「・・・のニュアンス」 act.2(


 最新鋭航宙可潜艦<黒のリヴァイアス>号。来たるべき未来の人類存亡を担う、全世界規模たる「ヴァイア計画」の中核である。
 とはいえ。
 どれだけオトナたちが期待を込めて見守っていたところで、航宙課専攻の実習生400名余りが暮らすこの艦が、如何に空間的ゆとりをもって設計されていようと、些か非常識なほどの大きさを誇っていようとも、真空の宇宙に---ましてゲドルトの海の上に---浮かぶ閉鎖空間である事実は変えられない。  講義や実習に追われる毎日も、まだ若い彼らのエネルギーを燃焼させ切るには及ばないのが現状であった。
 故に当然と言うべきか、リヴァイアス艦内ではのべつ幕無しに、何某かの催しが開かれていた。各惑星から集まってきた者たちらしく、それぞれの故郷での祭りを全て、網羅しようかという勢いで。
 
 地球圏アジアの小国、日本出身の相葉昴治はいま、そんな艦内の風潮にほとほと困り果てている真っ最中だった。
 総括課班長を務める立場でもあり、元来が生真面目な世話焼き気質だから、その都度イベントの主催側に回されることは別に構わない。もう諦めもついている。
 だが、しかし。
 「行事なら何でもいいってもんじゃないだろ。イクミ」
 デスクの上の、「企画書」と大層に銘打たれた数枚のレポート用紙を押し戻しながら、昴治は前に立つ親友の端正な貌を見上げた。
 班長として操船課を代表して来たという尾瀬イクミは、昴治の困り顔に少々気後れを見せながらも、
 「でも、縁起ものなんだよね?昴治だって家では毎年の習慣だったワケだし。危険のないようルールだって考えてあるんですよ」
 友人の地球での暮らしぶりを熟知しているかのような物言いは、当然昴治の幼馴染み、蓬仙あおい経由で仕入れた知識からだろう。この「操船課の企画」であるところの行事自体、彼女の口から伝わった可能性が一番高い。
 「危険とか、そういう事も勿論だけど」
 猫撫で声を出す色男を睨め付けつつ立ち上がり、昴治はいつもの一見怒ったような口調で言い放つ。
 「一体誰が掃除するんだよ。総勢400人が投げ合った豆をっ」
 ---リヴァイアスが再び旅立って、早二年余り。
 艦内二度目の新年を迎えてから、丸ひと月が経とうとしていた。
 
 
 本来「節分」とは季節の変わり目、その節目を指すのだという。
 けれど昴治らが生まれ育った現代では、その言葉は即ち「二月初頭の豆まき」とすでに広く認識されていた。
 そんな訳でイクミが引き合いに出したように、確かに豆まきは世間の例に漏れず、相葉家の恒例行事の一つではあった---七年ほど前までは。
 教官連と政府の役人らによる委員会、そしてツヴァイの許可は案外簡単に取る事が出来た。
 まく豆は、10粒づつ透明な袋に小分けした物であること。
 安全の為、首から上を狙って投げないこと。
 平常作業中の実習生に迷惑が及ばないこと、等々。
 その他30項目にも及ぶ、細やかな決め事を盛り込んだイクミの企画書が
---昴治が慎重に添削したことは言うまでも無い---功を奏したようだ。

