(12月19日)
「はぁ〜!あったまったぁ〜!」
「熱いよぉ…。体、真っ赤になっちゃったぁ…」
「10数えて出ちゃうなんて…ぷぷっ!」
「超バカにしてるでしょ〜!ぶ〜ぶ〜」
「はぁ…。ほんと、あんた達元気ね?おばあちゃん達とは別の意味で」
「そういえば、今日は貸切状態だね」
「男湯も誰もいないわよ。こんな夜遅くだもの」
「だからって、全裸になるなよ?」
「夜は人いないんだ…」
「お年寄りは、みんな早めに用事を済ませようとするの。病院が午前中混んでるのと一緒よ」
「何時くらいが一番混むの?」
「夕方ね。みんなワイワイしてるわ」
「おばあちゃん達って、みんな健康の話してるよね〜。今日、病院行ってきたとか」
「あと、ご近所の人の話ね。私、どこの子か聞かれて困っちゃった…」
「男湯って話違うの?」
「だいたい、競馬の話ね。あと野球と相撲」
「タバコやめろって医者に叱られた〜とか」
「うわ〜ありそう」
「由希さん達、ほんと貫禄があるよね。番台が似合う」
「あれさ…。気のせいかもしれないけど、有希は由希を‘ゆき’って呼ぶよね?」
「ええ」
「でも、由希が有希を呼ぶ時も‘ゆき’じゃない?‘あき’じゃなくて?」
「ああ、それ私も気になってた。どっちも‘ゆき’って読めちゃうし」
「よく解ったわね」
「それに気づいたら常連の仲間入りよ」
「よっしゃ!」
「なんで〜?」
「…本当の理由は、誰にも話した事ないの。常連さんに気づかれた時は、よく解んないって言ってる…」
「本当は嘘つきたくないんだけどね…」
「なんで話せないの?…まさか」
「そう。私達がレズだからよ」
「しかも双子でレズだったなんて言ったら、おじいちゃんおばあちゃんひっくり返っちゃうわ」
「聞きたいなぁ〜。私にならいいでしょ?」
「聞きた〜い!」
「優衣菜はそろそろ帰って寝なきゃダメ!」
「えぇっ!ひど〜い!」
「そうね…。お客さん来たら話途中で止めるけど、それでもいいなら」
「よし来た!」
「着替えながら聞くんならいいよね?髪もまだ乾かしてないし、体重計もまだ乗ってないし…」
「ガキが体重なんか気にすんな」
「むか〜しむかし、私達は今とは逆で、2人同じ格好で瓜二つにしてたの」
「ありゃま。今は超嫌がるのに」
「親がそうさせてたんだけど、実はもう一つ理由があって…」
「ほう。理由とな?ほら、優衣菜。髪乾かして」
「は〜い…」
「双子ってね?信じらんないかもしれないけど、自分の分身がもう1人いるようなものなの。話題も好きなものも、みんな一緒で…」
「好きになる人まで一緒で…って、漫画でよくあるよね?」
「じゃあ、私達は漫画を超えたわね。お互いを好きになっちゃったから」
「ドライヤーうるさくて聞こえな〜い」
「乾くまでやんなきゃだ〜め」
「でも、それは‘相手を好きになった’というより、‘自分を好きになった’の延長線上なの」
「オナニーの凄い版みたいなものね」
「身も蓋もねぇ…。確かに自分好きな子は私のクラスでもいるけど、双子の場合、その自分が存在してるようなもんなのか…」
「その時に、名前が違う事が別人だって思わせるから嫌だったの。だから、有希も‘ゆき’って呼べるから‘ゆき’って」
「確かに、お互いで同じ名前で呼び合う分には支障ないもんね」
「いつも手繋いでても、仲いいね〜とかしか言われないから、全然問題なく付き合えたの」
「四六時中エッチしてたわよね…。鏡みたいって思いながら」
「決定的な差って出なかったの?」
「出たけど、遊びに使ってたわね。‘なんで私のくせに、そんなに数学できるの!?’とか」
「完璧な一致を求めてたんじゃなくて、同じ過ぎる所を面白がってたわけだから」
「へぇ〜。漫画なら、ちょっとでも違うとおかしくなっちゃいそうな展開なのに…」
「優衣菜、ぶら下がり健康器やりながら聞きま〜す」
「ぶら下がって健康になれるなら苦労しないだろ」
「ま、そんなこんなで一昨年くらいまでは、瓜二つの恋人を続けてきたの」
「えっ?じゃあ、今みたいに差つける風になったのって…」
「割と最近よ?」
「なにがきっかけで?」
「喧嘩したのよ。初めて意見が割れちゃって」
「普段は意見が割れても妥協するんだけど、あの時は…ね」
「どんな喧嘩?…あ〜ん!手がちぎれるぅ!」
「この銭湯は祖父と祖母がずっと2人でやってたの。けど、祖父が亡くなって…」
