<石見銀山>

さすが石見銀山、トンネルまで凝っていて、    代官所を模している

石見銀山 代官所
   ↑大森代官所跡
     (内部に石見銀山資料館がある)


石見銀山
     石見銀山 龍源寺間部入り口
 石見銀山は、16世紀の初頭(鎌倉時代)に発見され、江戸時代には徳川幕府直轄となり、幕府の財源として、徳川300年の栄華を支えたという名銀山で、17世紀初頭の最盛期には1万貫の銀を産出し、人口は20万人に達したといいます。
 また、掘り出された銀を温泉津港まで運ぶ道は、銀山街道と呼ばれ、街道筋も大いににぎわったということです。
幕府崩壊後は、藤田組(現同和鉱業梶jに引き継がれ、1923年(大正12)に閉山しました。
 石見銀山から出るヒ石からは殺鼠剤も製造され、毒薬にも使われたのだとそうです。

石見銀山資料館
【所 在 地】 [島根県太田市大森町]       TEL(08548)9-0846
【開館時間】 9:00〜17:00(12月〜2月は16:00まで)
【駐 車 場】 40台 (大森観光センター前)
【休 館 日】 12月29日〜1月4日
【入 館 料】

個人

団体 (20名以上)

大人 ¥500 小人 ¥300 大人 ¥400 小人 ¥200
【地  図】

位置図 ・ 近辺詳細図

 散策しながら注意して見ると、あちらこちらで間部の跡らしき小さな穴を見かけます。
「間部」というのは鉱山の掘り進められた坑道のことです。
 坑内観光できるこの龍源寺間部(左写真)は、代官所の直営だった「五か山」のうちのひとつで、大久保間部に次ぐ大坑道で、昭和44年、他の銀山遺跡13ヶ所とともに「石見銀山遺跡」として国の指定史跡(文化財)に指定されました。
公開されている坑道は、江戸時代に開発された間部156.7mと新坑道116.4mで、そのうち坑口から20mまでが国指定史跡の範囲となっており
江戸時代、ノミで掘った跡が当時のままの状態に残されています。

龍源寺間部観光
【所 在 地】 [島根県太田市大森町] TEL(08548)9-0347
【観覧時間】 9:00〜17:00(11月24日〜3月19日は16:00まで)
【休  日】 11月24日〜3月19日のみ第1・第3月曜
【駐 車 場】 龍源寺間部前駐車場  ¥300 (軽自動車)
               ¥ ? (普通自動車)
【観 覧 料】 大人  ¥400 小人  ¥?