 そうなれば最早、昴治に嫌も応もない。
 日程を組み、操船課以外の実行委員を募り、必要器物や経費の確保、イベントの実施区域の選定など、やるべき仕事はまさに山積みとなった。
 息をつく暇も無いほど、毎日は忙しなく過ぎる。
 当日を三日後に控えた午後だった。
 報告事で出向いたブリッジから総括室へと戻る途中、昴治はブレイクコーナーの一つで珍しく足を止めた。艦内のコーナー数ヶ所にのみ配置された、籐編みのチェアに目を引かれた為だった。
 まだ色合いに若い感のあるそれに腰を下ろし、大きく重い溜息を雫す。
 オーバーワークのせいではない。勿論疲れてはいるが、昴治はもともと己の義務に対して労を惜しむ事はなかった。
 溜息の理由は分かっていた。昴治の、所謂ただの感傷であり、それ故にこの籐椅子に目が留まったのだろうとも。
 少しの身動きに微かに軋む音や、預けた背中に感じる独特の感触。
 (懐かしい・・・な、やっぱり)
 夏が来るたび母にねだっては納屋から出してもらった、一つの古びた籐椅子。
 庭に面した南側の廊下に置いたそれの上で、祐希と二人寄り添って昼寝をした。幼い兄弟が揃って座るだけの空間があったとしても、たとえ軒から下がった簾で陽を遮っていたとしても、夏の盛りに何故そんな暑苦しい真似をと、今ならばそう思ったことだろう。
 (何が面白かったんだかは、もう覚えてないけど・・・夏の楽しみだったんだよな)
 そうして。
 いま時分には決まって、同じ縁側で「豆まき」をした。仕事帰りの母を待ち、昴治が被った鬼の面に向けて投げさせるべく、弟の小さな手に豆を握らせた。
 (毎年下手くそなお面作ったっけ。祐希を喜ばせようと思って・・・でもあいつ、ホントはそんな事したくないって言ったんだ)
 記憶の中---「豆まきなんかずっと大嫌いだった」と、弟は或る年、泣きじゃくリながら昴治に訴えた。
 これまでの自分の努力が無駄であったと分かったのだから、少なからずショックを受けたことは確かだろう。当時の遣り取りを詳しく覚えていないのが、その証拠のように思えた。
 次の年からはどうしたのだったか。弟の意向を汲んで行事自体を止めてしまったのか、どのみち祐希の手痛い「反抗」期の故に、家族の習慣は遠からず一変してしまうのだけれど。
 (操船課の発案っていったって、祐希が同意したはずないし・・・)
 天の邪鬼なあの弟は、もともと艦を上げての「お祭り騒ぎ」に批判的だった。その上今回は特に嫌っているらしいイベントなのだから、盛り上がる課内で一人、さぞ不快な思いをしているに違いない。
 (俺が決めた訳じゃないけど・・・あいつ、嫌な顔してるだろうな。俺が主催者サイドにいるの分かってるだろうし、もしかして怒鳴りこんで来る、かも---)  昴治はふとそう思い、瞬時にその考えを打ち消した。
 今の祐希がそんなどうでもいい事の為に、わざわざ昴治に近付いて来る筈がない。
 再出発からこっち、いや「救出」されてからずっと、弟は間違いなく兄を避け続けているのだから。
 救助後、自宅での日々の中でも極力昴治と顔を合わせないよう、祐希はこれまでにも増して不規則な暮らし振りをするようになっていた。
 期せずして訪れた衝突も暴力もない毎日に、今ならやり直せるのかもしれないと甘い期待を持ったのは、最初のほんの数週間のことだ。
 (「喧嘩」してた頃の方がましだった・・・とは、さすがに言わないけど・・)
 あの頃の関係が昴治には勿論、祐希にとっても良い状態であった訳はない。現在の、相変わらずの個人主義ではありながら、周囲と折り合う距離を掴み始めた様子を鑑みれば、どちらがより弟の為であるかは比ぶるべくもなかった
 たとえこのまま、もう一度手を取り合えることなく離れていくしかなくても。
 それでも。
 (ホントに・・・もう、ダメなのかな・・)
 日々の疲れに後押しされて、昴治は知らぬ間に瞼を閉じていた。自問自答の挙句に自分で落ち込んだせいか、忍び寄る睡魔にあえて抵抗する気にもなれなかった。
 ゆっくりと眠りに落ちながら、この椅子でなら懐かしい夢を見られるかもしれないと考えた。せめて夢の中だけでも触れ合えはしないかと願い、そんな未練がましい自分が可笑しくて、笑った。
 バカ兄貴。
 だからあんたはダメなんだよ。
 (悪かったな・・・どうせ俺はバカだよ---)
 耳に甦る弟の声はどれも嘲りを含んだ罵声ばかりだ。
 (昔はひっついて離れなかったくせに。俺がいなきゃ、ダメだったくせに・・・あの頃の---十分の一でいいのに・・・ほんと、極端なんだよ。バカ祐希・・)
 肌寒さを感じて身震いをした。次いで、ふわりと何かに包まれたような感触。
 (あ・・・夢だ、これ)

 「二人」がウトウトし始めると、決まって母が薄い上掛けをかけてくれた。兄と弟を一枚のタオルケットで、そっとくるみ込むように。
 ならば「今」昴治の傍らには、まだ兄を求めていた頃の弟が在るのに違いない。
 夢だと認識しているくせに、それでも確かめずにはいられなくて、昴治は小さく祐希の名を呼んだ。もう眠ってしまったかもしれない弟を起こしてしまわないよう、一度だけ声をひそめて。
 
