標準地球時間でいえば11月中旬。
「黒のリヴァイアス」は水星圏の入り口に位置する、最新の衛星ステーション
に入港した。
この日を心待ちにしていた「休暇にあたっている実習生ら」の下艦の指示とチ
ェックの為、相葉昴治は早朝から搬入出ゲートに立ち通していた。傍らには見
事な青髪を肩に流した、長身の美丈夫の姿がある。
管理統括課班長の昴治と、艦内警邏課班長のエアーズ・ブルー。
本来であれば立場や状況的に何の不思議もない取り合わせの二人だった。
が、初航海の際から引きずるブルーの強面な印象と、どこか被害者めいた感の
拭えない昴治とのツーショットは大層生徒らの好奇心を刺激したらしい。
行き交う者たちが向けてきた様々な視線は、昴治へのあからさまな同情であ
ったり、何某かの諍いを期待するものだったり、或いは果敢にもブルーへの「正
義の威嚇」だったりしたものだ。
時刻はたった今、PM4:30を回ったところ。
「もういい頃合だろう。ゲートを一旦閉めるか」
昴治が話し掛けるのを待たず、珍しいことにブルーの方から口を開いた。
今回定められた乗降時間リミットのPM7:00までにはまだ間があるが、確か
に今この場に留まっている生徒の中に、下艦予定者は見当たらないようだ。
自分より大分高い場所にある友人の顔を見上げて、昴治は普段のように笑
いかけた。
ゲート脇にある少々広めの通信ブースには、中央に間仕切りのつもりにか観
用植物が置かれ、それを挟んだ向こう側に簡易なソファセットが配備されてい
る。
誰が決めた訳でもないが、今日のような休暇初日には、ほぼ一日掛りの下艦
チェックに携わる担当者らの、そこは公認の休憩所となっていた。
持ち回りのこの係のパートナーが誰であれ昴治にしてもそれは同様だった。
ゲート閉塞の指示を出す必要もあり、ブルーとともにブースへ向かおうと歩き出
した時、
「相葉くん、こっちこっち」
聞き慣れた声に振り向いた先---居住部から搬入出カーゴへと繋がるスロー
プを降りきった位置で、見慣れた友人が笑顔で手を振っていた。
フライトアテンダントの制服に身を包んだ和泉こずえは、片腕にランチボックス
2つを抱え、もう一方の手で「おいでおいで」をして見せていた。
小走りに近付いた昴治に「はい、差し入れ」と明るく笑いながら、こずえは手に
したものを差し出した。手渡されたボックスは外側から触れてもまだ充分に温か
かった。
「え、わざわざ?悪い・・・ありがとな」
「いいのいいの。ほら、もう艦内に残ってる人も少なくてヒマだし」
残念にも今回居残りに当たってしまった少女は、照れ隠しにか大袈裟な勢い
で両手をぶんぶんと振った。
班長である蓬仙あおいと二人フラアテ課の中枢を担う彼女だから、この休暇
も含め親友と揃って下艦シフトに割り振られる事は少ない。
その上、本来は休暇予定の恋人の尾瀬イクミを始めとするV・Gチームが、先
週からのシステムメンテナンスがはかどらず未だにリフト艦に缶詰状態な有り
様だったので、人口の激減したリヴァイアス内事情を艦がみても、「暇だし」とい
うこずえの言葉に嘘はなかったろう。
それでも、頼まれてもいない差し入れを小腹の空く頃を見計らって用意してく
れた配慮に、抱く感謝の情が些かも損なわれることはない。
「ありがとな」
もう一度心からの礼を述べた時、リヴァイアスと外界を隔てる巨大な扉が、強
風が唸るのに似た音をたてながら閉まり始めた。
一足先に通信ブースに入ったブルーが、ブリッジにゲート閉塞を指示したのだ
ろう。
「ブルーも喜ぶよ。俺よりずっと腹減ってるはずだから」
ここからは姿を望めない友人の感謝を代弁する。
こずえは無邪気な笑みを浮かべつつも「大概の人は相葉くんより大食いだよ」
