―――人間は、言う。 「我々は、我々の大切な者を守る為、我々の大切な者に害なす者を駆逐するのだ」と。 ―――獣は、言う。 「私は、私と私の子供を守る為、私と私の子供に襲いかかる者を噛み殺すのだ」と。 ―――魔族は、言う。 「俺は、俺の為、俺の為したいように為すのだ」と。 ならば、我はこう言おう。 「我は、我の誇りの為に汝らを倒さんとするのだ」と―――
昼なお暗いフィンリードの森に、幾人かの足音がする。 道無き道を歓談しながら進む彼らにとって、足元の小枝を踏む微かなその音は、BGMにすらならなかったに違いない。臆病な獣達への警告になった程度だ。 制服に鎧にメイド服、纏う物こそ違えど、その手に取られているのはお花摘み用のバスケットではなく武器であるのは揃って同じ。その種類は様々であったが、どれも我らの同胞【とも】を殺戮する道具に変わりは無かった。 6人の“侵入者”は、やがて立ち止まると、1つの石を頭上へと投げた。中空に浮かび、木の葉の間を通って差し込んで来る微かな日の光を浴びてキラリと光った石は、その一瞬で砕け散った。 ボスエンカウントストーン―――その地に住まう最強の魔物を呼び起こすその石が放たれるのは、ほんの数日前にも一度あった。その時は彼らの前へ飛び出さんとする自らの本能を抑えるのに必死だったものだ。 だがしかし、今日は違う。我は後ろに待機していた部下達に合図を送ると、草むらから身を躍らせて彼らの前に堂々と立ち塞がった。 「………………うっわー…」 あの顔を見よ! なんて莫迦げた顔であろうか! 驚き、唖然とし、動けなくなっている彼らは、貧弱なこの森に住まう雑魚共ではない。 我らの敵、魔王を倒そうとしているらしい愚かな者達、森を脅かす憎きモンスター―――光想学園の生徒達だ。 その彼らを、我は今、驚かせている! それもそのはず、一度の魔石の解放に耐えて部下達を集めて来たのだ。 我に忠誠を誓いし同胞、歴戦の勇者達が総勢17名。ホブの名を戴いた彼らと、この森の王、ゴブリンキングが揃えば、学園の生徒など恐れるには足らんのだ! 「今度はこれだけの部下を連れてきた―――今度こそ我の勝ちだ!」 ハーッハッハ、と高笑いをする。それを合図に、ホブゴブリン達が我を守るように前に立った。 辺りの空気が凍り付く―――そう、ボスとの戦いが今始まるのだ! ………始まるの、だ、が? 「さぁゴブ王よ、今度こそ覚悟するッス!」 「ま、負けるもんかっ!」 「……黒幕発見」 「自らの存在意義をもって全力でこい。俺はその更に上を行く!」 「いよいよ本命、よね。…覚悟しなさいよ!」 「き、きつねぱわー、ちゅう、にゅう!」 なんだ、こいつらは?! 確かに逃げ腰な奴もいるにはいるが…恐れないのか、我々を! この数を! 我の美貌を僅かに突き崩した彼らの余裕は、しかし次の瞬間に砕け散るはずだった。親愛なる部下達に総攻撃の合図を出す。雄叫びを上げて突き進むホブゴブリンの棍棒が、素早く隊列を整えた彼らの頭上へと振り下ろされた。 砕いた―――ニヤリと笑みを浮かべたその瞬間、戦士達は驚愕に顔を歪ませていた。 弓が撓る音と共に空気が切り裂かれ、勇敢なる戦士が蹈鞴を踏む。レイピアがキラリと閃き、緑の皮膚を切り裂いて行った。 我らが相手に与えたダメージはあまりに小さく、相手が我らに与えたダメージはあまりに大きい。3倍の数がいようとも怯まぬ人間共は、ヒラリヒラリと棍棒を避け、或いはその厚い装備により弾き返しながらホブゴブリンの群れに攻撃していく。 これでは駄目だ。そう直感した我は咄嗟に呪文を詠唱すると、一際重装備をした傭兵へと魔法を放った。アースロック―――大地がその加護を授けた魔物を助ける為に怒り、岩を飛ばす魔法。森で最も素晴らしき我は知っていたのだ。幾ら大量に鉄で出来た鎧を纏おうと、魔法の攻撃には脆いと。 