 
 通りすがったのは真実ただの偶然だった。
 誰に言い訳する必要もないのに、まずそう心に前置きをして、相葉祐希は籐椅子の上で丸くなって眠る兄を見下ろした。
 (何やってんだ。このバカは)
 何をしているかは勿論一目瞭然だ。兄が起きていればそう言い返したかも知れない。自身の所属する操船課が発起元の---祐希にはこれっぽっちの関心も無いが---「イベント」開催の為、昴治がいまどれだけ多忙であるかも聞き知ってはいたけれど。
 (尾瀬なんかの企画、通したりするからだ。クソ兄貴)
 昴治に対し必然のように反駁を示してしまうのは、もはや祐希の習い性としか言いようがない。
 それを指して「好きなコにだけ特にイジワルしちゃう小学生レベル」と揶揄したのは、兄の親友を自負して憚らない、いけ好かない戦友の一人だった。
 自覚がなかっただけに、その上不本意にも「それ」を内心で認めてしまった為に、祐希は図星を指され言葉に詰まるなどという、大層無様な事態に陥ったものだ。
 (全部、あんたのせいだ)
 八つ当たりも甚だしいことを独りごちた時だった。目前で眠る昴治が寒さのためにか、僅かに身を震わせた。
 何の戸惑いもなく、タンクトップの上に一枚だけ羽織っていたシャツを脱ぐ。手にしたそれで兄を起こさないようそっと、何時の間にか小さくなった肩を包んだ。
 お前が大きくなっただけだろ。
 怒ったような困惑したような、独特な韻をもつ兄の口調を耳奥に聴いた気がした。
 バカバカしい---すぐに思い直し、その口惜しさに唇を噛んだ。実際に今の兄が祐希に対し、そんな親しげな口をきく事など有りはしないというのに。
 蛹から孵った蝶のようにあらゆる戒めから自分を解き放ち、昴治は刻々と変化していく。消せない負い目と下らない意地で、両手が塞がったままの祐希を置き去りにして。
 不意に、消え入りそうな声音で何ごとかを兄が囁いた。夢でも見ているのだろう、稚い寝顔に柔らかな微笑が浮かぶ。
 次いで昴治は、胸に寄せていた片方の手のひらをおずおずと伸ばしてきた。衝動的にその白い指を掴みかけ、寸でのところで思い留まる。それが誰に向けて差し伸べられたものであろうと、相手が祐希でないことだけは確かであるのだから。
 少し前に兄の自室で、酔って寝惚けた昴治を成り行き上介抱した際にも、同じように---その時は確かに祐希へと---手を伸ばしてきたけれど、酒のせいで現実と思い出が入り混じっていただけだと、翌朝以降の様子で容易に知れたものだ。

 こんなふうに、もう一度手を取り合えることなく離れていくしかないのか。
 さもなければ。
 (気付けよ・・・バカ兄貴・・)
 声に出来ない言葉を胸中で告げてみる。
 祐希が兄を遠巻きにするもう一つの、そして最大の理由。
 「ただの兄弟扱いなんかされたくない」という、単純にして難解なパスワードが、はたしてこの鈍さにかけては他の追従を許さない兄に解ける日が来るものかどうか。
 祐希の心情はまさに、負けを覚悟の戦に赴く兵士のそれなのだった。
 