などと、初航海からの救助後の入院以降小食になった昴治を揶揄する憎まれ
口をきいた。
「なんだよ、それ」と声でだけ不平を雫す昴治と笑い合ったあと、こずえは少々
表情を改めて、
「相葉くんてさ、本当に彼と仲が良いんだねえ」
ブルーのいるブースの方向へと---当人に聞こえる筈もないのに声を潜ませ
ながら---首を巡らせた。
「さっきも何か、楽しそうに話してたでしょ。ホントすごいよっ」
「すごい、って・・・何がだか、よく分かんないけど」
それは昴治の本心だった。が、何にせよ同じような事柄を訊かれたり感嘆さ
れたりするのは、もはや昴治にとって日常茶飯事といっても過言ではない。
「別に皆と変わらない・・・と思うんだけどな。普通に話ししたりするだけだし」
「それがスゴイんだってば。だって、エアーズ・ブルーだよ?直接会話した人な
んてホントに限られてるんでしょ。それだって殆どは、一方的な命令だったって
いうじゃない」
「・・・それ何時の話だよ、和泉」
状況錯誤も甚だしい台詞をしかつめらしい顔で語る友人に流石に呆れ、昴治
は溜息とともに肩を落とさずにいられなかった。
「リヴァイアス事件」の後、ブルー率いるチームがこの艦を制圧した「漂流」の
初期を指して、世間は「エアーズ・ブルー体制期」と呼び慣わした。その後2度入
れ替わった「体制」の中で、最も艦内の秩序が保たれていたのもこの頃であっ
た、とも。
勿論部外者に当時の何をも想定出来たはずはない。おそらくは救助後、実習
生に群がった報道という名を掲げたデバガメたちが、彼らからもぎ取った幾ばく
かの「感傷」を元にこね上げた代物だったろう。
不思議なことだが、そんな「情報」がメディアによって広まってしまうと、実際現
場にいたにも関わらず、自分が体験した現実と「それ」を無理に重ねたり、いつ
の間にか置き換えてしまったりする者も出るものらしい。
「今思えばブルーの時が一番良かった」などという他力本願なうえ脳天気に
過ぎる台詞は、再乗艦当時噂話に疎い昴治の耳にさえ幾度となく届いてきた。
それが皆にとって、そしてブルーにとっての吉か凶かを推し量る秤は、残念な
ことに昴治の手に無かったけれど。
片やこずえはといえば、入れ替わった主導者の内の一人と目されるイクミの
傍らに常に在った所以か、ブルーに対し強い憤りも、ましてや「虚構の安寧」へ
の感謝など、何にせよ特別な感情の1つも抱いてはいなかった。
多分にそれが、イクミ以外の異性に対する関心の薄さに由来するものだとし
ても。
「まあ俺だって・・・あの頃も今も、ブルーのことをすごく知ってるわけじゃないけ
どさ」
それでも。向かい合う友人と同じく大切に思う相手のことだから---昴治は考
えるより先に言葉を継いでいた。
「少なくとも今は---いい奴だよ。無口で無愛想で、でも義務とか権利とかち
ゃんと弁えてて。それに」
手にしているランチボックスの物言わぬ温かさに、至極稀にしか目にすること
のない不器用な微笑の印象が重なるから。
「ホントはすごく、やさしい奴なんだ」
ゲートを一旦閉めるか、と珍しく自ら口を開いたブルーの真意が、痩せて体力
の落ちた昴治の疲労を慮っての故であると解っていたから。
言い募る昴治をこずえは少し驚いたふうに見つめていたが、
「ふうん・・・そっかあ」
どこか可笑しさを堪えたような、それでいて満足そうな笑みを浮かべ「うん、う
ん」と肯きを繰り返した。
「あおいちゃんの言う通りだ。これは妬ける、かもねえ」
独り言にしては良く通る声で、昴治が理解に苦しむ台詞を楽しげに口にしなが
ら。
「ごめん、立ち話してる間にちょっと冷めちゃったかも」
折角温かかったのに、と申し訳なさそうに雫しながら、昴治は手ずから運んで
