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【報告者】 武田かおり
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「ニッポンのODA50年を振り返って Part.1
〜賠償から輸出振興、資源確保のためのODA〜」
に参加しました。
これは、ODA改革ネットワークと協議会の
共催で、来年まで続く講座で、人気講師の神田さんのお話です。
今までも少し、ODAは勉強していて、「ODAは日本のために行われ
ている」「ODAは戦後賠償として始まった」とかは、知っていたつもり
だったのですが、ストーリーとして「だんだんと、ではなく、本当に
初めの思惑からそうだったんだ!」と愕然としました。
例えば・・・・
・日本で初めてODAを拠出したのは、賠償放棄したインドだったこと。
(つまり、賠償の代わりとしてODAを出している、というようにとれる)
・国会の答弁で「賠償という言葉を使っているが、実質は投資だ」と
吉田首相が発言していること。
(ODAは、賠償という名の下に、日本企業が東南アジアなどに進出
するのに、使われたということ)
・通産省や、経済企画庁の資料で、
「日本企業の海外進出に、賠償は有効な手段である」とまで書き、
国際的な批判も浴びたこと。などなど・・・・・・
また、政府間での賠償問題は終わっている、とされている。
しかし、その賠償の中身は?その内容は?
例えば、インドネシアでは一流ホテルや、百貨店の建設だったり
する。これって、賠償なの? 誰に対しての賠償なんだろう?
しかも、その賠償するのにも、「日本企業しか発注できない」という
いわゆる「ひもつき」が条件だったりする。
(賠償金として日本政府が、日本企業にお金を出すんだから、
日本企業としては、非常に安全な投資!)
賠償という名の下に、日本政府が日本企業の投資を支える。
今はODAという形で。
そうして、今の私の生活が成り立っている・・・・・・。
昔、初めての海外旅行のインドネシアで、その時に初めて、
日本製品があふれているのをみて、心の底から驚き、うれし
かった、新鮮な気持ちがなんだか複雑に思い出されました。
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