絶望―――

 それは人の持つ感情の中で、一番香しく、そして美味なる物の1つ。


 逆境に倒れ、望みを失った者の表情。
 泣き叫ぶことも忘れ、ただ開かれたまま虚空を見続ける眼。

 素晴らしい!

 その脆弱な身から沸き立つ声無き悲鳴が、
 私に力を与え、昂ぶらせ、そして更に深い欲望を生み出させる。


 ―――そう、欲望だ。
 生きとし生ける者、その生まれ持った望みを超えられる者などいるはずが無い。

 望むがいい、人間よ。
 貴様の願い、この私が何でも叶えてやろう。約束さえ守れば。
 金も、地位も、安泰も―――好きなモノを願うがいい。
 叶えてやろう、見せてやろう。

 貴様に―――最高の、
泡沫の夢を。








何せ、人が最も絶望するのは、

“もう取り戻せない”と知る時なのだから。



Rhythm Truth Chat Event「泡沫の夢」より  絶望の先の先

Written by Nagi Alzel PL Aska








「―――約束を破ったね、カローラ」

 月夜から降り注ぐ声は、それまで儚く光っていた月光さえかき消すような、闇に満ちたものだった。
 魔物退治の依頼を受け、その原因が依頼主の富豪の娘だと知り、彼女がシャボンの泡より生み出したバブルドラゴンを打ち倒した光想学園の生徒達が、一斉にそちらへと顔を上げる。
 聞き覚えの無い声―――しかしその響きと内容から、彼が招かれざる客であることは全員が察知出来た。

 そもそも自分達の知る友好的な人物の中に、背中から黒い翼を生やし、上空から皆を睥睨するような趣味を持つ者はいなかったのだから。

「何、あれー」

 弓士上がりの白魔法士・リア=キャリーがそちらを指差すが、返答出来る者はいない。御者、馬、蝙蝠と多彩な案が出されるが、どれも断定することなど出来ず、またそれは正解ではなかった。
 時折羽ばたきはするもののまるで重力を感じさせないその漆黒を纏った男の顔には、何の表情は無い。声音に含まれる僅かな哀しみと叱責するような響きは、ただ父の腕の中で男を見詰める少女に向けられている。
 唯一事情を知る彼女だけが、その意味を理解していた。

「お、お願い! 待ってバルン!」
「さあ、約束違反の罰だよ、カローラ…『泡沫の夢よ はじけとべ』」

 それは彼女にとって、死刑宣告と同等の力を持っていた。
 バルン、と呼ばれた黒い男が言った直後、バチンッ!と大きな音が一行の背後からした。
 まるでシャボン玉が弾けるのとそっくりだが、その規模が違う。もっと厚手の、気球ほどの大きさを割ればこんな音がするだろうか―――それほどまでの爆鳴に、必死に事情を飲み込もうとしていた生徒達が振り返る。
 そこに、ついさっきまで自分達が熟睡していたはずの屋敷は無かった。

「まさか…」
「屋敷が…!」

 白魔法士・アイリーン=シェダーと騎士・レスター=ラウリースも驚愕の色を隠せないが、彼らには仄かな予感があった。
 そう、彼らは先刻、少女がシャボン玉から魔物を生み出す場面をその眼で見ている。
 この屋敷も、同じ原理で作られた泡沫の幻であったなら。いたいけな少女に魔力を持ったシャボン液を渡し、村の人々を襲わせる元凶を作っていたのが、この闇の眷族だとするのなら。
 全て、辻褄は合う。

「……成る程、な。鈴達の違和感の理由は、コイツか」
「ああ、そのくらいお安い御用さ。それは私が君たちにわざわざヒントを出していたのさ…」

 東国から来たホワイトスミスを目指す白魔法士・式守巧の言葉に、男が肩を竦め、さも当然と言いたげに答える。

「簡単な話さ。この娘が、誰にもばれないようにシャボン玉を月の下で吹き続ければ、私がこの男を金持ちにしてやる。単純な約束だろう?
 たかが小娘、すぐにボロを出すかと思ったがなかなかに秘密を隠し通してくれてね。君たちのおかげでやっと約束を破ってくれた…
 おかげで、なかなか上質な絶望が味わえそうだ………くくくっ」
「何を言っているの…?」