きたランチボックスの一つを恭しい仕草でブルーへと差し出した。
「構わん。もともとお前がいてこその差し入れだ」
口にした事柄は自分にとってまったくの本心であり、それ以前に明解なる事
実だったが、僅かに苦笑を浮かべた様子からして、昴治がその台詞をブルーの
気遣いと取ったことは想像に難くなかった。
まったく、こいつは。
「漂流」の始めにブリッジで見知ってからというもの、ブルーはいつでも驚かさ
れてばかりいる。この一見取るに足らない凡庸な、けれど本当には計り知れな
い度量を持つ「友人」に。
ランチボックスの中身は生成りのクラフトペーパーで包まれた、スフレオムレ
ツとハムチーズ、生野菜の三種類のトーストサンド。
間食に相応しく小ぶりにカットされたそれには、親指の太さのフライドポテトと
一口大のチキンナゲット、プチトマトやレタスが彩り良く添えられていた。
「どう?結構旨いだろ」
ブルーがサンドイッチの一切れ目を食べきると、それを待ちかねていた様子で
昴治は言った。確かに味付けもパンの焼き具合も申し分なかった。
「な。評判良いんだよ、和泉のこれ」
我が事のように他人への「賛辞」を喜びつつ、昴治は件の心づくしを満足げに
頬張り始める。その姿をブルーは、この友人と接する際に度々抱く感慨をもって
見つめていた。
---俺はいま、笑いたいんだ。
狂気に塗れた8ヵ月もの旅の終焉。
瀕死の身体に鞭打ってまで、自分を切り捨てた「親友」の前に進み出た昴治
は、穏やかな微笑にのせてそう口にしたという。
ブルーが「侵略者」に屈し拘束されたあの折にそんな事態が起こっていたのを
知ったのは、再会したユイリイ・バハナと改めて心を交してからのことだった。
んなに聞いたの」
その場の誰もが驚愕に息をのみ、ただ立ち竦んだのだと。
そうして、ただ見ていた。力に任せた支配の崩壊を。何にも怖じけない---見
返りの一つも求めることのない想いが、牙を折られた戦士らを妄執から解き放
つ様を。
「・・・おかしな奴だ」
空にしたランチボックスを閉じながら、溜息のニュアンスでブルーは言った。
「お前は」と、そう名指ししたわけでもないのに、ニブさにかけては定評のある
目前の人物は、一瞬きょとんと目を丸くしてから、ひどく苦笑に似た表情を浮か
べ首を傾げた。
「そうかな。自分じゃ、よく分かんないよ」
---刹那、脳裏に溢れる「鮮明」な既視感。
画像データを再生のまま巻き戻して見るように、あの時の情景をブルーは今こ
こにまざまざと思い描く。
賢しい企みの果て母星を永遠に失い、裏切り者としてブリッジを追われた、あ
の時。
追っ手を撒き逃げ込んだデッドスペースで、疲労と飢えと自棄感に満たされて
過ごしていたブルーを幾度目かの戦闘の最中、昴治が見つけたのは紛れのな
い偶然だった。
ブルーの仕打ちに「腹を立てている」と明言しながら、けれどお尋ね者を裁き
の場に引き出すこともせずに、昴治はかつての支配者に手当てを施し、頼みも
しない食事を何度も運んできた。すべては彼自身の意思のもとに。
そう、あの時も---確か昴治は同じように答えた。
一般的に決して誉め言葉ではないそれをおそらく昴治は、ブルーが表現した
かった意味通りに捉えたのだ。あの時も---そして、たった今も。
先刻、口に出してもいない差し入れへの「賛辞」を察したように、昴治にはブ
ルーの気持ちを読み取る術があるのに違いない。現実主義の自分らしくもなく
そう確信しないではいられなかった。
何処か気恥ずかしく、何故にか切なさに胸が疼く。
それを確かめたことも、もとより確かめるつもりも、ブルーには毛頭なかったけ
れど。
