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部活編

作者:ベル

 

 

 

 

「あ〜暇だな〜」

部活中だというのに、増田がふとそんなことを呟いた。

目の前の絵に集中していた僕は、半ば無意識的に言葉を返した。

「だったら絵でも描いてれば?」

「……。暇だな〜」

増田は僕の言葉をまるで聞いていなかったの如く聞き流した。

華麗にスルーされた僕は、それまで動かしていた筆を横に置き、

椅子を4つ程使って寝そべっている増田にこう言った。

「あのさぁ、仮にも部活中なんだから、少しはみんなを見習ったらどう? 

増田だけだよ? そんなにぐーたらしてるの」

「んあ? ぐーたらとは失礼な。これは体力の温存だ」

この中で一番体力がある奴が何を言うか。

しかも今日は体育すら無かったし。人はそれをぐーたらと言うんだよ。

呆れが入って溜め息を吐いた所で、

桐ヶ谷さんが困ったような顔をして、こちらに近づいてきてこう言った。

「倉崎先輩。

あの、このイーゼルの立て付けが悪くなってるんですけど、どうすれば良いですか?」

「イーゼルが?」

イーゼルとは絵を描く時にキャンバスを固定する物なのだが、

彼女の言った通り、その三脚部分が壊れかかっていた。

うーん、これは危ないな。

「じゃあ一旦準備室に置いてきて。後は先生に相談しておくから」

「あ、はい。分かりました」

そう返事してから、桐ヶ谷さんはイーゼルを準備室へと持って行った。

再び増田の方に向き直って見ると、相変わらずそいつは寝っ転がっていた。

「いつになったらやる気を出してくれるんだか……」

「いつでも全開」

そうは見えないんだって――

きゃああああああああああああああああ

「「っ!?」」

「なにっ? 今の悲鳴!?」

「小明っ!」

悲鳴を聞いて真っ先に飛び上がり、増田は桐ヶ谷さんの元へ急行した。

僕らも増田に続くような形で、準備室へと向かった。

「おい、どうした?」

準備室の入口付近で、桐ヶ谷さんが尻餅を着いていた。

見ると凄く青ざめた顔で、奥の方を指差している。

「どうしたの、小明ちゃん」

篠原さんが桐ヶ谷さんの近くにしゃがみ込み、優しい口調で問いかけた。

震え上がっている桐ヶ谷さんの口から出た答えは、

確かに悲鳴を上げたくなるようなものだった。

「お、奥に……。じ、Gが……」

「G? Gって、もしかしてゴキ――」

「言わないでくださいっ!」

増田の言葉は桐ヶ谷さんの大声によって遮られた。

どうやら余程嫌いなようである。桐ヶ谷さんの体は、小さく震えていた。

え〜G出ちゃったの?

「…………」

「まぁ学校なら出ない方が不自然だけど……」

「とにかく小明ちゃん。ここから離れましょ」

そう言いながら、女性陣はみなどんどんと準備室から遠ざかっていった。

まぁ嫌だよね。その気持ちは凄く分かる。

終いには準備室から一番離れた机に、5人は避難していた。

 

 

 

 

 

 

