ゆうくん、お迎えよ---と、先生が何時にない満面の笑顔で言った。
すっかり帰り支度の整っていた祐希は、たった今まで一緒に積み木遊びをしていた女の子
のバイバイの声に、返事をする間さえ惜しんで玄関へと駈け出した。
今この時が、一日の中で一番好きな時間だった。
だってもう眠るまでずっと離れなくていい上に、学校からは家を挟んで反対側にあるこの
保育園まで、わざわざ祐希のためだけに来てくれるのだ。他でもない、たった一人の大好き
な兄が。
おにいちゃん、と呼んでしがみつくと、最近体裁を気にするようになった兄は、少し困っ
たような顔で祐希を引き剥がし慌てて園の門を出ていこうとする。それでも繋いだ弟の手を
決して離したりはしなかった。
はたして。
いま目の前に立っている「今日のお迎え」を見た途端、祐希の大きな瞳が落胆に潤んだ。
得意げな笑顔で屈み込んだ母は、末っ子の眦に浮かんだ滴を感激の所以と取ったらしく、
今日は急用で仕事を早引きしたのよ、と自分譲りの真っ直な黒髪を優しく撫でた。
たまにはお兄ちゃんもお友達と遊びに行きたいものね、と続いた悪気のない声音はしかし、
悪戯がばれた時の叱咤よりも痛烈に、祐希の頭のてっぺんを強打した。
これほどに欲し求める祐希よりも、兄は他人を優先するのか。
それは祐希の中に生まれて初めて灯った、絶望という名の昏い焔であった。
目を覚ました時、隣で眠っていたはずの部屋の主の姿は既になかった。
未だ眠気と夢の残像に朦朧としながら、のろのろと上半身をベッドの上に起こす。見るで
なく目にした足元には、昨夜脱ぎ散らかした服が祐希の分だけ畳んで置いてあった。一足先
に起きた昴治が行きがけに拾い上げていったのだろう。
明日は朝早くから打ち合わせがあるんだ、と暗に行為を拒んだ唇を強引に奪って、華奢な
身体を組敷いたのはとうに日付も変った夜半過ぎ。
何時になく抵抗に本気が見えたから、おそらくはそれでも無理強いした事への後悔と相反
する苛立ちが、あんな下らない夢を見せたのに違いない。
生死を分かつ漂流の旅を経て、件の航宙可潜艦に再び搭乗したのは二年前。あの頃はまだ
兄の目を直視することも叶わなかった。
独り無為な日々を過ごし、他人の中で幸福そうに微笑う兄をただ、遠くから見ていた。
そうして、ある日偶然---天から降ってきたような---些細なきっかけをふいにする事なく、
戸惑いながらも手を伸べてくれたのは、やはり昴治の方であったのだ。
それが嬉しくて堪らずに、がむしゃらに求め始めた。当然驚いて及び腰になる昴治の逃げ
道を塞いで、感情にまかせ欲し続けた。
理由も解らぬまま、昂ぶった想いのままに近親としての一線を跨ぎ越したのは、ある種成
り行きだったといえるだろう---おそらく兄にとっては。
いまや互いの部屋で夜を過ごすことも当たり前にはなった。連日や早番の前夜でなければ、
そうそう誘いを拒まれることもないけれど。
目覚まし代わりにセットしたIDのアラームが鳴った。
前向きとは到底いえない物思いを振りきって、シャワーを浴びるためベッドから降り立っ
た時、視界の端に鈍色の小箱が引っかかった。
昨夜兄が持って帰ってきた卓上型ムービードライブ。
(普段使用してる設置型が不調だからさ。来週の定例班長総会で記録係の保険として置い
とくんだけど、しばらく使ってないから試しとこうと思って)
休日だったため先に部屋にいた祐希にそう言って、昴治はのんびりと微笑った。その手か
ら些か乱暴にカメラを取り上げて、兄を押し倒しながら、祐希はベッドのサイドテーブルに
放り投げるようにそれを置いたのだった。
(帰ってきて早々、こんなもんに熱中しやがるから邪魔してやったんだ)
