(4月15日)(彩花の部屋)
「……」
「どうしたの、優?」
「意外。てっきり泣いてるかと」
「…あいにく、仕事がいっぱいあるの。泣く暇なんかないわ」
「…いいや、泣いてる。仕事を言い訳にするくらいなら、辞めたらいいって昔、彩花が言ってたのよ?」
「…現実、そうも言ってられないでしょ?」
「その‘現実’っていうのも同じ。そういう言い訳は、‘あなた’が喋っているんじゃない。‘あなた’の言葉じゃない。…そう信者に教えたとか、エラそうな事、私に言ってたじゃない?」
「…参りました」
「結構」
「正直、泣いてはいないけど…また会いたくなっちゃったわね。あの子に…」
「…恵さんの事?」
「うん…」
「あの人は…ほんと、聖女って感じよね?なんであんなに怒らないんだろう?なんであんなに…人を許せるんだろう?」
「私…今でも思っているわ。恵こそが、母淫の教祖にふさわしいって。そう必死に説得したのを、今でもはっきり思い出すわ…」
「けど、その説得の結果…恵さんは母淫を辞めてしまった」
「…私が甘ったれだから」
「彩花…」
「私は、恵の事を…全身全霊をかけて理解しようとしたつもりよ。そして…結論を出した。
私は、恵のようにはなれないって。恵のように母性溢れる優しさなんて無くて、社会的向上や自分の利益を優先させてしまう…」
「けど、彩花はそこがいいって恵さん、言ってくれたんでしょ?」
「うん…。でも、私は間違ってる。恵という人の人間性を無理やり決めつけて、納得した上で接しようとした。それが、今考えても臆病だと…後悔してるわ」
「彩花は、漠然と自分に欠けてるものを見つけた時、ほんと臆病になるものね?どんな本を読んで勉強しても、体を鍛えても、考えても解りきらないもの…」
「人間なんて、相手の事が100%解らないのが当たり前だけど、行動とか思考のパターンは、裏づけをとっていけば割と容易に推測できる。私だってそんな解りやすい例えの一人。けど、恵は…」
「それで解りきらない存在が大き過ぎたわけね…」
「そう。特に‘母性’について…」
「恵が大切だって言ったやつか…。母性なんて、私達子供産んでないんだしさ…解んなくない?」
「別に、子供いるとかいないとか関係ないみたいよ?男か女かさえ関係ないみたい」
「…ほんと解んないわね。理屈で理解しなくとも、なんとなく感覚で理解できないの?」
「そりゃ…逢った時は、感覚である程度理解できるわよ。けど…理屈や言葉になっていないから、逢わないと段々忘れていってしまう。恵が言葉で全て教えてくれれば…私はどんなに勉強してでも理解する気なのに…」
「…逢ってきたら?そんなに言うなら。逢いにいったっていいんでしょ?」
「それはそうだけど…また同じ事になるだけじゃ…」
「数をこなすのも一つの手じゃない?効率は悪いけど」
「そう…ね…」
「いつ以来逢ってないの?」
「…全然」
「…いってらっしゃい。私が命令してあげる」
「優…」
「言っとくけど、私は目標に向かって迷いなく一直線な彩花は嫌いだから。迷ってる彩花が好きなの。…強いて言えばね」
「うふふっ…。きつい元カノだこと」
「‘元’なんだから当然でしょ?必要だったら…また恵と浮気してこい。レズの教祖なんて立場捨ててさ」
「でも…」
「責任感うんぬんなんて言葉は、‘あなた’の言葉じゃない。私は‘あなた’に貴女らしく生きて欲しいの。積み上げるばっかが人生じゃない。
積み上げたもの無視してまで、何かを探さなきゃ人生、大人になればなるほどつまらなくなるわ」
「…優らしい。あんたは逆に、ちょっとは積み上げなさいよ?探してばかりでなんもないじゃない?」
「うっ…うっさいわね!」
「その証拠に、盗み聞きされてるのすら、気がつかないし」
「えっ?」
「なははっ!ばーれーたーかー」
「昭和」
「ど…どの辺から聞いてた?」
「わすれた!」
「ていうか、なんか難しい話でよく解んなかった…。
お姉ちゃんと彩花って、ほんと小難しい話が好きだよね?」
「目指す所は違っても、お互い理屈っぽいとこは一緒だから」
「どうせ、面倒臭い人はさっきのセリフんとこ飛ばしてるだろうから問題なし」
「問題あるよ!ていうか、ざっくり言い過ぎ」
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