| 【場所】 |
[愛媛県今治市通町3-1-3
0898(31)9233] |
| 【開館時間】 |
3月〜11月 9:00〜17:00 |
|
12月〜2月 9:00〜16:30 |
|
ただし、入城は閉門の30分前まで |
| 【入場料】 |
大人(16歳以上)¥300 |
小人(4〜15歳)
¥100 |
|
団体(30人以上) 各2割引 |
| 【休館日】 |
年末年始 |
| 【駐車場】
|
第1駐車場(40台):普通車、軽 1台¥200 (2時間程度) |
|
第2駐車場(4台) :観光バス
1台¥200 (1時間)以後30分毎に¥100 |
日本で一番大きいという入場券は、確かに大きいけれど・・・それで?・・という感じ。
今治城は、今治駅の東
約1キロ、今治港に近い市街地の中に残る平城で、別名吹揚城・美須賀城とも呼ばれていたそうです。
慶長5年(1600)、関ヶ原の戦功によって伊予半国を領することになった藤堂高虎が、家老の渡辺勘兵衛を奉行として慶長7年6月に着工、慶長9年(1604)9月に完成させ築城・開町後、「今張の浦」の名を今の「今治」と改めました。
櫓(やぐら)を城塁の隅に設け、その間を塀で結んだ実戦型の城で、三重にめぐらせた堀には海水を引き入れて北隅の水門で潮の干満によって水位の増減もできるという、当時としては類のない海岸平城だったといいます。
高虎が伊勢へ移った後は、養子の高吉(たかよし)が遺領のうち2万石を継いで居城したのですが、高吉も寛永12年伊賀(三重県)へ移り、かわって伊勢(三重県)長嶋から松平定房が3万石で入封しました。
定房は松山藩松平氏初代定行の弟で、以後、松平氏が10代伝えて明治維新に至ります。
幕末の石高は3万5千石でした。
城郭は1879〜72(明治4〜5)年頃までに取り壊され、遺存するのは内堀・石垣の(県史跡指定)のみで、現在の天守閣は、昭和55年に復元されたもので、各階には展示物が展示されています。
6階には展望台があり、今治平野・来島海峡・燧灘を一望できるようになっています。 |