ふと心付いて、不揃いの前髪の間から目を凝らす。
その少し盛り上がったカメラ部分の脇に、弱々しく点滅する小さな光があった。傍近くに
刻まれた---今は薄くかすれた文字は、「REC」。
(・・・そう言や、最初ずいぶんコレの事気にしてたな。「とめろ」とか「けせ」とか喚い
てた・・)
はたして---手に取ったドライブは起動していた。おそらくは昨夜、この場所でずっと。
形容し難い感慨に途方に暮れたのは、しかし一瞬の間のことだった。
(---さっきの角度じゃ「最中」は映らないか・・・けど)
ふいに沸き上がった悪戯心に口元を緩め、
(そこまで気の回るヤツじゃねえし)
胸中に独りごち録画を解除すると、祐希は迷わずデータディスクを取り出した。
いまの今までこれが動いているということは、行為の果てに眠ってしまった兄がそのまま
存在を失念していたのに違いない。
それでも事務室に赴けば、いかに昴治でも当然思い出すだろう。昨日の状況を思えば、慌
てて録画内容を確かめ消去したいと考えるはずだ。その時、開けたそこに目当てのディスク
が無かったら。
(焦るよな。いや、犯人は俺しかいないから流石に怒るか)
それでもいい、と今は思えた。
怒りでも怒声でもいい。それが祐希にだけ向けられる、祐希だけのものであるならば。
兄の関心を引く、自分以外の世界の全てを厭う聞き分けの無い子供が、祐希の内の奥深く
に今でも歴然と存在する事実。
そう---解ってはいるのに。
「ったく・・・園児並だぜ。ダセえ・・」
知らず洩れた声音は自分でも可笑しいほど小さく力無く、狭い兄の部屋に、響いて消えた。
「おや、お早いご出勤で。ああそうか。昴治、早朝会議だったっけね」
ヴァイタル・ガーダーの操縦室に入った途端、自問自答が得意技のチームリーダーに捕ま
った。
兄の親友を自負する、実に目端のきくこの男は、祐希と昴治の関係を正しく識る数少ない
理解者の一人でもあった。
いつもの無反応をかえって面白がってでもいるような満面の笑顔で、イクミは自席へと足
を速めた祐希にノコノコ付いて来る。
「何でワタシが人のスケジュールにそんなに詳しいか分かる?それはイクミくんがお兄ち
ゃんの」
「追っかけ≠セからかしらね。おはよ、祐希。昨日のエラーリスト、チェック上がって
るわよ」
さも楽しげな台詞に、さらりと受け答える声がした。その正体は振り返って見るまでもな
い。
コーヒーサーバーを手にしたカレンは、イクミに劣らない強力な笑みをもって同僚の男た
ちへと歩み寄った。
「ちょっと!「追っかけ」はないでしょ、カレンさんっ」
憤慨した様子で抗議を申し立てる操船課班長も、少しも取りあわず祐希にカップを差し出
すチームの紅一点も、全ては毎日ここで繰り広げられるただのコミュニケーションだ。
リストに目を通しながら、その呑気さに些か辟易とした。安定を好む兄などは、さぞこん
な情景を喜ぶのだろうけれど。
IDがコールの着信を告げた。表示された相手の名に無視を決めこむ事も出来ず、祐希は軽
く溜息を落とし応答したが、
「祐希!また朝ご飯抜いたでしょ。私のシフト時間じゃないからって、ゴマかせると思っ
たら大間違いよ。全部筒抜け!ホント自信家のくせに有名人の自覚はないんだからっ」
開口一番、幼馴染みの説教を食らう羽目になった。もっとも用件は知れていたから、抜か
りなく両手で耳を塞いでいたが。
「懲りないねえ、キミも」
カードを通してコックピットに響いたあおいの声に、今度は本当に愉快そうにイクミが、
そしてカレンが笑う。
この場所で、生死を賭け持てる能力を振り絞ったのは、ほんの二年前のことだというのに。
笑う暇など勿論、他者を思いやっている「暇」さえ無い、昏い海の底でもがくばかりだっ