「いたか?」

「いや、こっちにはいないよ」

「うーん、こっちにもいないね」

準備室と美術室を隔てている扉を閉め切り、僕らはGを探していた。

本来だったら見たくもない存在だけど、駆除しないと怖くてたまらないらしく、

男である僕らが捜索、そして駆除することになった。

「ったく、G如きで大げさな」

「まぁまぁ。Gはしょうがないって」

増田は1つ溜め息を吐いて、目の前のダンボールを持ち上げた。

「……本当にいたのか?」

ダンボールを元の場所に置き直して、増田はそう呟いた。

増田の言う通り、どんなに探してもGどころか、虫一匹さえ出てこなかった。

もうだいぶ探したと思うんだけど……。

「いた?」

再び捜索を再開しようとした所で、西園寺さんが覗き込むような形で、様子を伺いに来た。

「いんや。見間違いだったんじゃねぇか?」

肩をすくめながら、西園寺さんに言葉を返す増田。

その言葉を聞いて安心したのか、西園寺さんはあまり躊躇せずに中に入ってきた。

「さ、西園寺さん。もしかしたらまだ――」

「大丈夫。警戒はしてる」

そう言って腰の辺りを示す。

西園寺さんの左手は、既に鞘を掴んでおり、いつでも抜刀出来るようにしていた。

「確かに、この部屋から奴の気配は感じられない」

「気配って……。お前何者だよ」

「大体分かる」

全くの真顔でそう言い切る西園寺さん。

ピリピリとした雰囲気からは、嘘を言っている感じではない。

都合良く女の勘だとでも解釈しておこう。

「んじゃやめやめ。もうこれ以上探したって見つかりゃしねぇだろ」

そう言って、準備室の扉に手を掛けて増田は美術室へと戻っていった、のだが。

「ダメですっ!」

「うおっ。お前、居たのかよ……」

扉をくぐろうとした所で、桐ヶ谷さんに阻まれていた。

彼女のその震えている腕は、隣に立っている柊さんの腕をがっしりと掴んでいる。

「まだいるかもしれないじゃないですかっ! 

これで出たらどう責任を取ってくれるんですかっ?」

声も同じく震えている桐ヶ谷さんの目には、涙が溜まっていた。

準備室を示しながら、増田が言葉を返す。

「責任って。お前なぁ、これ以上探すんだったら、この部屋ひっくり返すくらいしないと――」

「すれば良いじゃないですか」

「……は?」

割と素で聞き返した増田に対して、桐ヶ谷さんは叫ぶようにこう言い放った。

「掃除です! この部屋だけでも大掃除ですっ!」

かくして、季節外れの準備室オンリー大掃除が開始された。

 

 

 

 

 

 

「まずは、中にある物を外に出しましょう。なるべく大きな物から」

「一応聞くが、それは誰がやるんだ?」

「あなたです」

「俺だけかよ……」

溜め息を吐きながら、増田は準備室に入っていった。

僕とレイ君も増田に続いて、再び準備室に入る。

「僕らも手伝うって」

「サンキュ。んじゃレイ。そっち側持ってくれ」

「了解」

それから数十分掛けて、僕らは大体の物を美術室に運び出した。

 

 

 

 

 

「篠原さん、鈴本さん。これ、どうすれば良いかな?」

運び出していると、何だか分からない物までいっぱい出てきた。

大きなダンボールの中に、詰め込まれるようにして入っている。

僕は美術部古参の2人に、その物の処理を相談した。

「えーっとこれは……絵、かしら?」

ケホッケホッ……。ホコリが凄い……

埋め尽くされたダンボールの中には、いつ描かれたのか全く分からない絵が入っていた。

その中の1つを取って見てみても、もはや原型すら留めていない状況だった。

いつからあったんだか。

「流石にこれは捨てていいわ」

「分かった。ありがとう」

2人にお礼を言ってから、僕はそのダンボールを入口付近に持っていった。

後でまとめて捨てに行こう。

「おーい、篠原―鈴本―。これはどうすりゃいい?」

「えっと、それは――」

それからも、判断が付きにくい物については、

篠原さんと鈴本さんに相談しつつ、捨てる物は一箇所にまとめていった。

 

 

 

 

 

 

「? 何してるの、小明さん」

準備室から物を運び出している時、

僕は少し離れた机で何やら黙々と作業をしていた小明さんに気がついた。

手に持っていたダンボールを置き、小明さんに話しかける。

すると、彼女は作業する手を止めずに、こう返してきた。

「ちょっと仕切りを作ってるんです」

「仕切り?」

仕切りって、物と物の間に挟むあれのことだろうか? 