が、それは正解であり間違いだった―――傭兵・グヴィンは、一睨みで岩の軌道を見切ると、あっさりとそれを叩き落としたのだ。小石がバラバラと鎧に当たり音を立てるが、然したる問題など無いに違いない。 どうする? 我がそう悩んでいる間にも、後列に立つ魔法士風の女が詠唱を始める。魔力の膜で対象を多い、ダメージを軽減させる白魔法、シールド。これが突き崩せず散っていった仲間は多い。 だが我々は違う! 選ばれし森の王者とその兵達が負けるはずは無いのだ! ………無い、はずなのだ… 「隙だらけッス!」 ホブゴブリンの攻撃をヒラリと避けた犬耳の忍者・メルが高らかに叫んだ。 鎧さえも貫く細剣レイピアが勇士に深々と突き刺さり、赤い鮮血が糸を引いて舞い上がる。ほぼ同時に駆け寄ったグヴィンが2回連続攻撃を叩き込み、止めを刺した。どぅ、と身に響く音と共に力尽きた戦士が地面に倒れ込む。 数で勝る分、戦力は拮抗しているように思えた。が、それも長期戦になれば話は別だ。こちらの部下達は度重なる攻撃に疲弊し始めている。が、向こうには回復アイテムという便利道具があるのだ。 「くっそ…でも、まだまだぁ…!」 膝を着きかけたメイド服の家事師…否、鍛冶師・ナギに向かい、メルよりポーションが放たれた。見る間に傷が癒されているが―――遅い。我は部下の1人に合図した。 その隙を狙って棍棒を振り上げた勇者。よし、これで1人仕留めた! ………そう思った刹那、彼の額には1本の弓矢が突き刺さっていた。 「えいっ! ………大丈夫だった?!」 ナギのすぐ後ろに控えていたアーチャー・エルスガルの一矢だった。ナギが頷いて立ち上がる頃には、額から矢を生やしたホブゴブリンは仰向けに倒れている。 くそう、何とちょこざいな…! 我は拳を握り締め、雷【いかづち】を呼び、闇を呼んだ。狙うは物理攻撃が全く当たらないローグ・ゆき。間の抜けたキツネ娘は確実に体力を奪われ、やがて力尽きる… 「うぅ、まだまだ、頑張る。頑張る! きつねぱわー、ぜんかーい!」 ………尽きないのか?! 動揺に手元を乱すことも無く、勇者が1人彼女の前に立った。盗賊上がりの一撃は微々たる物であることは先程から分かっている。今ならば、弱った今ならば仕留められる――― しかし棍棒が振り下ろされたその場に、ゆきはいなかった。 「……下手だ、ね」 それは回避マシーンの異名を取るローグよりも、もっと低く、冷たい声音。今の一瞬でゆきへヒーリングをかけた黒魔法士・クロティルデの呟きだった。 『絶対回避』―――どんな攻撃でさえも避けきるローグの動きを追えきれなかったホブゴブリンの頭に、他の者達の攻撃が立て続けに沈められて行く。 その間にもシールドは掛け続けられ、今やこちらのダメージなど無きに等しい。 メル、エルスガル、クロティルデ、グヴィン、ナギ、ゆき―――たった6人の人間に、我の愛しい部下達は次々に倒されて行った。 その間、僅か3分足らず。しかし我の記憶する限り、最も長い3分だった。 我は物心付いた時から、当然ながらこのフィンリードの森に暮らしていた。 父も母も典型的なゴブリンであり、群れの皆はそれなりに優しく、時に厳しく我を育ててくれた。群れのリーダーを張っていたホブゴブリンは常に寛容で、我々を包む森はいつでも我々に実りを分けてくれた。 ゴブリンなりに幸せだった―――彼らが来るまでは。 思えば、人間の住む街に近く、更にすぐ傍には光想学園という位置が悪かったのかもしれない。 確かに我々も、人間を襲うことはある。だがそれは、生きていく為であるはずだった。住み処を脅かす者は排除する、これは自然の摂理だ。 だが学園の生徒達は、我らを成長する為の恰好の餌食とし、襲いかかった。愚かしくもいずれ魔王を倒すという大仰な叶わぬ望みを抱き、武器を手に森へ踏み込んだ。 