た---あの頃。
(---いま、俺は笑いたいんだ)
そう言って、本当に穏やかに微笑んだのは兄だった。
絶望の中で祐希は確かに光を見た。けれどそれはまた新たな絶望の灯でもあった。
祐希にではない、他の誰かに向けられた光。
それでも「知らないほうがましだ」と、そんなふうに言い切ることさえ出来はしなかった。
触れる事が許されないのなら、せめて見つめていたいと---そう願った自分はただ滑稽だった
けれど。
羨んでばかりの、祐希の内の聞き分けのない子供が泣き声を上げるのは、決まってこんな
気分の時だった。
「祐希、どうかした?」
コーヒーカップを持ち上げる手を止めてカレンが首を傾げる。
祐希の想いが実の兄に注がれている事をとうに看破し、彼女は己の気持ちに詰め腹を切ら
せたのだと言う。祐希の目に映る限り、潔く剛い女だ。
しかし本当のところがどうであるかを祐希が識るはずはなく、また識ろうとするのは無礼
この上ない事だった。
「何でもない」
素っ気ない物言いに、しかしカレンは満足げに目を細める。
「女の子には愛想がイイのねえ、特定の」
やはり本気でない班長の不平は、不本意ながら大概の場合的を射ていた。今もまたその例
に洩れず、兄以外にはあまねく公平に容赦のない祐希をして、破格の扱いで接する例外がこ
の広い艦内で確かに二人だけ存在した。
片方はいまや姉弟のような情深い幼馴染み。そしてもう一方は、優雅に身を翻し隣り合う
コックピットに座した、まさに背中を任せるに足る美しい相棒。
やがてメンバーが揃いだし、イクミは指揮者席へと踵を返したが、
「何でもいいけど。あんまり不機嫌顔で帰るのは止めてよ」
肩越しに振り向いた顔には苦笑が浮かんでいた。
「お兄ちゃんがまた気に病むでしょ。ほら、昴治クンてばキミにぞっこんだから」
ひらひらと手だけをはためかせて遠去かる色男の背を睨めつけ、放り投げられたお為ごか
しに祐希はきつく眉根を寄せた。
(お前に---言われたくねえよ)
あの折、兄の光は全てイクミのものだった。腹が立つのは当人が何よりそれを承知してい
て、今も変わらず同じものにぬくぬくと守られていることだ。
「お前たち皆を止めたかったんだ」と後日昴治は言ったが、祐希は兄のそれだけを決して
信じはしなかった。
何故ならば。
兄の中には確固とした優先順位があり、イクミの地位は祐希のそれを脅かして憚らない。
昴治を---或いはその「器」だけを---手に入れて久しい、今となっても。
夜勤を終え自室に戻った時、IDに兄からのコールが着信した。
計ったようなタイミングからも用向きは知れていた。赤くなったり青くなったりしながら、
昴治は凶悪非情なディスク盗人を探しているのだ。
リフト艦での作業中に乗り込んでくればさっさとコトは片付いたろうに、私用で実習を邪
魔することなど、あの堅物の兄には到底考えもつかないに違いない。
仲違いを越えてから初めて昴治の呼びかけを放ったらかしにした。
端末にセットしたディスクを再生すると、最初に兄の部屋の一角が映し出された。二度ほ
ど短時間で停止と録画が繰り返され、三度目の録画で画面一杯に祐希が現れた。
カメラに向かって眉を顰めた自分には覚えがあった。帰ってきた途端、兄が別のものに感
け始めたのが気に入らなくて二言三言憎まれ口を叩いたのだ。カメラを手にしていた兄の表
情は映っていないが、「仕事なんだから仕方ないだろ」などと言いながら呆れた顔を見せて
いた。
そこまで思い出してやっと、この画像に音声が伴っていないことに気付く。この有様では
どうやら、来週の総会とやらでの活躍は望めそうもない。
画面では、我慢を放棄した祐希の無体が始まったところだった。
