新年を祝うためのリヴァイアス恒例のパーティーは今、年末年始とはさして関係もない「ボタン早押しイントロ
当てクイズ」なるゲームによって佳境を迎えていた。
カウントダウンまで、あと30分。
メインステージ脇では来たるべき瞬間の乾杯用シャンパンが、シンデレラ城のように積み上げられたグラス
に注がれていく。
何時ものように裏方に徹し、2週間もの間仕事漬けとなって準備一切を取り仕切った昴治は、ここに至って
漸くお役免除と相成った。
見送ってくれる同僚らに手を振りながら、人いきれを抜け華やかに盛り上がる会場を後にした。
その足で向かった先はリフト艦だった。
特別なこの日といえどヴァイタル・ガーダーチームに休日があるはずはなく、深夜勤のメンバーは待機を余
儀なくされている。特例の措置として居残りは1名に限られてはいたが。
もっとも今夜担当に当たった者にとってパーティーなど元々興味の対象外だから、いっそ丁度いい割り振り
であったといえるだろう。
その偏屈者の名は祐希---昴治のたった1人の弟にして、所謂、何というか。
10日以上も1日の殆どを総括課事務室で過ごしてきたせいで、その間祐希と顔を合わせるどころではない昴
治だった。
IDコールで二言三言、言葉を交わしはした。その時の会話で今夜弟が居残りになったことを知ったのだ。
(途中で抜け出せるかギリギリまで分からなかったから、あいつに何にも言ってないし・・・急に顔出したら驚く
かな)
意地っ張りな祐希のことだから素直に喜ぶ顔を見せるとは昴治も思っていないが、それでもあの1人では広
すぎるパイロットシートの半分を昴治のために空けるくらいはしてくれるだろう。
時間がなくて、持ち帰ろうと考えていた料理も飲み物一つも用意出来なかったのは残念だけれど。
本当は---他には何も要りはしないのだ。
新たな年を迎えるその刹那を---祐希と二人、過ごせるのなら。
心で呟いた独白に自分で赤面した時、リフト艦のハッチに到着した。
メンバーでない者にはパスワードが付与されないから、来訪者はインターホンで内部と連絡をとる。見上げた
所には監視カメラが常時作動しているので、実際はベルを鳴らすまでもなくこちらのことはすぐに知れるはず
だった。
「はいはい、何か御用ですか・・・って、あれ!昴治?」
聞こえてきたのは予想を裏切って、聞きなれた親友の声。ちょっと待って、とイクミは言ったが、そんな間もな
く重々しい機械音をたててドアが開かれた。
首を傾げながら入室した昴治を迎えたのは、やはり目を丸くしたイクミである。
「どうしたの、パーティーの責任者じゃなかった?今夜は会場に張り付きだと思ってたんだけど。珍しく薄着だ
し」
今のワイシャツ一枚という恰好は、確かに昴治にして---仕事帰りであれば尚更に---稀なことだった。
「いや、今夜は一晩中省エネモードに切り替わらないだろ。どこも温かいし、動いてると暑いくらいでさ・・・実は
この辺でもう休んでいいって委員たちが言ってくれて。で、えっと・・・その・・」
コックピットを見回してみたが、どうしたことか、ここに祐希の姿はない。徐々に焦りが込み上げてきた昴治に
イクミは申し訳なさそうな顔で、
「---裏目に出ちゃったか。二人へのお年玉のつもりで、祐希と宿直代わってあげたのよ。といってもついさっ
きだから、弟くん今頃会場の中で昴治を探してるかも・・・」
ごめん、と手を合わせ頭を下げるイクミを誰が責められよう。「驚かせたい」などと子供じみた悪戯心から、す
ぐに連絡を入れておかなかった昴治の落ち度であった。
「謝るなよ。っていうか、ありがとな。折角の気遣い、何か無駄にしちゃった感じで悪い。でも---お前、和泉と
は?あおいと一緒に会場にいたぞ」
どんな時でも他人の心配をしてしまうのは、もはや昴治の習い性だといえた。それを当人より熟知している親
友は、可笑しそうな、それでいて大層嬉しげな様子で微笑った。
「大丈夫。そこのところは---ああ、丁度いま来ました」
イクミの視線を追って監視カメラを振り返る。そこには柔らかな長い髪を緩く結い上げ、優しいパステルピンク
色のドレスを纏った少女が、籐のバスケットを大切そうに胸に抱えて立っていた。
「ああ、そっか。よかった」
ほっと息をついて、挨拶もそこそこに踵を返した昴治の背中に、ハッチを開けつつイクミが呼び掛ける。
「祐希がまだ会場にいるか確かじゃないから、ID呼んだ方がいいよ!」
親身な配慮に感謝の笑顔を返して昴治は走り出した。ドア近くですれ違ったこずえに新年の挨拶を伝えた時
にも、足を止めている猶予はもうなかった。
カウントダウンまで、あと15分。
走りながらIDを取り出そうとして、ぴたりと立ち止まる。