 肩を揺らして笑う男を見上げ、黒魔法士・フィエナ=レデュークが微かに震えた声で問う。
 その答えの代わりに向けられた闇色の双眸は、若い魔法使いを通り越し、屋敷の主2人へと。魂が抜けたように何も無くなった屋敷跡、現在の更地を見て呆然とする彼らを確認すると、その口元が更に三日月形に持ち上げられた。
 一般人が見たならば、ぞわりと背筋に何かが這い上がるような錯覚を起こさせる、妖艶でいて残虐な笑み。しかしこの場には、それを恐怖と受け取り、逃げ出すような腰抜けはいない。
 仮にも、魔王と対抗する人物を育成しようという光想学園の生徒達なのだから。

「…つまり、あなたは人を絶望させて喜ぶ変態サディストってこと?」
「うわあ、それは最悪です…」
「…もしくは絶望を糧としているか。どっちにしろ最低ですけどね」

 んー、と少し考えてから、まるで何も考えていなさそうにブラックスミス・ナギ=アルゼルが言い放つ。その身も蓋も無い言い方に、リアとフィエナも同調して。
 巧は挑発的な笑みを浮かべ、レスターが彼と男の間に壁を作るように立ち、アイリーンがその背後から支援する隊列を取る。

「…この村にもう、魔物は出ない。何故ならその“発生源”はもう、あそこで立ち上がれないのだからね。
 君らの仕事は終わりさ。それでも………向かって来ると?」
「―――別にワイは否定はせんよ。この娘が、魔物の契約みたいな手を選んだ以上、ヘマをして相応の代償を得た、って話やろう?
 ……せやけど、や。また同じ事を繰り返すつもりやろう? なら、『人を護る』為にもお前を潰さん訳にはいかんさ。追い詰められた人間は、お前の誘惑に乗る事もあるやろうしな」

 皆の意見は、同じだった。
 引き抜かれた剣が、槍が、弓が、杖が構えられる微かな音が夜風に流される。
 見知らぬ敵を恐れず、かと言って無茶をしない強さを持った12の瞳―――
 それが絶望に揺らぐ瞬間を思い描き、悪魔は堪えきれない笑みと共に身震いした。






「………もう良いかな? 小さな勇者達よ」

 レスターの剣が閃き、癒しの光が闇を照らそうと、男は余裕めいた様子を消すことは無かった。
 先程のバブルドラゴン戦の影響は今は見当たらないが、このまま戦闘が長引けば、まず後衛の魔法使い達の精神力が尽きるだろう。回復能力を欠けば、力押しには少々物足りないパーティだ。
 それに何より、男の余裕には理由があった。一行が一通り攻撃を終えると、魔族は水平に手を伸ばす。
 丁度、崩れ落ちた家主とその娘の方へと。

「ええええっ?!」
「ちょっ、大丈夫ですかゴルドさん!」

 2人の体から青白い光が立ち昇り、男の体へと吸い込まれる。幽体離脱のようにも見えるがそうではない。
 たったそれだけで男の傷が見る間に癒え、逆に父娘の顔からは生気が無くなっていったのだから。
 絶望を吸い取る―――それを見た瞬間、ナギの脳裏に、先日授業中に隠し見ていた本の一文が過ぎった。

【妖魔バルン】:人間の絶望の感情を糧とする妖魔。仮初の幸せを与え、絶頂期に幸せを打ち砕き絶望を与えるのが手口。

「思い出したっ! かくかくしかじかでアレの正体はこうなのよ!」

 実に手短に述べられた説明に、一同がこれこれうまうまと頷く。
 正体が露見したことも気にせず、男―――妖魔は自らの中に滾る力に酔いしれていた。

「くくくっ…すばらしい、ここまで手間をかけたかいがあった…!」

 その言葉通り、生気を吸い取られた2人は眼に力が無く、立ち上がることさえ出来ない。命に別状は無さそうだが、長くその状態にしてはおけないと人間としての心が言った。
 何故こんなことになった? 騙された我々が悪いのか? 楽な道を選んだ所為で? ―――口元を見ていれば、声こそ無いがそう動かされているのは見えたであろう。
 とは言え、安全な場所へ動かすべきか、このまま戦闘を続けるべきか。迷い、焦っているのはリアだけではない。揃っていたはずのパーティが浮き足立つ。
 そんな中、1人の怒号にも似た叫びが響いた。

「―――その程度の絶望がどうした。仮初めの富、本質の負債を支払って、やっと出発点に立っただけやろう! 裸一貫から成り上がろうとした時の事を思い出さんかい!!」

 巧の苛立たしげな声に、一瞬だけ場が沈黙する。
 余裕の笑みを消さない妖魔、反応の無い娘―――だが小さく、確実に希望の光は灯ったのだ。
 ほんの僅かに反応した父と、戦うべき敵は揺らぎ無いことを知った若き勇者達という、光が。