突然全面に影が覆い被さり、次いでキリモミ状態で墜落する時のような映像が続いた。数
秒おいて正常な角度に戻された情景は、右端に辛うじてベッドの足元が映るだけの無人の画
となった。
時折、置かれた場所が振動する為にか、ゆらゆらとした乱れを生じる他には変わりばえし
ない時間が続く。
(せめて声でも入ってりゃな・・・まあホントに聞かせるつもりもなかったから、別にこれで
構わねえか・・)
ほっとしたような、残念なような心持ちでその先をコマ送りしてみた。祐希より前に目を覚
ました兄が、どんな様子で出勤したかが気に掛かっていたからだ。
弟のワガママにうんざりして行ったか、或いは無理をさせすぎて調子を悪くさせはしなかっ
たろうか。
画面の下方向で動き出した茶色の影を合図に、即座に再生のボタンを押した。壁際にいた昴
治が祐希を起こさないよう、その上をそっと乗り越える様が繰り返される。
苦労してベッドを降りた兄は、足元の祐希によって脱ぎ散らかされた服を掻き集め、灯りが
つけられたままの部屋で何も身に着けていないのを恥じるように、慌てて---おそらくはバス
ルームへと---駈け出した。
ほどなく髪から滴を雫しつつ、昴治は大振りのバスタオルを身体にぐるぐると巻き付けた恰
好で戻ってきた。少々不服そうな表情で何か呟きながら、上掛けを持ち上げる。寝乱れて布団
をはだけていた祐希に被せる為だと察せられた。
一つ溜息をつき、再びその場を離れようとして、昴治は一瞬の躊躇の後そのまま屈み込んだ。
ちょうどカメラの真正面に向けられた、斜め前からの兄の顔。その不満顔は見る間に呆れ顔
に、そうして---唇がゆっくりと言葉を紡いだ。
ばかゆうき、と囁いたのが解った。言いながら昴治は、微笑った。
はにかむような、幸福そうな、柔らかく温かい微笑み。
誰に向けられたものであるかなど考えるまでもない事なのに、信じ難いものをみた想いで祐
希は息をのんだ。
それは何時か見た---光。他の者に向けられていた、けれどその時とは何かが歴然と違う、
祐希のためだけの淡く優しい光だった。
誰がいるはずもない画面の中、昴治は人目を憚るようにこっそりと左右を見渡した。それか
ら前へと身を乗り出しつつ姿勢を落とす。
ガバッと音がする勢いで身を起こした兄の顔は、たった今茹で上がったたこの様相。正反対
に真っ白なバスタオルに頬を埋め、立ち上がるが早いか身を翻してカメラの視界から外れてい
った。
「ばか兄貴・・」
知らず声を漏らした時、祐希の利き手の人差し指は、やはり無意識の内に自分の唇をなぞっ
ていた。朝っぱらから首まで真っ赤に染まった兄が、自分のそれでそっと触れたに違いない場
所を。
じっとしていられなくなって立ち上がる。
先刻無視を決めこんだコールからまだ20分と経ってはいなかった。
再生中のディスクもそのままに、IDと上着だけを手にとってドアを開けた---途端、
「っうわ・・・っ!」
聞き慣れた頓狂な声と共に、華奢な身体がドアのスライドするのに合わせて転がり込んでき
た。足元に広がった明るい色の髪を珍しく呆然と見下ろし、
「・・・何、やってんだ」
バツが悪そうにのそのそと起き上がる兄に手を伸べて、祐希は至って順当な問いを口にする。
昴治は弟の手に引き上げられながらも不満気に頬を膨らませた。
「お前が居留守使うからだろ。帰ってるかも、と思ってID呼んだのに。だから、しょうがな
いから戻るまで待ってようと---」
狭い個室である。祐希が室内へと促したと同時に、昴治の目が再生されたままの画像を捉え
たのは当然のことだった。
「ああっ!やっぱりお前が持ってってたんだな!何考えてんだよ、なに見てんだよーもうっ」
