休日編 作者:ベル
ある日の土曜日。 この日も夕飯の支度を始めようとした倉崎は、冷蔵庫を開けた時に一言声を漏らした。 「あれ、無い……」 その言葉の通り、冷蔵庫の中にはロクな食材が入っていなかった。 冷凍食品や惣菜はそれなりにあるものの、 野菜や卵といった、主要な食材達はほとんど切らしてしまっていた。 ただ食べるだけなら全く問題はないのだが、 一人暮らしをしている以上、自身の体調管理はしっかりとしなければならない。 冷蔵庫を閉めた倉崎は、外出着へと着替え始めた。
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買い物袋を持参して、倉崎は家の近くにあるスーパーに向かった。 もう日も暮れかかっている夕方頃だった。 丁度良いことに、向かったスーパーはこの時間帯に割引シールを貼ってくれる。 買い物カゴを引っさげた倉崎は、 シールが貼られた商品を中心に、手際良く必要な食材を入れていった。 (えっと、これと、これとこれ。後は……卵っと) 卵が積まれた棚に手を伸ばすと、不意に右側からも同時に手を伸ばされた。 偶然にもその人と同じパックを取ろうとしてしまい、 倉崎は慌てて手を引っ込めて、相手方に軽く謝りを入れた。 「あっ、すみません」 「あ、ごめんなさい。ありがとう……って、倉崎君?」 お見合いしてしまった相手は、これまた偶然にも、同じクラスの篠原裕子だった。 なんだかきまりが悪くなった二人は、お互いに笑い合った。 「ごめんね。はい、これ」 棚からもう一パック取り出し、篠原は倉崎に手渡した。 倉崎は言葉を返しながら、その卵を受け取った。 「ううん。ありがとう」 受け取った卵をカゴへと入れると、二人はいつも通りに、友人として話し始めた。 「こんな時間に奇遇だね。篠原さんも買い物?」 「うん。ちょっと野菜を切らしちゃってたから」 見ると彼女のカゴの中にも、何種類かの野菜が入っていた。 レジへと足を運びながら、会話を続ける。 「今日は、カレーかな?」 「あ、バレちゃった? 久しぶりに作ってみようかなぁって思ったの」 「へぇ」 言葉を返しながら、調理をしている彼女の姿を思い浮かべてみる。 穏やかな表情をしながら、カレーを煮込んでいる彼女の姿は、 倉崎の顔を綻ばせるのには十分過ぎる程だった。
それからもポツポツと言葉を交わしながら、二人はそれぞれの買い物を終えた。
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買い物が終わった後も、二人は肩を並べて歩いていた。 楽しく談笑しながら歩く二人の姿は、傍から見たら恋人同士に見えているだろう。 少し歩いた所で、篠原があるお店を示しながら倉崎に訊いてきた。 「ごめん、倉崎君。あそこのお米屋さん寄っていい?」 「うん、いいよ」 快く承諾する倉崎。 そうして二人は道沿いにあったお米屋さんへと入っていった。 「お願い。もう少しだけでいいから」 「勘弁してよ。こっちだって商売なんだからさ」 「そこを何とかならない?」 「ならないね」 店内に入っていくと、先客が店の人に値切り交渉をしていた。 困り果てる店員に、手を合わせながら頼みこむその人は、倉崎と篠原のよく知る人物だった。 「もしかして、美影ちゃん?」 「? あっ、裕子に順斗じゃない。これは奇遇ね」 「うん、本当に」 二人からしてみたら、本日二度目の奇遇なわけだが……。 偶然は重なるものなんだなぁ、と倉崎はさほど驚きもせずにそう感じていた。 なぜならこの町に限って言えば、そんなに言うほど偶然でもないのである。 この市村町は、それなりに発展した町ではある。 しかしそれは、駅前を中心とした一部の地域だけ。 その他ほとんどは、農地や自然溢れる山なり何なりが占めている。 