昴治はいつも決まって胸ポケットにIDを仕舞っていた。今夜は必要がなく、それどころか作業に邪魔になる
ばかりな為、事務室の椅子の背に掛けてきた---ブレザーの胸ポケットに。
呆然としたのもほんの一瞬だった。
何もしないまま諦めるのは本意ではない。たとえどんな事であろうとも。
挫けようとする弱気を叱咤して昴治は再び走った。自己最高記録は間違いない全力疾走の故に、会場に入
った時には呼吸も危ぶまれたほどだ。
が、しかし。
「昴治!どこ行ってたの?祐希が探してたよ。実行委員の子が「疲れきって帰った」って言うから、じゃあ部屋
に行ってみるって。10分くらい前」
息を切らせる昴治には、その有様を心配して水を差し出してくれた幼馴染みに、事情を説明する気力も体力
も有りはしなかった。
祐希の足ならば10分もあれば昴治の自室に既に着いている頃だ。今あおいにIDを借りて連絡をとったとして
も、たとえ祐希が決死の走りをみせたとしても、到底その瞬間までには間に合わない。
気遣うあおいに少し無理に笑って、ノロノロと賑やかな会場を出た。明るいばかりで静まり返った通路の壁に
背中を預け、大きな溜息をつく。
間が悪かっただけだ。誰が悪いわけでもない。それに、多分こんなことに少なからず拘っているのは昴治だ
けで、祐希には何ほどの意味もないのだろう。
それでも。
俯きながら腕時計を覗いた。デジタルの表示は23:55。
---一緒に、いたかった。
淋しいやら悔しいやらで何やら腹がたってきた。どうせここにいないのだ、八つ当たりの1つも許してもらおう
と、昴治は視線を足元に落としたまま声を上げる。
「どこにいるんだよ、もう!ばか祐希!!」
言った途端に何かに頭を叩かれた。驚いて目を上げたその先には、はたして不機嫌この上ない表情を浮か
べ、肩で息をする弟がいた。
「ゆ・・・」
「そりゃ、こっちのセリフだ!ばか兄貴!!」
祐希が兄の胸に押し付けるように持ち上げたのは、件のIDカード入りブレザー。物問う視線を受け祐希は吐
き出すように溜息をついた。
「あんたIDに出ねえし。もしかして、と思って事務室寄ったんだよ。椅子にこれが掛かってんの見て---何人
か総括課のやつがいたから預かったんだ。そしたら案の定っ」
眉根を寄せる弟の視線の中、昴治は恐る恐る上着の胸から自身のIDを取り出した。
着信履歴は1件。時刻はまさに昴治がリフト艦に到着した頃だった。
つまり---昴治がこれをきちんと身に付けていさえすれば、2人揃って息を切らすほど広い艦内を走り回るこ
となどしなくて済んだ。おそらく、いや---間違いなく。
「・・・ごめん」
面目のなさに、しゅんと項垂れる昴治の髪を祐希の右手がくしゃりと掻き混ぜた。
「尾瀬に借り作っちまった」と溜息混じりに呟いた言葉には、すでに不機嫌な響きはない。
え、と昴治が顔を上げた時。
全ての照明が落とされた。ほんの一瞬の後、
『A HAPPY NEW YEAR---!!』
轟くような音量の艦内放送が響き渡る。同時に明るさを取り戻した通路で、昴治は祐希の腕の中にいた。
その温もりに包まれて、昴治は微笑った。祐希への溢れる愛おしさに胸が詰まって、それを堪える為に恋人
の背中に両手で縋りつく。
「新年おめでとう。祐希・・・今年もよろしくな」
伝えたいことはもっとあったように想うけれど、声に出来たのはそれだけだった。
祐希は何も言わないまま兄を解放して、その手に持った上着を昴治の頭から被せた。何、と問う声にも応え
ず、昴治に屈みこんで自分の顔にも上着を引き寄せる。
大胆で、強引で、ほんの少しだけ謙虚な---秘め事。
優に数分を隔てて、ごそごそと上着の下から出た昴治は首まで真っ赤に茹で上がっていた。
「・・・何すんだよ・・こんなとこで・・」
「心配すんな。続きは部屋に帰るまで待ってやる」
悪びれもせずそう言って、祐希は兄の手を取った。
「なっ---だからそーゆーこと、外で言うなって!」
「あんたの部屋の方が近いよな」
「人の話聞け---!」
力強く手を引く弟に、半ば引き摺られるように歩く昴治の足取りはしかし、その言葉ほど躊躇していなかった。
離れて過ごした2週間。耐えてきたのは祐希だけであるはずがない。
一緒にいたい。
願うことはいつでも---揃ってただ、それだけなのだから。
「はーい、祐希くん。お兄ちゃんに会えた?---あ、まだなんだ。いま何処?---いいから言いなさいって、会
えなくてもいいの?---ああ、それ外れ。イクミくんが思うにはですね、昴治は今頃・・・」
<END>
明けましておめでとうございますSS でした。何気に公認カップル?な
兄弟ですね(^。^) こっそりと恰好いい祐希を目指してみたんですが・・・
いえ、すみません。言ってみただけです(T_T)