古くから我々の血の中に刻まれた掟の通り、森に住む魔物や妖精や昆虫や魔法生物―――人間達が「モンスター」と呼ぶ我々は、安全な暮らしを求め、狩人達へ立ち向かった。 だがその結果は―――見ての通りだ。 いつしか群れのゴブリン達はバラバラになり、我は1人きりだった。我は考えた。考えて考えて、いつしか学園の生徒達に復讐する術を探した。 元々素質があったのかもしれない。黒魔法を習得した時には涙が出るかと思った。人間の言葉を覚え、学園に潜入したりもした。その度に追われ、だが我は諦めなかった。 我はいつしか、ゴブリンキングと呼ばれるようになった。ゴブリンの王、森の英雄。周りには我を慕う多くの魔物達がいて、力を貸すと申し出た。 そして今度こそ、今度こそ学園の生徒達を倒し、目に物見せてくれる―――そう誓った。 その為に策を巡らし、戦士を集め、わざと自警団の目に付くように行動し、生徒達を呼び寄せた。 今その舞台は整い、戦いの火蓋は切って落とされた。我々はもう退けないのだ。戦わねばならない。 我らの誇りと、安息の為に。 そしてその戦いは、終幕を迎えようとしていた。 「…これで、残るはボスだけッスね」 最後の英雄にクリティカルヒットを叩き込み、崩れ落ちる緑の巨体を背後に、メルは言い放った。 そう、残ったのはもう我だけだ。彼らも疲弊し、回復が追いつかない部分はあれ、それでも倒れている者はいない。 完全なる敗北。しかしそれを目の前にして、今更退く気など毛頭無い。 せめて、たった1人でも、刺し違えたとしても―――倒さなくては。我は、この森の王だ。 「来い、我はこの森の王! 倒れ伏す最期まで、戦い抜く!」 いつか勝ってやる。その想いが、森に生きる者達の嘆きが、我をここまで突き動かしてきた。 呪文の詠唱を始める。母なる大地よ、もう一度力を。それを解き放たんとした正にその時、我は深い咆哮を聞いた。 狙うはグヴィン―――しかしその彼は、咆哮と共に大きく頭上へ跳ねた。岩の礫は獲物を追いきれず、その後ろにいたエルスガルへ襲いかかる。が、その場で意識のある全ての者の視線は、上空で吼える傭兵へと注がれていた。 その瞬間、強大な捕食者に狙われたちっぽけな兎の感覚が、全身を貫き―――同時に、痛みが襲った。 ギィィィン!!と連続して1つに聞こえる斬撃。それが5回起こったと分かったのは、それを放った者ぐらいであっただろう。 百獣の王を模した5回連続攻撃―――傭兵の間に『獣王連撃』という名で伝わるその技を食らい、我は膝を着いた。 為す術も無い、そう思った。到底敵わない相手だったのだ。視界が赤く霞み、誰が何処に攻撃しているのかすら分からなくなって来る。 最後に見えたのは、細い剣の輝き。最後に聞こえたのは、そう――― 「容赦しないッス!」 あまりにも真っ直ぐな、声音。 ああそうか、彼らにも、守る者があるのだ。 そして我は、暗黒へと沈んだ。 *------*------*------*------*------*------*------*------* 「………さま…ゴブリンキング様! 王様!」 その声に、我ははっと目を開けた。 緑の顔が、1、2…いっぱい見える。そう、数え切れないぐらいにだ。 我は一体どうした? ここは何処か? 人間が言う“あの世”とやらか? …とすると彼らは、先に逝った勇者達か。良かった、待っていてくれたのだな… 「王様、大丈夫ゴブか?! …ほら、この特製薬草セットを飲めば…」 「ぶふっっ!! き、貴様、何たることを! 苦っ! 何だコレは、滅茶苦茶苦っ!!」 「王様ぁぁっ!!」 ぺっぺっと無理矢理口の中に突っ込まれた薬草を吐き出しつつ、起き上がって辺りを見る。全身に痛みが走るが、動けないほどではない。草の香り、木の葉が擦れる音、周りには怪我を負った沢山のホブゴブリンと、もっと沢山のゴブリン達。 