だから店はある一地域に集中しているし、専門店ともなれば、町内には数える程しかなかった。 「ねぇ、あと一声で良いの。今月厳しくて」 「うーん、気持ちは分かるんだけどさぁ……」 美影は再度店員に価格を下げてくれるように頼んだ。 しかし店側も色々と厳しいらしく、 これ以上頼み込んでも値切ってくれる様子は見られなかった。 困った美影は、倉崎と篠原を一瞥した後、店員に向かってこう言った。 「じゃあこの子達の分、5キロずつ追加するからっ。お願いっ」 「ええっ? えっと、本当にそれで良いの?」 いきなり引き合いに出された二人に、店員さんが確認のために声を掛けた。 一瞬驚いた2人だったが、 元々買うつもりでもあったので、微笑を浮かべながら2人はこう返した。 「あー、はい。それで大丈夫です」 篠原の返事に同意するように、倉崎は頷いた。 その様子を見た店員さんは、電卓を取り出して少し見合った後、 頭を掻きながら、観念したようにこう言った。 「……分かった。じゃあこの値段でどう?」 美影に電卓を示す。 それを見た美影は、満面の笑みを浮かべて、店員に感謝した。 「ありがとう。今後もご贔屓にさせてもらうわ」 「毎度ありがとうございます」 その後清算が終えて、倉崎達はお米を貰った。
「2人ともありがとう。おかげで今月もなんとかなりそうだわ」 帰路に着いている時、美影がふと2人に礼を言った。 手には先程倉崎が購入した食材が入っている買い物袋を持っている。 「ううん。こっちも助かったから。気にしないで」 そう薄く笑みを浮かべて返す篠原。 米屋の店員さんは、ご厚意で篠原達の分まで割引してくれた。 手にはいくつかの食材が入ったレジ袋を2つ持っている。 「倉崎君、大丈夫? ごめんね、お米持ってもらっちゃって」 「うん? 大丈夫大丈夫。これくらいならお安い御用だよ」 お米を持ち直しながら、笑みを浮かべて篠原に返す。 両手には5キロのお米を2つ持っていた。 「でも本当に良かったの?」 「? 何が?」 説明が足りなかったかと、倉崎は補足を付け足した。 「お米だよ。店員さん、ちょっと泣きが入ってたと思うんだけど……」 清算中の店員さんを思い出しながら、そう言う。 一瞬しか見えなかったので、気のせいかもしれなかったが、 目尻に僅かながら涙が溜まっているように見えた。 「ええっ? 悪いことしちゃったかな?」 「やっぱり、キロ250円はやりすぎたかしら?」 「キロ250円っ!? それはちょっと、良心が……」 国産米100%と大きく書かれたパッケージを見て、罪悪感を覚えた倉崎だった。 (今度またお米を買う時は、あの店に行こう……。もちろん、値切り無しで) そう心に誓った所で、篠原が2人に一言声を掛けてから、とある住居の門に手を掛けた。 「ありがとう、倉崎君。美影ちゃん。私の家、ここだから」 「あ、ここだったの」 自分の家と先程行ったスーパーを結ぶ直線上にあったことに、倉崎は内心少し驚いていた。 やはりこの町はそれなりに狭い。 「それで、良かったらでいいんだけど。夕食どうかなって。今日と、いつものお礼に」 そう明るい笑顔を浮かべながら、彼女は2人に問いかけた。 倉崎と美影は、少し迷ったように間を空けてから、せっかくの厚意に甘えることにした。 「じゃあお邪魔させてもらおうかしら」 「うん。でも本当にいいの?」 「もちろん♪」 その言葉で安心した2人は、篠原宅に上がらせてもらった。
その後に振舞ってもらったカレーは本当に美味しくて、 モスラバーガーのメニューに加えさせてもらえるように、美影が交渉したことや、 うっかり部活中に倉崎が口を滑らせてしまい、 増田と小明に羨ましがられたのは、また違うお話。
続
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