど不可能だったし、それどころではなかった。
 暑くなってくるにつれ、カミューが気に留めていたことではあった。だが、城の女性たちはそれぞれ仕事を持っていて常に忙しそうであり、自分たちはまだ参入して日も浅かったということもあったため、とても服の縫製を頼める状況ではなかったのである。
「大丈夫です。ちゃんと代わりのものを用意しましたから!」
 城主はにっこりと微笑んだ。その笑みがくせものであることを知るのはもう少し後のことである……。


 というわけで、城主から支給された『制服』を着用した騎士たちは午後からの訓練のため、道場に向かっていたのだが、身体検査に向かう女子高校生のごとく、どこか恥ずかしそうに連なって歩いていた。その先頭を歩くマイクロトフは堂々としたものだったが、隣を歩くカミューはなぜか少し落ち着かない様子である。
「おお、よく似合っているじゃねえか」
 騎士の行列に声をかけてくる者がいた。マイクロトフとカミューは足を止めて声の主を見る。
「ああ、これはタイ・ホー殿。このたびはいろいろとお手数をおかけしたようで……」
 ぺこり、と頭を下げるマイクロトフにタイ・ホーは豪快に笑った。
「いや、なに。こっちも見てるだけで茹で上がりそうだったからよ。ソレは涼しくていいだろ?」
「ええ、そうですね」
 カミューが、にこり、とタイ・ホーと隣に立っているヤム・クーに向かって人当たりのいい笑みを浮かべる。心中はどうあれ、自分たちのために労力を裂いてくれた人にそれを見せるほどカミューは未熟ではなかった。

 騎士たちが『制服』として配給されたのは、タイ・ホーたちが着ている、布一枚を帯で留めた、着物と呼ばれるものだった。ご丁寧にも、青騎士には深い紺色の、赤騎士には茶色に近い落ち着いた朱色の生地で作られたものが配られた。聞けば、タイ・ホーやヤム・クー、ヨシノたちが中心となって作り上げたのだという。洋服と違い、だいたいの寸法で作ることができるため、騎士たちの知らぬところで製作が進んでいたのであった。
 通気性のいい生地で作られた着物は、肌触りがよく、確かに涼しい。だが、着慣れているかっちりとした騎士服とはあまりにも違いすぎて、騎士たちはとまどっていた。腕も足も動けばすぐ外気に晒される。まるで裸で歩いているかのような心もとなさを感じていた。

「まあ、最初は動きづらいかもしれねぇが、すぐに慣れるさ」
 タイ・ホーは笑ってそう言うと、顎に手をあててぐるりと2色に分かれた着物の集団を見回した。
「やはり騎士さんたちはいい身体してるな」
 隣のヤム・クーに向かってにやにやと言う様は感心しているようでもあり、からかっているようでもあった。着物はシンプルな作りなだけに身体の線がはっきりと出る。日々鍛えている騎士たちの身体はどれも筋骨隆々とした、見事なものだった。
 そんな集団が城内を歩いているのだから、女性陣は思わずうっとりと魅入り、男性陣は興味深そうな視線を向けずにはいられない。城内が騒然としてしまったのも仕方のないことであった。
 そして、カミューが落ち着かない理由もそこにある。マイクロトフに注がれる女性陣の熱のこもった視線も気になるし、なにより、マイクロトフのどこに目をやればいいのか困っているのだ。うっかり大きくあいた胸元などに目をやってしまったら公然わいせつ罪まっしぐらである。
「ありがとうございます」
 部下たちの日頃の鍛錬の成果を褒められ、マイクロトフは嬉しそうに笑った。カミューは眩しいものを見たかのように目を細めて「うっ」と呻くと、慌ててマイクロトフの腕を取る。
「ほ、ほら、もう訓練がはじまる時間だよ。一般兵の方々もお待ちしているだろうから、早く行かないと」
 挨拶もそこそこにカミューは愛想笑いを浮かべながらマイクロトフを連れてその場を辞した。


 そして、その日の訓練は5分で終了した。
 颯爽と剣を構えた元・青騎士団長が素振りの号令をかけ、自らも大きく剣を振り上げ、足を一歩踏み込んだとたん、元・赤騎士団長がストップをかけたのだ。振り上げた腕は脇のあたりまで袖が落ち、踏み込んだ足は太もものあたりまで足が剥き出しとなった体制でマイクロトフは怪訝そうな顔でカミューを見たのだが、カミューは鼻のあたりを押さえつつ、「今日は各自、自主訓練とする!」と宣言すると、マイクロトフを連れて道場を出た。

 こんな格好……他のヤツらに見せられるか!!

 結局、配られた着物は夜着とし、代わりの夏服ができるまでの間は私服を着用する、ということで城主に許可を得たカミューであった。


「けっこう気に入っていたのだがな」
 風呂上がりに着物を羽織ったマイクロトフはどこか残念そうに言った。動くたびにあちこちが少しすーすーしたが、夏なのだからむしろ歓迎だ。カミューが、何が気に入らなかったのかわからない。
 こちらに背を向け、首を傾げるマイクロトフの首筋からうなじにかけてのラインに釘付けになっていたカミューは気配を殺してそっと近づいた。
「いや、俺も嫌いじゃないんだけどね」
 マイクロトフが思いもしない近距離から聞こえた声にぎょっとして振り返ると、目の前にはにやけた男が1人。カミューはマイクロトフが身を引くより早く後頭部に指を差し入れると自分のほうに引き寄せた。
「2人きりなら大歓迎さ」
 軽く唇を重ね、帯に手をかける。しゅるり、と解くとマイクロトフの鉄拳が飛んだ。






青:用心棒風、赤:遊び人風。着物と浴衣の区別がよくわからなかった…

2004/3/16


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