下艦希望者リストのチェックを無事完了させ、改めて搬入ゲートを閉じたのは
PM7:30。
「お疲れ。明日からの休暇の間もよろしくな」
肩越しに友人を振り返り、昴治は掛け値なしの安堵を込めて言った。
「警邏課の居残り当番がブルーだとさ、留守番もなんか安心してられる気がす
るんだ」
他の誰かであればお世辞に聞こえたかも知れない言葉も、照れや謙遜を一
見露わにしないブルー相手なら気負わず口に出来た。
寡黙な友人はやはり声に出しては何も言わなかったが、昴治を見返す瞳の
柔らかさが如実にその心情を表していた。
任せておけ---大袈裟な自己顕示などでない、実力に裏付けられた自信をも
って、たった一言ブルーはそう「告げ」る。
「うん」と笑顔で肯く昴治に向けて、長身の美丈夫は普段見る者に鋭利な刃
のような印象を与える眼差しをなおも緩めた。
こんなふうに彼と過ごす時間が、昴治は好きだった。
実際に言葉を発するのは自分ばかりだから、端から見れば「会話」は全くの
一方通行に思えるだろう。
けれどその眼差しで、微かに色を変える表情で、そうして不器用な---さりげ
ない仕草で、ブルーは様々な事柄を昴治に語ってくれる。
故郷に、それに属する全てのものに対する悔い。
ユイリイへの小春日の陽光にも似た、穏やかにして深い想い。
昴治の弟である祐希や親友のイクミに対し、本人達が考えるよりもっと、ずっ
と大きな信頼を寄せてくれていること。
そして---苦手な「会話」を介さずに済む、スフィクス・ネーヤとのコミュニケー
ションが存外気に入っていることも。
みんなブルーが教えてくれた---彼の真実。
祐希との手痛い失敗を踏まえた今、何もかもを解ってやれるなどという思い上
がりを抱くことも、もう決してないけれど。
ブルーと昴治と---解りたいと願い、解って欲しいと求め合えるお互いである
ことが、そう信じられる事が嬉しい。
未だゲートで作業を続ける運輸課の面々に先に上がる旨を伝えて廻ってから
昴治はハッチの閉塞を確認するブルーへと背中越しに近付いた。
手を伸ばせばその腕に届く距離に達した途端、
「昴治っ!」
悲鳴に近い声の響く中、突然現れた男の両腕に、昴治は後ろから抱き抱えら
れるようにして引き止められていた。
驚いたのはほんの一瞬。唐突な行動をやらかした腕の感触にも、情けなく裏
返っていた声音にも、昴治には嫌になるほど心当たりがあった。
「・・・危ないから急に抱きつくなって、いつも言ってるだろ!イクミっ」
実際に子供じみた真似をされた直後であるから、思わず幼子を叱る口調にな
るのも無理からぬところだ。しかつめらしい顔を肩越しに振り向かせ、へばりつ
いたままの親友を睨みつける。
「だって・・・」
諌められしゅんと肩を落としたリヴァイアス第1の英雄は、まさに子供のような
口調でぼそぼそと呟いた。
この騒ぎに身近にいたブルーが気付かないはずはない。
「だって、何だよ?」と当然の問いを返しながら、昴治はゆっくりと振り向いたも
う一人の友人の貌を見上げてみた。騒がしいのも慣れ慣れしいことも余り好ま
ない彼の気性からして、さぞや怪訝な顔をしているに違いないと思ってのことだ
った。
が、はたしてそこに在ったのは不器用ながら何とも可笑しそうな、見慣れぬ者
には嘲笑ととられかねない、けれど正真正銘の---笑い顔。
「そいつはお前の心配をしたんだ。お前が俺の背後から近付いたのを見て、
な」
ブルーの思いも拠らない台詞に昴治が絶句したのと、その「背後」で親友がう
っと息をのんだのはほぼ同時のこと。
「何考えてんだ、お前は!アナクロい映画の見過ぎじゃないのか?19世紀の
殺し屋じゃあるまいしっ」
「だってっ」
「だってじゃないっ」