ばたばたと端末に駆け寄った兄が「EJECT」ボタンに伸ばした指を掴み止めた。そのまま背
後から細い身体を羽交い絞めにし、祐希は兄をソファ代わりのベッドまで引きずるように運ん
だ。
「離せってば、バカ祐希!返せよ、それっ」
夕べをなぞるようにシーツの上に押さえつけられた状態で、昴治は尚もディスクの所有権を
訴える。
「ちゃんと新品返してやるよ」
「そーゆー問題じゃないだろっ」
覆い被さる弟を押し退けようと、文字通りじたばたするばかりの兄を含み笑いのうちに抱き締めた。
本気で嫌がってなどいない身体は温もった毛布のように心地よく肌に馴染む。
「あんたが心配してるようなものは全然映ってねえよ。音声はいかれちまってるし」
揶揄うつもりで持ち出したものだが、もうそんな事はどうでも良くなっていた。
それよりも、今は触れていたい。ただ当たり前に声を聞いていたかった。
「じゃあ返せよ」
大人しくはなったものの、昴治は子供のように拗ねた声音で言って、頬にかかる祐希の長すぎる前
髪をやんわりと引いた。
「嫌だ」
即座に返した言葉に昴治はむっと眉を寄せる。
「何でだよ・・・やっぱ何か映って・・・」
「無いって。俺にとってしか意味のないもの以外はな」
「何だよ、それ」と、ひっくり返った声を上げる兄が可笑しくて、祐希は細い肩に顔を埋めて笑っ
た。
「兄貴」
「・・・なに」
少々不貞腐れたような声で、それでも答えてくれる兄がただ嬉しい。
「俺が---好きか?一番に?」
祐希にしてひどく珍しい、いっそ初めてかもしれないストレートな問い掛けだった。昴治にしても
意外に過ぎることだったのだろう、今のいままでの不機嫌も忘れたかのように、戸惑う仕草で弟の背
を両手でそっと抱き締める。
「何言ってんだ、決まってるだろ。一番も二番もあるわけ無・・・」
言いかけた昴治の声が、何かに心づいたようにピタリと止まった。
「じゃ、お前には有るっていうのか?だったら俺は何番目なんだよっ」
「ああっ?」
考えもしなかった論理展開に祐希が絶句する間に、
「まさかお前浮気して・・・っ!」
昴治は何時にない力をもって、弟の両肩に置いた手で伸し掛かる身体を突き飛ばした。突然の反撃
に動転したことも相まって、祐希は情けなくベッドから転がり落ちる。
「ゆ、祐希っ」
思わぬ効果に昴治は慌てて飛び起きた。見下ろしたベッド下では、落ちた拍子に打ったらしい肘を
さする弟の姿。
「・・・大丈夫、か」
おそるおそるの問いに答えたのは、押し殺した声音だった。
「本気で疑ったわけじゃ、ねえよな」
昴治は一瞬口篭もった。その間を咎めるように兄を見返し、身を起こすが早いか祐希はベッドに戻
りざま再び痩せた身体を両腕に閉じ込めた。
「だって、お前が・・・」
「あんたしか---いらねえのに」
直接耳の奥に吹き込むように囁いた。くすぐったげに身を竦めた昴治の耳朶が、火に炙られたよう
に真っ赤に染まった。
うん、と胸元で小さな声がして、兄の手が今度こそ強く祐希の背に回された。
「・・・俺も、だよ」
抱き込んだ顔を目にすることは叶わない。けれど今の昴治がどんな表情を浮かべているのかを祐希
は、もう不安のうちに思い煩うことはなかった。
おそらくは当の兄さえ気付いていない---腕の中に感じるままの温もりが、紛れも無い祐希だけの
「光」なのだ。
だから---もう独り夢に怯え、俯くことはない。
殻を抜け生まれ出たばかりの雛がそうするように、この世界でいま初めて呼吸する。
この身を照らす唯一の光の中で、深く。
<END>
久々のSSです。お察しの通り、某コナンくんのエンディングですね。歌詞がけっこう祐希っぽい
かしら・・・と。(モチロン私の書く祐希のコトですが(^_^;))