聖夜のお話


 昴治の熱い手のひらが、覆い被さる祐希の胸を押し戻した。
 布一枚とはいえシャツ越しにさえはっきりと分かるその熱の高さに、祐
希は当然の如く眉を寄せた。
 「・・・あつい」
 「だから、言ってるだろ。うつるから、近付くなって」
 ベッドの上、布団に埋もれて横たわる昴治にキスを拒まれた祐希は、
不機嫌さより困惑げな様子で唇を引き結び兄を見下ろしている。
 「大した風邪じゃない---って言ったじゃねえか」
 一晩ゆっくり寝てれば大丈夫だからさ、と。
 数時間前、今夜の約束をキャンセルする為にかけたコールで、昴治は
確かにそう言った。もちろん祐希に心配させない為の方便だった。
 だって折角のイブだし。
 例によって艦を挙げてのクリスマス・パーティーだって催されているし。
 こんな日にわざわざ風邪を引き込んだやつに付き合うことなんかない
だろうと思って。
 コホコホと零れる咳と引替えに、昴治は独白を胸中に飲み込んだ。
 もし祐希が同じように振舞ったとして、自分が今の弟の立場だとしたら
昴治はきっと腹を立てたろうと気付いたからだ。
 こんな夜だからこそ共に過ごしたいと願う相手が苦しい時に、どうして
自分ばかりが楽しんでいられるはずがあるだろう。
 だから---苦しい息の下、遅ればせながら素直に非を認めた。
 「・・・ごめん・・」
 昴治の逡巡を知ってか知らずか、ベッドの縁に腰掛けたままだった祐
希は軽い溜息を一つだけついて、
 「許してやる。かわりに---」
 再び兄の上へと身を屈めてきた。一旦は引っ込めた手を昴治は慌てて
持ち上げたが、当然間に合う筈もなく、熱に乾いた唇は易々と祐希に奪
われてしまった。
 「・・・っん・・・」
 見舞いの触れ合いというよりは、明らかな意趣返しを思わせる、強引で
濃厚な---甘やかに過ぎる、交わり。
 くちゅりと艶かしい音を残して、名残惜しげに不謹慎な唇が離れた後も
風邪とは異なる熱病に浮かされた昴治の鼓動は、呼吸もままならない
ほどの勢いで早鐘を打ち続けた。
 「・・・ころす気か・・・っ」
 潤んだ瞳で睨み上げても、効果は望めないと分かっていたけれど。
 「こっちの台詞だ」
 真摯な口調で切り返されて、昴治は声を失った。
 静か過ぎる眼差しで昴治を見つめる弟の、照れも揶揄いの色もない--
兄のすべてを見透しているかのような、深く剛い瞳。
 「俺に隠すな」
 咎めるように祐希は声を上げた。
 「全部みせろ。あんたの全部を」
 そのくせ昴治の頬を撫でる手のひらも、髪を梳く指先も---責める声音
さえもが、やさしく胸に響き渡る。
 「忘れるな。たとえ死んでも---あんたは、俺だけのものだ」
 縁起でもない、と洒落めかして笑おうとした。あまりにも芝居じみた「告
白」であったから。
 三度近付く唇を今度こそかわそうと頭では思った。本当に風邪をうつし
てしまいたくなかったから。
 けれど。
 「お前も、俺のか?・・・死んでも?」
 実際に口をついたのは自分で自分を疑いたくなるような、甘えた言葉。
 「決まってるだろ」
 滅多にない極上の微笑を浮かべた恋人の貌にとろんと蕩けた身体は、
かき抱く腕を拒む振りさえ出来ないまま、もたらされるはずの温もりを待
ち焦がれて奮えるばかり。
 「兄貴・・・」
 「あ・・・」
 耳朶を緩く噛まれただけで、堪らずに甘い喘ぎが零れた。
 聖夜の宵だから、なんて。
 特別な信仰を持ち合わせてもいないくせに奇跡ばかり願うなんて、昴
治にしても決して趣味ではないのだけれど。
 今夜ばかりは大目に見て貰えるかもしれない、なんて調子のいいことを
考えてみた。
 だって、何ていったって病人だし。
 もっとも祐希は憤慨するかもしれないけれど。この誓いを全うするのに、
他人の力なんかこれっぽっちも必要ないと。
 祐希に組み敷かれ、ベッドが微かに軋む音をたてた。
 それを合図に昴治の思考は、恋人の熱に巻き取られ蜜色の褥に囚わ
れていくのだ。
 自ら望んでおちた、至福の淵へと---ふたり・・・。





<end>


 今年最後の甘々でした。 やっぱりこれが私の基本ですvv楽しい〜♪
昴治が何やら乙女なのは、多分に熱のせいでしょう。作者の(^_^;)
ゴホゴホ
いやはや 何はともあれ、来年もよろしくお願いいたしますv 良いお年をv