見ると、長方形に切られたダンボールがいくつも傍に置いてある。

「はい。これがあるだけで、凄くすっきりと物が片付けられるんですよ」

「へぇーなるほど」

手に持ったハサミで、せっせとダンボールを切っていく。

彼女の手際の良さに感心しつつ、

そんな彼女の姿を見ていたら、僕の顔は自然と笑みを浮かべていた。

「レーイ! どこ行った? ちょっと手伝ってくれ!」

「あ、うん! 今行く!」

増田君に言葉を返した後、僕は小明さんの方を向き直ってこう言った。

「頑張ってね」

「はい、ありがとうございます」

返事を聞いた僕は、その後すぐに増田君の所へと向かった。

 

 

 

                              

 

 

 

約一時間と少し経った時、

一時まとめておいたゴミゾーンは、それはそれは凄いことになってしまっていた。

「こんなにあったのか」

「まとめてみると、凄い量ね……」

結局、準備室の中にあった物はほとんどゴミ送りになった。

随分前から整理していなかったのか、使えない物や用途不明の物がたくさん出てきたのである。

「これどうしよっか」

「捨てるしかないだろうけど、大丈夫なのかな?」

中には粗大ゴミクラスの物もあったりして、僕らはしばらく頭を悩まされた。

しばらく考え込んでいると、増田が大量のゴミ袋を持ってきて、こう言い放った。

「もう捨てちまおうぜ。黙っときゃ分かんねぇって」

そう言いながら、小さい物から袋に入れていく増田。

そんな適当なことを言う増田に対して、僕らは慌てて止めに入った。

「いやいや駄目だって。中身でバレちゃうよ」

「そうだよ。こんな大きな物。どうやったって、見つかるって」

「ほう」

僕らの制止を聞いて、しばし手を止めた増田は、

一瞬間目を光らせて、悪い笑みを浮かべながらこう言った。

「なら小さくて原型を留めてなければ良いんだな?」

「……え?」

「ほれっ、綾、パス」

「っ!?」

増田は近くにあったゴミを一掴みして、それを西園寺さんの方に放り投げた。

色々なゴミが宙を少し舞った後、彼女はそれを全く意にも介さずに粉微塵に斬り刻んだ。

「……何をする」

「悪い悪い。見せた方が早いと思ってな。百聞は一見にしかずって言うだろ」

不機嫌そうに増田を睨む西園寺さんと、得意げに笑み浮かべる増田の間には、

まるでシュレッダーにかけられたかのような細切れのゴミがあった。

「な、これならバレないだろ?」

「確かにそうかもしれないけど……」

「ある意味バレそうですね」

増田の言う通り、表面積は減ってるし元がなんだったかさっぱり分からなくはなった。

だいぶ滅茶苦茶なやり方だけど……。

「そんじゃま、これは俺らに任せてもらうぜ。綾、それと美影も手伝ってくれ」

「……了解」

「ん。分かった」

呆れの溜め息を吐いた人が2名。困ったように力無く笑みを浮かべた人が4名。

そして不機嫌そうにそっぽを向いた人が1名。

その全てを、持ち前のズボラさで気にもしなかった増田は、宣言通りゴミの処理を始めた。

 

 

 

                           

 

 

 

「ふぅ……。これで、終わったかな?」

「うん。これだけやればしばらくは大丈夫でしょ」

「うわぁ〜綺麗〜」

物で埋め尽くされていた準備室は、

倉庫代わりに使っていたとはとても思えない程、さっぱりとした空間に様変わりした。

今となっては、大の字になって寝れる程のスペースがある。

「なんということでしょう。あの、見るも無残だった物置き場が、匠の手によって――」

「なに、馬鹿なこと言ってるのさ。それより、もうゴミ捨て終わったの?」

「おう、バッチリよ!」

親指を立てて満面の笑みを浮かべる増田。

そのやや後方には、ぐったりとした様子でうなだれた西園寺さんがいた。

「……疲れた」

「大丈夫? 綾。水持ってこようか?」

「いい……」

なんだか物凄い罪悪感にさいなまれた。

ごめん、西園寺さん。そしてお疲れ様。

「も、もう奴はいないですよね……?」

「いないよ。もう隠れる所の方が少ないし、掃除中も見かけなかったから」

レイ君がそう言うと、桐ヶ谷さんは恐る恐る中へと入ってきた。

しばらく部屋を見渡した後、安堵の息を吐く。

「はぁ……。死ぬかと思いました」

「そんな程度じゃ死なねぇよ」

増田が珍しく正論を言ったかと思ったら、

その言葉を聞いた桐ヶ谷さんは、増田に詰め寄って声を張り上げてまくしたてた。

「死にますよ! あれは生物兵器ですっ! 