普段はものの解ったふうな、どこか冷めた感さえ漂わせる二枚目面の狼狽え
振りか、或いは兄貴モードに突入した昴治の説教口調にか、攻防を続ける親友
らの傍ら、とうとうブルーは堪えきれなかったのだろう笑い声を上げた。
それはほんの一瞬。僅か一声であったけれど、ともにいた二人に目を見張ら
せるには充分な出来事だった。
一方は驚愕の為、そしてもう一方は思いがけない歓びの故に。
ほどなく笑いを治めたブルーは、何事もなかったように歩き出した。自分に見
惚れた様子で佇む昴治の側を通り過ぎ間際、
「そう叱るな。それ以上そいつを構うと、あそこのもう一人が益々むくれる」
子猫を抱き寄せる優しさで昴治の髪をくしゃりと掻き回し、身を屈ませてその
耳元に、またぞろ不可解な事柄を吹き込んでいく。
「忠告」に知らず周囲を見回した昴治の視界の中、搬入ゲートへと至るスロー
プを昇りきった場所に立つ弟の姿が飛び込んだ。
「---祐希?」
視線が合ったのはまたも一瞬のこと。手摺りに身を乗り出す勢いでこちらを見
下ろしていたくせに、リヴァイアス一天の邪鬼な「英雄その2」は、兄になど気付
かなかったふうを今更懸命に装いつつ、くるりと背中を向け大仰に腕組みなどし
て見せている。
「何なんだ、あいつ」
あ痛たっ、と頓狂な呟きを発する親友へと弟の挙動不審を思わず問うた昴治
の耳に、再び先刻同様の小気味良い笑い声が届いた。
「揃いも揃ってすっかり丸裸か」
止めていた歩を踏み出しながらブルーは言った。
「さしずめ太陽だな、お前は」
「---え?」
意味が掴めず首を傾げる昴治に再度振り返ることなく、リヴァイアス最強の守
護者はスロープを昇り始めた。
「・・何いって・・・」
親友の困惑げな独白に、苦笑混じりにも答えをくれたのはイクミだった。
「昴治は「太陽」だ、って。多分・・・ほら、それこそ何世紀も前の童話か何かで
あったっしょ。「北風と太陽」とかっての。あれを指してるのか、と」
未だ昴治の肩に回していた利き手を持ち上げて、イクミは親友の細い髪を遠
慮がちに梳いた。途端、
「気安くいじるなよ、ひとの頭を」
ぱしりと手を叩き落とされた。膨れ面を見せる昴治に、イクミが噛みついたの
は言うまでもない。
「何で怒るのっ」
「何でって---自分より背の高い奴に頭撫でられたりすんの、何かムカつくん
だよ」
「でもだって、さっき大将がやった時は怒らなかったのに!」
イクミにして常にない、理に叶った反撃であった。昴治は言われて初めて気
付いたその事実にポンと手を打ったが、
「ブルーは、なんか特別」
返った回答はイクミにとっての、逆転満塁ホームラン的大打撃。
では何が特別なのかと聞かれても、おそらく昴治自身にも答えは出せなかっ
たろう。けれど---やはりブルーは別なのだ、としか表す術を思いつくことは出
来なかった。
「ヒドいっ」を連呼して泣き真似をする色男の背を撫でて慰めながら、昴治の
目は離れていく友人の姿を追いかけていた。
(北風と太陽・・・)
スロープの上にいる祐希と、それを昇るブルーの距離が近付くにしたがって、
感情の起伏の激しい弟の貌が序々に顰められていく。
祐希が同年の天敵に出会うたび二言三言憎まれ口を叩くのはいつもの事。
それらを丸ごとブルーに躱される風景さえもが日常となって久しい。
(どっちかっていうと・・・まわりの注目度とかからいっても、俺よりブルーの方
がまだ「太陽」っぽいんじゃ---)
今回はどんな文句をつけ、何と返されたものか---若しくは無視を決めこまれ
たか---憤慨した様子の祐希が、歩き去るブルーへと何事かを怒鳴り始めた。
「そういえば。どうしたんだよ、忙しいはずのお前たち二人が揃ってこんなとこ
で」
