Eyes to me
月の宇宙港への着岸休暇に兄弟揃って帰省することは、昴治と祐希の間での予てから
の決め事だった。
弟の厳命により幼馴染みや親友には一言もなく、ふたりは昨夜の地球行きのエアバス
チケットを用意し---「薄情モノ!」との非難は当然祐希が引き受けた---無事それに乗り
込むことに成功したのだ。
そうして1年ぶりの、またぞろ急な出張に出ている母を欠く二人きりの我が家で、兄弟
は互いに求め合い、今夜もまた肌を合わせた。
二つに間仕切られた馴染んだ2階フロアの、唯一の窓のある昴治のテリトリーで。
恥ずかしげに雲の合間に隠れた、白い月を望むベッドの上で。
「・・・雨、降り出したんだな」
夏用の薄いカーテン越しに届く雨垂れの音に心付き、昴治はとうに慣れた気だるさを
おして僅かにベッドから身を起こした。
細いその肩を傍らから伸びた男の手が、そっと掴み止めた。
「どこ、行くんだよ」
不満も露な声で言って、祐希は捕まえた恋人の裸体を自身の胸に引き寄せる。
「どこにも行かないよ。ただ、雨が降ってるなって思って」
抱き込まれた腕の中、眠気を含んだ弟のぼやきに頬を緩め、昴治は枕元に位置する
古い勉強机に置いたままのデジタル時計に目をやった。
示された時刻は0:23。ふたりが帰宅してからは、既に日付が変わったことになる。
「だってほら。今日だろ、七夕。7月7日」
帰るなら、連絡しておいてくれれば笹竹を用意しておいたのに。地上のポートから初
めて母の携帯に電話を入れた折にも、最初に頂戴したのはそんな残念そうな溜息だっ
た。
「だから?」
兄の所謂他愛無い睦言に、祐希は明らかに呆れた口調を返した。
「だからさ。残念だったな、って」
昔は一緒に笹に飾り付けしたよな、とはだから言わずにおいた。昴治より数倍出来の
良いアタマを持つ祐希が忘れているとは勿論思いもしないが、空港で聞いた母の言に
さえうんざりとしていた弟だから、件の行事に自分と同じ温かな感慨を抱いているとは到
底思えなかったので。
「残念って、誰が」
どうでもよさそうに再び問う祐希の、兄の後ろ髪を弄る指が、昴治のうなじを辿り背中へ
と下りて行く。
「誰って、そりゃあ・・・」
織姫とか、と敢えて口にするのが何だか気恥ずかしくて言い逸る。
昴治にしても諸々のイベント事にさしたる興味があるわけでもない。ただ昨日の母の言
葉で七夕を思い出したばかりで、目が覚めた時たまたま雨が降っていて---だからふと、
「・・一年に一度しか逢えない、なんて・・・どんな気持ちだろう、って思ったんだよ」
たまに祐希がリフト艦にカンズメになる、そんなたった一日二日のことでさえ堪らない時
がある昴治だから。
「俺なら、きっともっと・・・ダメもとでも、何度でも逢いに行くかな、ってさ」
下らねえ---即座に断じられると思った言葉を以外にも祐希は発しなかった。それに力
を得て、まさにダメもとで問うてみた。
「お前は?お前なら、どうする?」
答えはさして期待していなかった。天邪鬼な弟に今更耳に優しい台詞を望んだわけで
もない。ただ単純に、祐希が七夕伝説なる悲恋モノをどう感じているかに興味があっただ
けだった。が、
「俺はそんな面倒なマネはしねえ」
耳元で弟は呟いた。
「最初っから、掻っ攫う。どんなことをしてもな」
口調は静かだった。けれど込められた言の強さに、昴治は心を掻き乱された。
抱きしめられていた腕から僅かに身を引いて、恋人の秀麗な貌を覗き込む。その、少しも
砕けたところのない真剣な眼差しに、昴治はいつも容易く縫い止められてしまうのだ。
「年一なんて冗談じゃねえ。ひと月も、一週間だって待たない。俺は---」
そう言い募る間に、背中を撫でる手は腰を過ぎ柔らかな谷間を渡り、その奥の---先刻
受け止めた祐希の熱情を未だ含んだままの蕾へと忍び寄った。
「一時も、離してなんかやらない・・・」
「っ・・・あ・・」
弟の戯れに気付いてみても最早手遅れ。最奥に突き立てられたしなやかな指は、そこ
に満ちた蜜を掻き出すように、熱い内壁をやんわりと刮げながらなお深く進入していく。
「は・・あぁ・・・ゆう、き・・」
もうダメ、と口に出し掛けた制止は、慣れた指の動きと覆い被さってきた弟の与える口
付けの甘さの前に、難なく効力を失くしてしまう。
「兄貴・・・」
鼓膜をも蕩かす溜息のような囁きに、昴治は堪らず祐希の背に悦楽の予感に震える両
の手で縋りついた。
昴治の内部を掻き回すのとは別のもう一方の手は、兄の胸の果実を爪先で啄ばみ、擽
るように引っ掻き、また執拗に捏ね回す。
うなじや肩先を往復する祐希の唇が、舌先が、どこもかしこも敏感になった身体を否応
もなく昂めていく。
充分に解されている入り口が、恋人の猛りを待ちわびて切なく疼いた。
「ゆ・・き、はやく・・・っ」
求めた声は欲情に掠れ、その作為のない艶めかしさにか祐希の喉がごくりと鳴った。
少し身を起こした祐希に両肢を抱え上げられ、昴治は期待に喘いだ。即座に貫かれ、
弟の重みと共に確かな存在が昴治の内を埋め尽くす。
「あ、ああっ・・・!」
愉悦にあられもない鳴き声を上げる兄を深く抱き込んで、
「何処にも・・・逃がさねえから、覚悟しろ」
荒い息を殺して祐希は言った。それがついさっきの問答の続きであることに気付くのに、
快楽を貪る昴治の思考は有に数瞬を要したものだ。
「・・・逃げたりなんか---っ」
抜き差しを繰り返され、激しく揺さぶられるせいで、嬌声に途切れる言葉を昴治は何度
も継いで懸命に祐希に答えた。
「俺は、逃げない・・・どこまで、も・・おまえと・・・あ、あぁ・・・はあ・・んっ!」
例えゲドゥルトの海に隔てられようと、ふたりは必ず互いを取り戻す為その身の全てを
賭けるだろう。この手を失くしては、もう生きていく術さえないのだから。
どれほどの罪を突きつけられても、誰に謗られても、決して一人で逃げたりはしない。
昴治は心中に改めて誓う。
始まりの、この場所で。
この雨に泣いているだろう哀しい想い人らの、果たされなかった逢瀬の夜に。
<END>