〜「お帰り」〜




 カミューはいらいらしていた。
 それは同室のマイクロトフのせい。マイクロトフという少年はカミューより1歳下とは思えないほど考え方が固く、真面目で融通がきかない。何事も広く、浅く、適当に要領よくやっていきたいと思っているカミューとは正反対といってもいいほど性格が合わなかった。そして、カミューは合わないのなら互いに干渉しないで生活するのがいちばんだと思っているというのに、マイクロトフはそうではなかった。カミューの行動にあれこれと口出ししてくるのだ。まだ宿舎に入って1週間だが、カミューはうんざりしていた。
 だから今日の初めての休日はさっさと部屋を飛び出した。まだ慣れない街中をあてもなくぶらぶらするのは少々気を張るが、それでもあの部屋にいるよりはましだと思ったのだ。部屋にいたらマイクロトフに、剣の稽古をしよう、とか、明日の勉強をしよう、とか言われるに決まっている。
 カミューは思わずため息を吐いた。なんともうるさいヤツと同室になってしまったものだ。普通、自分たちくらいの歳なら、もっと遊びや友人たちの噂話に興味を持つものではないだろうか。確かに騎士になるための勉強や努力も必要だが、それ以外にも楽しいことは山ほどある。
 なのにマイクロトフの口から出るのはその日習った授業のことや、剣技についてのことばかり。特に試験で手合わせしたせいかカミューの剣技には興味を持ったらしく、あれこれと聞いてくる。朝早くに無理矢理起こし、早朝訓練に付き合わせようとするのには本当に辟易していた。

 早く部屋替えしてくれないかなぁ……。

 聞いた話だと最初は成績で適当に振り分けてしまうが、1ヶ月ほどすると部屋替えを行なうという。その際に、自分たち従騎士の意見も少しは取り入れられるというのだ。ただ、相手が気に入らない、という程度の理由では協調性を重んじる騎士の世界では通用しないが、そんな口実などいくらでも考えてやる、とカミューは思っていた。
 思考に沈んでいると、カラスの鳴き声で我に返った。もう日が西に傾いてきている。
「そろそろ帰るか……」
 誰に言うともなく呟くと、道を引き返しはじめた。部屋に帰れば彼が明日の予習でもしながら、自分が遊びに行ったことを責めるような眼差しで出迎えるのでは、と思い、顔を顰める。
 同室には友人が多い人間を期待していた。自分は異国から来たため、友人など当然いない。そんな自分が周りに早く溶け込むには、いちばん付き合いが多くなるであろう同室の人間を通じて人の輪を広げるのがいちばん手っ取り早いと思っていたのだ。ところが大ハズレでもいいところである。
 本音をいえば友人など特に必要としていない。自分の容姿を奇異な目で見てくる周りにはうんざりしていた。だが、集団生活の中で孤立するのは望ましくない。このままでは協調性のない彼と、異端児である自分は孤立してしまうだろう。
「あーあ。これから苦労しそうだなぁ……」
 カミューは足元の石を蹴飛ばした。


 面白くない気分のまま帰ってきたカミューはドアの前でため息を吐いた。先程、予想したように彼が待っているだろうと思うと気持ちも重くなる。
 しかし、自分が帰れる場所は今はここしかない。やれやれと思いながらドアを開けた。

「おかえり」

「…………………………」
 カミューが予想したとおりマイクロトフは本を読んでいた。その手を止めてカミューのほうを振り返った。……それだけだった。
 それなのに……。
「カミュー……?」
 ドアのところで黙って突っ立っているカミューにマイクロトフは、どうかしたのか、と首を傾げる。
「……ただいま」
 カミューは知らず、笑みを浮かべていた。

 思えば。マチルダに来てから初めて言われた『お帰り』だった。
 ここが……自分の帰る場所。






男は港を見つけました(笑)

2004/2/22


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