私、もし奴が顔に止まったら、拒絶反応として体の全器官を止められる自信があります!」

「何の自信だよ……」

「私が死んだら、先輩責任取ってくれるんですかっ?」

「分かった。分かったから落ち着け」

いつもは人を困らせる増田だったが、今回ばかりは増田自身が困り果てていた。

桐ヶ谷さんを手で制しつつ、増田は自らの失言を詫びた。

「ま、それはそれとして」

増田の謝罪を聞いた桐ヶ谷さんは、すぐに気持ちを切り替えて、

何かを取り出しながら鈴本さんに話し掛けた。

「琴音先輩っ。これ、使ってもいいですか?」

? これはなに?

桐ヶ谷さんが取り出した物は、長方形に切られたダンボールと、簡易的な箱だった。

箱の方は、上半分が切り取られており、箱というよりトレイと言った方がいいだろう。

「あ、それ。さっき作ってたやつ?」

「はい。急いで作ったので作りは粗いですが、仕切りと荷物置き場ですっ」

「荷物置き場?」

僕がそう聞き返すと、

桐ヶ谷さんは掃除で空いたスペースに、その手作りトレイを綺麗に並べていった。

その数は8個。僕ら部員の人数とぴったり一致する数だった。

置き終わった桐ヶ谷さんは、僕らの方に向き直り説明を続けた。

「ここに各々の荷物を置いておくんです。そうすれば、誰のか一目瞭然じゃないですか」

「何より綺麗に見えます」

なるほど、そのための物か。

確かに、今まで僕らは荷物をそれぞれ好きな所に置いていた。

たとえば、誰も使ってない机の上とか。

増田に関しては、美術室に入った途端適当に投げていたこともあった。

「ただの物置き場にしてしまうと、またすぐに汚れてしまいますから。

用途を増やす意味合いでも、いかがでしょう?」

そう笑顔を浮かべながら、桐ヶ谷さんは僕らに促した。

断る道理が無かった僕らは、桐ヶ谷さんの提案に首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

「そういや、結局Gは小明の見間違いだったのかね?」

「いや、居たと思うよ。ほら、多分ここから逃げたんだと思う」

そう言ってレイ君が指差した所を見ると、少しばかり開いた小窓があった。

「なるほ」

小窓を完全に閉め切りながら増田も言葉を返す。

「なら、これで解決だな」

「ホッ……。もう出ないですよね?」

「そうとは言えない」

安堵する桐ヶ谷さんに対して、西園寺さんが辺りを見渡しながら言い切った。

「まだ気配は感じる。だからどこかに居る可能性が高い」

「だから気配ってどういうことだよ。たかが虫に気配なんてあるわけねぇだろ」

「? 感じないの? こう、ゾワゾワっとした、嫌な感じ」

「お前も分かるのかよ……」

増田は柊さんの方を見た後、額に手を当てた。

「え……綾、先輩。冗談ですよね? もう奴はいない、ですよね?」

「…………」

西園寺さんは何も言わずに、ただ視線をそらしただけだった。

その行動の意味を察した桐ヶ谷さんは、再び声を張り上げてこう言った。

「掃除ですっ!」

「え、でも掃除ならさっきしたばかり――」

「ローラー作戦です! あぶり出しです! こうなったらこの学校全部を掃除しましょう!」

「あのなぁ……」

続けて増田が言った言葉は、僕らの総意そのままの言葉だった。

「無理に決まってるだろ」

今度は僕ら全員、桐ヶ谷さんに賛同することはなかった。

 

 

 

 

 

 

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