 
 「いたいのいたいの、とんでいけー」
 鈴の音を思わせる透明な声が、たどたどしく懐かしい言葉を紡いだ。
 「んー、惜しいけどちょっと違うの。「鬼はー外、福はー内」って言うのよ」
 豆をまく手振りまでつけて、あおいは隣に座る「幼い」少女に丁寧に説明して聞かせた。
 少女の名はネーヤ。ヴァイア艦「黒のリヴァイアス」の制御システムたる、異生命体スフィクスである。
 あおいからネーヤを挟んで昴治、テーブルの向かい側にはイクミと和泉こずえが並んでいた。
 昼食をとる為カフェの一つに足を運ぶ途中女性陣二人と行き合い、イクミも一緒だからと誘われて、昴治はこのレストルームに同行した。
 明日に迫った「イベント」の話で盛り上がっていたところへネーヤが現れ、皆の楽しげな様子につられてか、自分の唯一知る「呪文」を口にしてみせたのだった。
 「オニってなに?どうしてそとにおいだすの?」
 生命の重みを知るからこそ、気遣わしげに眉を寄せネーヤは昴治を振り返る。この艦の誰よりも昴治を近しく思っているらしい彼女が、こうして興味や不思議を感じる度問い掛けてくるのも、既に日常の一つになっていた。
 「大丈夫だよ、ネーヤ」
 胸の奥に既視感を感じながら、昴治は少女に笑いかける。
 「鬼っていうのは、そうだな・・・この世界のいろんな悪いことをまとめてそう呼ぶだけなんだ。「この場所から嫌なことが無くなりますように」って、願いをかけるんだよ。「鬼」という生き物がいる訳じゃないから、外に---ゲドルドの海に落とされて死んじゃうような事もない」
 昴治の瞳をじっと覗きこみながら、ネーヤはその言葉を少しづつ飲み込んでいく。最後にほっと息をついて、ようやく淡い微笑を浮かべた。
 「オニはだいじょうぶ・・・じゃあ、フクはどこからくるの?」
 昴治はさらに笑みを深めた。遠い昔やはり同様の事柄を昴治に問うた、懐かしい面影が脳裏を過る。
 「きっと・・・ネーヤや俺のここから、かな」
 自分の胸に手のひらを当て、昴治は応えた。あの頃は上手く伝えてやれなかった、小さな弟に向けて語るような心持ちで。
 そうして二晩の間、自室のベッドに置いたままの、昴治には一回り大きなシャツに思いを馳せた。
 ブレイクコーナーの籐椅子で転寝をする自分に誰かが羽織らせてくれていた、見覚えの無いそれに。
 誰か---不思議なことにそれが祐希であると、昴治は疑いなく確信していた。理由も根拠もない。まして自分を疎んじているはずの弟が、何を好きこのんでそんな真似をするだろうかと、そう諌める内心の声がするにも関わらず。
 「ここ---?」
 ほっそりとした小さな手が昴治のそれに重ねられた。透明な朱色の瞳を閉じて、ネーヤはブレザーの肩口に額を寄せた。
 自分自身ともいえるリヴァイアス艦内に在る限り、感応力---としか言いようのない能力---によって、ネーヤは人間の表層意識を読み取ることが出来る。
 けれど余程強い感情でなければ所謂「心」にまで触れるのは難しいのだと、たどたどしい言葉を一生懸命繰りながら、以前話してくれたことがあった。
 いま昴治にしているように直接の接触があれば、言葉を交わしているのと同様のコンタクトが取れるのだとも。
 「・・・「それ」が、フク・・?」
 ネーヤは顔を上げ真っ直ぐに昴治を見返してきた。疑いの欠片も無い眼差しで見つめられるたび、昴治は目には映らない何かに試されているような思いに駆られる。
 胸に思い描いていたのは、或る年の豆まきの夜、幼いながらに昴治が誓った想いだった。
 もしいつか本当に「鬼」がやって来ても、その時は。
 家を母を---そしてたった一人の弟を守る。
 この身の全てを賭けて、必ず。
 「そう---俺にとっての、だけどね」
 守るべきそれらが、昴治にとっての「内なるもの」だと。
 感じ取った他者の想いをネーヤが不用意に他言する事は最早無い。彼女が乗組員にとっての脅威にならぬよう、再乗艦後まもなく、昴治はその旨をネーヤに説いて聞かせていた。
 「コウジのフク、きれいないろ。あったかくてやわらかい・・・」
 今度こそにっこりとした笑みを見せ、少女は満足げに昴治の左腕にぶら下がった。
 ネーヤのそんな様子に、昴治は殊更昔の弟を重ね、次いで長じたその不機嫌そうな横顔を思った。
 (・・・シャツ、返しに行きたいけど・・・嫌がるよな、あいつ。やっぱりカレンさんかあおいに預けた方が・・・でも俺に貸したなんてコト、誰にも知られたくないかも・・)
