きみのそばで会おう


 ニューイヤー・パーティーの余韻も覚めやらぬ、1月半ばのことだった。
 「明日の誘い断られた?お前が、和泉に?」
 自室の簡易キッチンで客であるイクミのためのコーヒーをいれる手を止めて、昴治が声を上げたのも無理はない。
 何故なら明日の1月17日は、そのイクミの愛しい恋人和泉こずえの、二人が改めて交際を始めてから迎える初めての誕生日なのだから。
 勤務上がりの通路で偶然行き会った流れのまま、少々強引にくっついてきたイクミは、昴治のベッドに腰を落ち着けてから、苦笑交じりにそんな我が身の不幸を打ち明けたのだった。

 「って言っても、一日遅れにしてってお願いされただけですけどね・・・大切な用事があるんだって。すごく大事な先約が」
 「うーん、まあ・・・なら仕方ない、のかな。でも以外だった。和泉はそういうとこ結構こだわる方かと思ってたから」
 「イベントとか記念日とかにって事だろ?いや、その通りですよ。だから俺が振られちゃったんでしょうね」
 芳香を纏ったカップを受け取って、イクミは笑みを深める。切なさを含んだ優しい貌に少しだけ安堵して、昴治は親友の隣に並んで座った。
 「お前と誕生日を過ごすより大切な先約・・・」
 昴治自身はそういった事柄に無頓着な性質であるし、幸い自分の想い人もあまり熱心な方ではない。
 けれど何週間も前からその日のための段取りに、あれやこれやと大層楽しげに頭を悩ませていたイクミを見ていただけに、何とも遣る瀬無い気持ちは否めなかった。

 そんな友人を慮るように、イクミは笑って昴治のカップに自分のそれをコツンと当てた。
 昴治は----唐突に、思い至る。
 「・・・あおい、か」

 イクミは肩を竦めた。
 「ね。敵わないでしょ」
 普段からイクミへの愛情を惜しげなく示すこずえが、その恋人に対する思いに匹敵するほどの気持ちを向ける相手----それが親友である蓬仙あおいの存在だった。
 「去年まで蓬仙センセの主催で友だち集めてパーティしてたっしょ。何ヶ月もかけて計画してさ」
 秋口の天王星での休暇の際に、イクミとこずえはようやく互いの想いを受け止めあう機会を得た。
 帰艦したこずえの幸福な報告を我が事のように喜んだあおいが、昴治の前で一度だけ、寂しそうに呟いた言葉を思い出す。
 ・・・今年のバースディは、出番ナシかあ・・・
 「「今年だけはあおいちゃんと過ごしたいの」なんてお願いされちゃ、駄目とは言えません。蓬仙が色々準備してたの知ってるし----こずえの気持ち、分かるしね」
 「和泉の気持ち?」
 首を傾げる昴治にイクミは笑いかけた。
 「俺がこずえと同じ立場だったら、やっぱり昴治と過ごしたいって思うから」
 普段遠巻きに彼を目で追う少女らであれば、嬌声の2、3回は上げたろう極上の微笑をもって。
 が、
 「何言ってんだ。俺はしてやらないぞ、そんなメンドクサイこと」
 昴治の返答はにべも無い。イクミはトホホと肩を落した。
 「もー冷たいなあ。今だけでも「そうか」とか言っといてくれてもいいのにぃ〜」
 「まさか」
 先程の親友に習い、昴治はイクミのカップに自分のそれを合わせる。
 「俺はお前には嘘をつかない。そう決めてるんだ」
 言い切ったと同時に----目前の端正な二枚目顔が、えもいわれぬバランスで緩んでいくのを見た。いつもは大人びたその貌が、ふいに酷く幼く思えて、昴治は慣れた仕草でイクミの髪を撫でた。
 「計画なんかしてやらないけど、リクエストは聞いてやるから」
 毎年のことだけどな----と、昴治は胸中に独りごちる。それでもイクミは嬉しそうに「うん」と言って、気持ち良さげに目を閉じていた。
 
 ささやかな、日常の1コマのこと。





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友情話その1です。ほんとにただそれだけのお話(^.^)