ブルー・ドルフィン

 そのイルカは透明な青いガラスで出来ていた。

 
すらりと伸びた胴体の先には、ピンと張った尾ひれが勢いよく水面を蹴る時の様相で続いている。

少し突き出した鼻先や切れ長に描かれた目、そして何より陽光に透けてきらめくその輝きが---似て

いる、とひと目で思ってしまったから。

 人差し指ほどの大きさしかないそれを昴治は、先程から飽きる事無く見つめていた。

 「欲しいのか?」

 背後から少々呆れを含んだ声が言った。

 「欲しい・・・けど、「買う」のは嫌かも」

 「何言ってんだ、バカ兄貴」

 休暇の旅行中に立ち寄った、港町を模したこのエリアは現在の流行りではないらしく、一日に数本

しかないレールカーを待つ間にと入った、駅前唯一の土産もの屋と思しき狭い店内には兄と弟の他

に客の姿はない。

 
窓際のケースの上にディスプレイされていた、多種多様の生き物のガラス細工の中に、そのイルカ

は在った。取り立てて珍しいものでも、特に細工が見事だったわけでもなかった。

 ただ、似ていると思ってしまったから。目を離せなかっただけだった。

 このまま置いていくことに未練がないではないけれど。だからこそやはり、金銭で贖いたくもなかっ

たのだ。

 「ホントにいいから。そろそろ行こうか」

 青い輝きに一度だけ、そっと指先だけで触れてから、昴治は後に立つ恋人に振り返った。祐希は何

も言わずに兄の前髪をくしゃりとかき回し、それから徐に利き腕をケースへ伸ばした。

 昴治が止める間もなかった。件のイルカをひょいと摘み上げたが早いか、さっさとレジへと足を向け

る。兄が口を開くより先に、「うるさい」と言い置いて。

 改札を抜けてホームに立つと、祐希は薄いジャケットのポケットから、今さっき求めたものをやはり

無言で差し出した。些か不機嫌そうに見えるのは気のせいか。

 「サンキュ。嬉しいけど・・・何で?」

 「---遠慮されると、却ってムカつく」

 「は?」と昴治が問うたのと、祐希がそっぽを向いたのは同時だった。どうやら、多分---いや間違い

なく、奇妙な誤解が生じているようだ。

 レトロな藁半紙からイルカを解放して手のひらに乗せ、背を向けたままの祐希に示してみる。

 「これ、似てると思ってさ。だから欲しくなって」

 「・・・分かってるって言ってんだろ」

 今や明らかに不貞腐れた口調だった。勘が良いくせに物分りの悪い恋人に、最早呆れるしかない。

 「ふうん、お前も自分でそう思うんだ」

 少々意地の悪い切り替えしではあった。ほんの1コンマの間をおいてから、祐希は弾かれたように

振り向いて兄の顔を凝視した。信じ難い事柄を突きつけられたとでも言いたげに。

 (じゃあ、誰のことだと思ったんだよ。お前は)

 腹が立たないではなかったが、

 「・・・・・・・・・バカ兄貴・・・」

 ぼそりとそう洩らして俯いた横顔に、幸福そうな照れ笑いを見つけてしまったから。この手に在る

イルカに免じて貸しにしておいてやってもいい。そんなふうに思った。

 祐希自身が昴治にくれた、青い輝きを胸に抱きながら。

                                                      <END> 


ADSL開通記念(^_^;) 久し振りの更新です。ちょっぴり夏テイストのまたまた超ミニSS。
さて、祐希は一体誰の事だと思ったのでしょうね(笑)