「祖母だけでやるって話だったんだけど、父と母がマンションにしたいって…」
「確かに、この辺でマンションなら儲かるよね…。何もしなくても家賃収入で食べていけるし」
「…近頃のガキは。それで…もしかして意見が割れちゃったの?」
「違うわ。私達は2人で祖母を手伝って、しかも継ぐって言ったわ」
「おぉ!なんだ、立派じゃん?てっきり、片方銭湯片方マンションで揉めたのかと…」
「でも…それ言ったら祖母がマンション建てるって言っちゃったの」
「え…。どうして?」
「孫2人には将来もあるし、今も大事な時期。年寄り一人の道楽に付き合わせるわけにはいかない…って」
「立派なおばあちゃんだなぁ…」
「それで…私達の意見が初めて割れたの。私は銭湯継ぎたいって言って、由希はおばあちゃんの言う通りにしたいって…」
「確かにどっちも…。う〜ん…選べないね」
「無力感の中で、どんどん喧嘩が増えていって…顔も合わせなくなったわ。相手と同じが嫌でヘアスタイル変えて、服のセンスも変えて…」
「おぉ〜繋がってきた」
「で、結局は2人で銭湯やるから、おばあちゃんはお客として来てって言ったの。将来への不安とかも全部腹くくって」
「私達は、この銭湯のお客さんにほんと育てて貰ったから。自分の将来より、人への恩返しがしたいの」
「立派だぁ〜!」
「パチパチパチ!」
「まあ…実際の所は、彩花さまに相談して補助金頂いてるんだけどね…」
「ズルッ!」
「昭和。なぁんだ…そういうオチか」
「でも、おばあちゃんと約束したの。日本一の銭湯にするって」
「日本一?…全然、目指してる感じないんだけど」
「日本一にするなら、スパ銭にしたら?温泉掘って」
「それはもう銭湯じゃないわ。そりゃ、普通の感覚なら、
安い値段で温泉入れてサウナや岩盤浴もあるスパ銭に行っちゃうわよ。けど、そこと張り合う気はないわ」
「じゃあ何が日本一なの?」
「別に」
「別にかよ!」
「楽してんじゃね〜よ!」
「じゃあ聞くけど、日本一は誰が決めるの?」
「え?…えっと…ヤフーとか?」
「日本一っていうのは、数字で競って決めるもんでしょ?でも、数字に縛られていたら、今の世の中、疲れた人生ばかり送る事になるわ」
「ノルマとか成績って事か…」
「数字は解りやすい根拠だからね…。みんな信じちゃうよ」
「私達が目指してるのは、数字じゃなく心の日本一よ?別にサービスとかって形の日本一でもない。
ただ、当たり前のような日常の中で、毎日通って…なんのきなしに日本一かな?って思って貰えればいいなぁって」
「毎日そこにあるものが、何よりの日本一だと思うの。勿論、数字でも、雑誌が取り上げたわけでもないから…笑われるでしょうけど」
「深いなぁ…それ。確かに、ここに毎日通ったおじいちゃんおばあちゃんにとっては、そうなのかも…」
「色んな反応があるわ。おじいちゃんは特に。凄く否定する人もいれば、笑い飛ばして誉めてくれる人もいる。
君達がいるなら未来は安泰だって言ってくれる人もいる」
「みんな、数字と戦ってきたんだと思う…。日本をよくするために」
「なるほどなぁ…」
「不思議だなぁ…。施設だけだとスパ銭がいいのに、銭湯には別の来る意味がある気がするなぁ…」
「数字と戦う社会は、今も変わってないわ。だけどここは、そんな競争に入れない時代遅れな銭湯。でも、立ち止まったりするのにはいいと思うわ」
「走るのを止めるとか。競争するのを止めるとか。する意味ないかもしれないけど、
人は競争から逃れられないから…せめて、そんな社会の中で人生を振り返ってほしいなぁ…と。湯船の中で」
「…あんた達、ほんとに私と同い年か?」
「難しい〜」
「お年寄りと関わってると、色々解るのよ。振り返らず、今の歳まで駆け抜けちゃった人とか…」
「不器用な人が大勢いるわ。学ぶ所は多いわよ」
「振り返る…か。冷えちゃったし、もう一回入ろうかな…」
「なんか振り返るの?」
「昨日のおかずくらいしか振り返る事ないなぁ…」
「湿っぽい話してごめんなさいね?」
「まあ、人生いろいろよ」
「バカ双子に、人生について突きつけられるとは…」
「だから!双子って強調しないでよ!」
「ウザさも二倍」
「なによーっ!」
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