間違い無い、ここは我が故郷、フィンリードの森だ。だが一体どうしてだ? 我はやられたのではなかったのか…? 「王様、ゴブジで何よりゴブ。死んだと思ってみんな泣く準備をしてたでゴブ」 「我は…我々は、一体どうなったのだ?」 「あいつら、止めは刺さないで行ったゴブよ。何でも隠れてたチビゴブの話じゃ、倒れたオイラ達よりも、アイテムや尻尾の方が重要だったみたいゴブ」 「オイラが大事に仕舞っておいた斧、盗られたゴブー!!」 「王様が大切にしてた刀も、盗られたみたいゴブ…」 アイテム? 尻尾? どういうことだ、それは………確かに、2名ほど尻尾持ちがいたが。あれはそれほどまでに良い物なのか? 人間とはついぞ分からぬ。 我は自らの手を眺め、そして考えた。彼らは我らの命を取らなかった。部下の中には無念の死を遂げた者もいるようだが、我は生きている。 生かされたとは、思うまい。 「………ホブゴブリン、及びゴブリン達よ!」 「はっ!!」 「今回の戦い、確かに我々の負けだ! 奪われた物はかくも多く、奪い取った物はかくも少ない………が、我々はここで退いて良いだろうか! このまま駆逐されるのを待つだけで良いのだろうか!」 「そんなこと、赦されんゴブー!」 「そうゴブー! 今度こそ、あいつらを倒すゴブー!」 「ゴブリンの誇りの為にー!」 「森の民の安息の為にー!」 我は立ち上がった。傷口が傷もうと、確かに立ち上がった。我は何も奪われてはいない。我にはまだ、こんなにも仲間がいる。 諦めるものか。我は、王者だ。森を守る、王者だ。 「これからも、何度でも森に踏み込んでみるがいい、光想学園の生徒達よ! 我は森の王者! 誇り高きゴブリンキング! 我らの生活と誇りの為ならば、幾度でも汝らの相手をしてやろうぞ!」 大空に向かって吼えた我に、拍手と歓声が巻き起こる。彼らはまだ、我を王と認めてくれるのだ。我は何と良い仲間を持ったことだろう。 今に見ていろ、学園の生徒達よ。今度出会う時は、我々がお前達を倒す時だ。お前達が魔王を倒そうと、彼方に目を奪われている最中にも我々は準備をし続けてやる。 そしていつか、足元から突き崩してやるのだ―――その時こそ、我々の勝ちだ! 「………そうと決まれば準備だ、皆の者! まずは…街から増援が来てもいいように、この場から逃げるぞ!」 「へい、王様! 逃げるゴブ、逃げるゴブ〜♪」 「煩い、もっと静かに、機敏に歩け!」 「そう言っても王様、疲れたし、傷が痛いゴブー…」 「黙って進め! ………もたもたするな、置いていくぞ!!」 ―――その日が来るのは、もうちょっと後かもしれないゴブ… Fin... <<筆者より要らぬアトガキ>> 皆様、当「ゴブ王バスターズ」SSを読んで頂き、ありがとうございます。 今度はバトルのログを元に、ナギ=アルゼルPLが書いております。 SS執筆も2回目、チョロイだろうと思っていたら… プログラムによるバトルは台詞が無い→「音から入る主義」の私は非常に困る→つーかホブゴブ、多すぎやん!! …という悪夢により、時間がかかってしまいました。 おまけに、PTの話でなくゴブ王の話になってるし。 メンバーの方は本当にすみませんでした。自分達が大活躍する話を想像していたでしょうに… でもごめんなさい、こういう敵役、大好きなんです…っ(涙) 書き始めたら2日ぐらいで終わったのもいつも通りです、ハイ。 何はともあれ、コレにGOサインを出して下さったPLの皆様、ありがとうございました。 また縁があったら、PT組んでどっか行きましょう。今度は森以外の所へ(笑) そしてこんな作品を読んで下さったあなたも…次のターゲットは、あなたのPCかも? 何はともあれ、ナギPL飛鳥がお送りしましたっ。乱文失礼しましたっ!(礼) |