 この二日、幾度も独りごちた事をまた繰り返し考えて、昴治は不自由な己の立場に苦い溜息をつく。
 ネーヤが口を噤むのを待っていたように、イクミがいそいそと身を乗り出してきた。
 「流石というか、何時にも増してというか。ホント学校のセンセイみたいっすね、昴治くん」
 昴治がネーヤと話す間、友人たちは一様に傍観の態をとる。世にも珍しい存在を前にした恐れでも負の感情からでもなく、余計な口出しでネーヤを混乱させない為の気配りだ。
 もっともその配慮の訳の大半は、親子のような二人のホノボノとした語らいを邪魔したくない、というところにあった。当の昴治は自分たちのそんな雰囲気に、少しも気付いてはいなかったけれど。
 外見だけは同年代の青年に懐く「黙っていれば絶世の美少女」に目をやって、あおいは子猫を見るように愛しげに目を細める。浮かべた笑みもそのままに昴治に問うた。
 「何だか慣れた問答だったけど・・・もしかして祐希にも同じコト、聞かれたりしたんだ?」
 「うんと昔だけどな。それに、あんまり上手く説明してやれなかったし。俺もまだ全然子供だったからさ」
 「仕方ないよ、だって一つしか違わないんだもん。祐希はホントに何でも昴治に聞いてきたものね。あいつにとって、お兄ちゃんはずーっと「絶対」な存在だったんだよ」
 しみじみと幼い頃の思いに浸る幼馴染み同士の会話を聞きながら、イクミは傍らの恋人の耳元に声をひそめて囁いた。
 「・・・ちょっと想像しちゃいました。ネーヤの如く昴治に懐く弟クン。しかも現在版」
 「うわっ---それはまた・・なかなかヘビーな図ですよ?」
 こずえが顔を引きつらせたのも無理はない。
 あの頃と今の弟が本当に同じ人間だろうかと、昴治でさえ時々疑いたくなるくらいだから、イクミらが感じた違和感は至極もっともであったろう。
 「まあ、今もお兄ちゃん好き好き度でいえば、ご幼少時に勝るとも劣らないコト確実でありますが」
 「それにこうやって聞いてると改めて実感するけど、相葉くんのブラコン度もかなりなモノなんだよねえ」
 「だからこそ、今!「豆まき」なんじゃありませんか、こずえさん」
 テーブルの下で握った拳をこずえにだけ示し、イクミはしかめつらしい顔で幾度も肯きを繰り返す。
 「でもね、イクミ」
 ネーヤを真ん中に仲睦まじい家族絵を展開しつつ、未だあおいと思い出話に興じる昴治をそっと盗み見て、
 「いくら今回の「豆まき」が相葉くんの為っていっても・・・もしバレたら、”二人”ともきっと・・怒るよ?」
 こずえは満足げな恋人にやんわりと気遣いの釘をさした。
 尾瀬イクミをして「リヴァイアスの英雄」と広く人々はいう。
 天賦の才と恵まれた容姿、統率力やカリスマ性はいうに及ばず、如才ない人当たりも相まって、凡そ弱みなど皆無だと思われがちな男にはしかし、誰もが驚く意外なアキレス腱が存在した。
 「昴ー治ぃっ!」
 何とも情けない声を上げ立ちあがるが早いか、「リヴァイアス第一の英雄」はテーブルを回り込み、小柄な親友を頭から抱きしめた。
 「うわっ!な、何すんだよ?イクミっ」
 「俺たちトモダチだよな?何があっても昴治はイクミくんのコト、嫌いになったりしないよねっ」
 いまにも泣き出しそうな顔で縋りつく美丈夫に、昴治は勿論のこと、あおいも呆れて開いた口が塞がらない様子だ。
 「・・・今すぐ離さないと、保証の限りじゃあないぞ」
 昴治の普段より一音低い声音に、艦内で二、三を争う腕っ節の---使い手筆頭の地位はやはり不動であろう---男が悲鳴を上げた。
 優しい表情で笑いを堪えるこずえに、あおいは肩を竦めて見せる。
 片腕にスフィクス、もう片方の腕に英雄をぶら下げた相葉昴治は、はたしてこのリヴァイアスで一番のツワモノであるのかもしれない。
 後にあおいは親友にだけ、ポツリとそう呟いたという。

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このお話は、2月のリヴァ・オンリーイベントにて発行されました、「桜三姉妹」くさか智さまの
ご本「いつでもいっしょ」に書かせて頂いた「春の鬼」再乗艦Ver.でございます。最後
まで書いてからにしようかと悩みつつも、取りあえず更新が滞るよりはマシかしら・・・
と思いまして(^。^)と、いうワケで後編に続く。