ここからではスロープの上の声まで拾うことは出来ない。状況把握を諦めた
昴治は、先からの疑問を未だ拗ねモード全開のイクミに向けた。
「やっと見通しがたったから、今日は閉店してきたんです!こずえが特別メニ
ュー用意してくれてるから、そろそろ昴治くんも上がれる頃かなと思って、夕飯
のお誘いに。せっかく大サービスで弟くんもオマケに連れてきてあげたのに。
わざとらしく嫌がるのを諭す振りとかしてっ」
足元にしゃがみ込んだイクミは、ぶつぶつと雫しつつウラミがましい目で見上
げてくる。
「分かった、わかった。俺が悪かったって」
その頭を昴治はまさに子供にするように撫でてやった。親友と弟の相変わら
ずの甘えに少々の呆れと、より以上の親しみを実感した笑みを浮かべながら。
太陽のようだ、と。
思いついたまま口にしていた。
遠い昔乳母に読み聞かせられた童話とやらの一遍が、記憶の何処かに埋も
れていたのだろう。
しかし改めてそのお伽噺を思い返してみれば、件の「太陽」はあの風変わりな
友人を表すにあまり適していなかったことに、遅まきながらブルーは気付いた。
旅人の重い外套を脱がせ、在りのままの自分を曝け出させたことなどを昴治が
「自称強者」らに施した事由に擬えてみたけれど。
それでも。
絶望に膝を折り、泣き伏した最後の指導者を傷ついたその身体で抱きしめた
という昴治の姿に、居合わせた生徒らは真冬の陽光を見たかもしれない。
北風に凍える者誰をも等しく照らす、柔らかくさりげない仄かな温もり。
ただそばに在るだけで、まさに北風と比喩されて然るべきこの自分でさえが
何かを赦された時のような、厳かで心穏やかな想いを抱くのだ。
生来の独占欲の深さをその如才なさで隠した親友や、隠しきれない執着に
翻弄され続けたままの弟が、その仄かな光に競って手を伸ばさずにいられな
いのも無理からぬところだった。
だとすれば---「太陽」の喩えも、あながち悪くはなかったかもしれない。
知らず利き手の手のひら---先刻昴治の髪に触れた---に目を向けた。
子猫の毛並みを撫でた時のような心地良さが思い出され、自然に頬が緩
む。同時にその瞬間のイクミの心外そうな不満顔を反芻して、浮かんだ微笑
は明解な笑いに変化していった。
「あんなヤツと馴れ合いやがって。てめえも落ちたもんだなっ」
スロープを昇った先で待ち受けていた祐希が悔しげな顰め面でそう喚くのに
お前ほどじゃない、と返してやった時の顔がまた見ものだった。
今頃昴治は機嫌を損ねた二人の子供を抱えて苦労しているだろうか。
いや、それはあるまい。詰まるところあの我侭ボウズどもが、いまの昴治に敵
う筈はないのだから。
込み上げる笑いを常の表情の下に押し戻し、ブルーはすでに待ち人がいるだ
ろう自室へと足を速めた。
この満ち足りた優しい気持ちを手土産に、自分にとっての、もう一つの陽だま
りの待つ場所へと。
<end>
ノマさまリクエストの「ブルーと昴治の、ひとから見て仲が良いと分かる会話」でした。が、
・・・会話、になってますかね?やっぱり、あんまりべらべら喋るとブルーにならなくなってし
まうので、これが私めの限界かと(^_^;) それでも仲良しにはなってると思うのですが、如何
でしたでしょう? そして、すぐ分かると思いますが このページにおまけの隠しリンクがあり
ますので、気が向きましたらば見てみて下さいまし。ちなみにちょっぴり祐昴モードなので、
「ブルー&昴治話の余韻(←あるのか?)を壊したくない」「イクミがあんまり可哀想!」という
方にはお奨めいたしません(汗) ごめんなさい(T_T) でもでもやっぱり、ブルーの昴治に対
する優しさ というのは、見るのも書くのも、ほんわか出来てとても好きですー