「……と言う訳で、説得してみる。何処までやれるか分からんけどな? 戦闘のほうは、任せた」
「うん、わかった。そっちは任せるから頑張って」

 レスターだけではない。アイリーンもリアもフィエナもナギも、しっかりと頷いて全ての元凶へと向き直る。
 今自分達に出来ること。今自分達がしなければならないこと。
 そして、今自分達がしたいことは、同じだ。

「くくくくっ…無駄なことを」

 この嘲笑を浮かべる妖魔を、他者の絶望を糧とする醜き悪魔を、倒す。






 とは言え、妖魔の実力は、その能力に裏付けされているように高いものだった。
 それでなくとも説得役として白魔法が使える巧を欠いている今、男が放つやや季節の早い吹雪―――ブリザード・ストームが一行に容赦無く襲いかかる。シールドとヒーリングが無ければ、耐久力の低いナギ辺りは既に文字通り冷たくなっていたに違いない。
 その全体魔法に耐えながら弓を構えていたリアの眼が、ふと父の傍で呆ける泡沫の令嬢へと向けられた。彼女もまた、父と同じく絶望の水底に心を沈ませる被害者の1人だ。
 例え家主の心が戻ったとしても、彼女がいては妖魔を倒せない―――そう気付き、肩越しに仲間達を振り返る。

「皆ー、私説得しにいっていいですか?」

 元々声には自信がある。これでも吟遊詩人志望であり、今の白魔法士の位置はそこへ行き着くまでの過程でしかないのだ。音楽の授業はきちんと単位を取っている。
 攻撃役が1人減ることになるが、このままダメージを与えようと回復されてしまうなら、自分があちらへ回った方が良い―――敏速な動きを、制止する者はいなかった。

「このままじゃ手が出せないから行って」
「リアさん、お願いしますー…っ!」

 レスターとアイリーンの言葉にしっかりと頷くと、娘の傍らに膝を着く。
 その虚ろな瞳がリアに向けられることは無いが、それでも言葉を紡いだ。
 彼女の心に届くことを祈って。

「…カローラさんっ。そんながっかりしないで!
 あんなコウモリ男のやったことなんだからカローラさんは悪くないよ!しっかりして!」

 肩を掴みがくがくと揺すると、ピクリと少女の身が動いた。未だその焦点は合っていないが、それでもリアの方を向く。
 それは、確かに生まれた“希望”だった。

「くっ…愚かな…」

 その様子を見た妖魔が呪詛の如く呟き、それを阻止しようと翼を羽ばたかせる寸前。
 ゴォッ!と唸り声を上げて、フィエナの横の空間から沸き上がった火の玉が男を襲った。初級とは言え発動者の魔力が上乗せされたファイアボルトは、反射的にガードしようとした妖魔の腕を焦がし、そして夜闇へと消える。
 そしてその期を逃さず、レスターが剣を振りかざして突進してきた。バランスを崩し地上へ落ちかけていた男は、地面を蹴ってその剣を避けようとした。
 掠める切っ先、交錯する視線。黒い躰に僅かな傷を付けたのみで、レスターは一旦間合いを開け、相手の様子を見る。

「邪魔をするな…!」
「それは、こっちの台詞だ」

 騎士の冷静な声音に、妖魔はハッと背後を見た。余裕の笑みを無くし、悔しさに歯噛みまでした絶望の搾取者の顔が、今度は驚愕へと変わる。
 今まで自分が泡沫の夢を見せ、今や絶望の底へと叩き落としたはずの過去の富豪の傍らに、東方生まれの白魔法士が立っているのを見たから。

「今まで自分が築き上げたと思っていた物が全て幻想、と言うのは確かに堪えるでしょうけどね。私も商人志望の端くれです、多少は想像が付きます。
 ……でも、本当にそのまま絶望に堕ち続けるつもりなんですか? 貴方の横で罪悪感に飲まれている、自分の娘を見て下さい……子を導くべき存在、護るべき存在である父親が絶望を続けて、娘の未来まで泡の様に弾けさせるつもりですか!?
 紛れも無く、絶対的に何時までも貴方の自身の宝である娘まで失いたいのですか!?」

 礼儀作法の知識に裏付けされ、同時にそれ以上の力を持った声音が、何も無くなったはずの更地に響く。
 一瞬、全ての音が消えた。風の音さえも沈黙し、固唾を飲んでその2人を見ていた。
 だから、その場にいる全ての者が、“希望”の光が射す音を聞いた気がした。家主が僅かにその身を震わせ、巧の方を見上げたことで。

「ちっ、余計な事を…! 諦めろ、貴様らはやり直せなどしないっ!」

 阻止しようと槍を持って突撃したナギをひらりと避け、再び虚空に舞い上がった男が憎しみのこもった叫びと共に呪文を詠唱する。
 凍て付く風、その発生源は未だ立ち昇る絶望者からの淡い光。しかしそれは先程よりも光度を減らし、戦況が変わりつつあるのを知らしめていた。

「しっかりしてくださいカローラさん。あんなやつの言葉に耳を貸さないでっ。
 あのコウモリ男は、カローラさんとゴルドさんの絶望の気持ちを食らって回復しながら更に私たちを倒そうとしてるんです。攻撃してもどんどん回復されていくって、正直最悪ですよ。終わりが見えないですから…でも私たちは皆諦めたりしません。
 カローラさんはどうですか? このままあのコウモリ男の嫌らしいプランの上にいるだけですか? なんとか抗おうとする気があるなら、そんな目をしないで立ってくださいカローラさんっ!」

 早口で、しかししっかりと紡がれるリアの声が、水底を漂っていた少女の心を引き寄せる糸となる。
最大威力で放たれるファイアボルトの炎が、傷を癒すヒーリングの光が、その場で戦っているわけではない彼女の力となる。
 そう、糸を掴んだ娘は、見付けたのだ―――未だ消えていない、“希望”を。

「ええい、小癪な…」

 生気の宿った瞳にキッと睨まれ、妖魔は自分の補給源が脆弱なはずの人間共の手により1つ断たれたことを呪った。彼女から立ち昇る光は消え失せ、残る1人も心許ない。
 焦燥の中、長らく支配する術だけを思考することに長けた頭脳を必死に回転させる。人間であれば神の1つにでも祈るところだが、生憎魔王の名を口に出来るほど男は冷静でいなかった。
 出来ることと言えばただ1つ―――自分の家畜を奪うこいつらを、根絶やしにすることだけだ!

「そんな貧相な言葉で何が出来る! 娘を助けたからと言って、いい気になるな!」
「ゴルドさん、先程まで、娘さんの心は砕けて絶望の縁にあった、それは事実でしょう。
 ……娘さんは貴方を護ろうとして来ました。常に貴方を欺いてまでも―――罪悪感を覚えながらも、砕けそうな心を以って貴方を護ってきた。心の底では、きっと深く傷付きながら。だから彼女が絶望に囚われたのは、貴方が彼女の想いに今まで気付けなかった所為でも有る。
 けれど……だからこそ、もしその事に責任を感じるならば、今度は貴女が娘さんを護る為に、心をもう一度だけ打ち直して下さい!
 ―――あの子が先を生きる意志を見せたのに、アンタがそんな低落でどうするんだ!!」
「聞くな、ゴルド! 貴様には何も残っていやしない! 貴様がただ金を、力を、身勝手な幸福を願った結果がこれだ!
 赦されると思うな! 貴様は娘を売ったも同然、今後カローラは貴様を恨み、罵り、そして見限るだろう!
 貴様には二度と、幸福など、希望など訪れはしないのだ!!」

 巧の言葉を打ち消すように、妖魔は言葉を重ねる。一度は浮かび上がるかと思われた富豪の心は、その暗黒の呪詛により叩き沈められ、そして永遠に上がって来ないかのように見えた。

「そう、これが貴様の罰だ! 自分1人が幸福になろうとした罪だ! 救いの手など無い、貴様は………」

 闇の眷族がニヤリと口の端を持ち上げ、止めを刺そうとした瞬間だった。
 もう、勝てないのか? 救うことは出来ないのか? ―――そんな暗雲が一同の心に広がろうとした刹那の出来事だった。
“希望”はゆっくりと父の元へと歩むと、その身を抱き締めた。

「―――お父さん…」

 説得は、たった一言だった。それを『説得』とは言わないのかもしれない、だが漆黒の鎖を解き放つのは、彼女のその一言だけで充分だった。
 最初こそ驚いたように眼を見開いていた父の瞳に光が戻る。そして自分を救った者の顔を、ゆっくりと見上げた。
 そこでは、最愛の娘が、花が咲くような笑顔を浮かべていた。

「カローラ………そうだ、カローラの今までの辛い思いを考えれば…」
「お父さん、お父さんは何も悪くない。私が約束を破ったから…でも、それに潰されはしないよ? お父さんと一緒なら、私、ちゃんとごめんなさいって、言えるもの」
「そうだ…私もまだやりなおせる。財産より大事なカローラがいるからな。
 カローラ…お前さえ無事に生きて、幸せになってくれればいいんだ。それが私の願いで、“希望”なんだよ…」

 バチン―――何処かで、最後の泡が消える音がした。再び抱き締め合う父娘から立ち昇っていた淡い光が、完全に消え失せる。
 これで呪いは消えた―――泡沫の夢は弾け、厳しくも優しい現実が、目の前には広がっていたのだ。
“希望”という光を伴って。

「…くっ! なぜ絶望しない!? 貴様らはやり直せなどしない!! 諦めろ!!」
「あんたは人間ってのを分かってないのよ…!」
「五月蝿いのですよ! コウモリ男はだまれっ!」
「…まぁ、あれよ。生きてりゃ何とかならないことは無い、ってヤツ?」
「なんかやり直せないって言われてもそう思えないしな」
「―――絶望はした。それでも、絶望の後に新しい望みと夢を見つけた。それだけやろう? そして、それが人間や。覚えとれ、蝙蝠男?」

 憎々しげに唸った妖魔と父娘の間に入るように、フィエナが、リアが、ナギが、レスターが、そして巧が口々に言う。アイリーンは少々涙ぐんでいて言葉は無いが、気持ちは同じだ。
 倒せるのだ、これで。この憎き悪魔を。

「チィッ…ころころと気分を変える、愚かな虫ケラ共め!」

 回復能力さえ無くなってしまえば、妖魔1匹敵ではない。
 精神力が尽きた男に向かい、容赦無く矢が放たれ、ファイアボルトが飛び、剣が閃き、槍が刺さる。それでも執拗に攻撃を避け、隠し持っていた剣で応戦する相手に対し、癒しの光が辺りを照らした。
 それを遠くで見ながら、父と娘はしっかりと手を握り合う。不安などとうに無くなっていた。自分達の“希望”が、今、“絶望”を打ち砕こうとしている。
 その瞬間を2人で見届けたかった。
 そして徐々に蓄積されたダメージを回復することも出来ない妖魔に、聖なる神の加護―――ホーリーウェポンを受けたナギの槍が、深々と突き刺さる。

「くそっ…こんな、こんなはずでは…!!」

 実に俗世慣れした断末魔を残し、妖魔の体はだんだんと透明になっていき、最後に弾け飛び闇に消えた。
 かくて、絶望の搾取者はこの村から消え、“希望”の光―――昇ったばかりの朝日が6人と、それを見守る父娘を照らしていた。










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 彼らが魔王を倒すのは、数ヶ月後、数年後、或いは数十年後かもしれない。
 そこまで辿り着くまでに、数多の犠牲を払うかもしれない。
 けれど、彼らは決して諦めることは無いだろう。

 彼らにとって一時の絶望は、新たな希望の始まりなのだから。

 そう、遠足気分で楽しそうに学園へ帰る彼らの、物語は始まったばかり。


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「………でも、シャボン玉なんて久し振りだな」
「こんなモンで喜ぶなんて……ガキやな、君らは」
「巧さんだって割って遊んでるじゃないですか」
「フィエナー、そっち行ったー! 逃がすなー!」
「よーし、任せて…って、高くて届かない…っ!」
「…人のシャボン玉割るなんて、なんて皆………まぁ、いっか」

 その帰り道、すっかり魔力の消えた残りのシャボン玉液で、
 皆が年甲斐も無く子供のようにはしゃいでいたのは、また別の話―――



Fin...









<<筆者より要らぬアトガキ>>
 皆様、当「泡沫の夢」SSを読んで頂き、ありがとうございます。
 チャットイベントのログを元に、不祥私・ナギ=アルゼルPLが筆を執らせて頂きました。
 日頃別サイトやオフで小説を書いていたりするのですが…
 元があると楽しいもんですね!!
 PCさんやNPCさんがそれぞれ役割を伴ったキャラ立ちをしていて、非常に書きやすかったです。
 本当はもうちょっと別のシーンもあるイベントなのですが(特にYOBAI!)、
 都合上バトルのみに………気になる方はログをダウンロードして下さいませねっ!(笑)

 最後に、使用を許可して下さったPL様方、ありがとうございました。
 素敵なイベントを企画して下さったEM様にも、この場を借りてお礼申し上げます。
 そしてこんな作品を読んで下さったあなたも…何処かでお会いしたら、宜しくお願い致しますね?
 それでは、ナギPL飛鳥がお送りしましたっ。乱文失礼しましたっ!(礼)