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自分の会社も傾いた頃。 この時には、好きで買って金をかけていたMINIも資金繰りのため売ってしまっていた。ペット事業として全国版のニュースに出たり、RKKテレビの週間山崎君の取材があったり(←1日かけて撮影しといてボツだった(TT))、RKKラジオのミミーさんのなんかのコーナーにもペットの便利屋として出たこともある。日本発のペット事業を2つブチ上げた時は雑誌にも載った。でも会社は休業にした。儲からないんだもん。
私は資格を所持していることもあり、そのままゼネコン系列の不動産管理会社に入った。自由気ままな生活から、毎日同じことの繰り返しという私とって苦痛以外のなにものでもない生活が待っていた。 苦痛な生活ながらも、毎月同じ金額が通帳に入る生活も悪いものではなかった。 少し余裕が出てきて、私はまたMINIを買った。
MINIは私にとって生きがいになった。(PCもまたいじるようになってインターネットとかいう新しいパソコン通信みたいなのにも興味があった。その話はまたの機会に) 最後の貯金をはたいて、阿蘇にガレージ(ほったて小屋)を建てようと計画した。20代の内に自分の土地が欲しかった。 貯金をはたいて買ったその土地に債権回収の200万円で軽量鉄骨のガレージを建てた。仕事はローテーション制の24時間勤務だったので休みの日には、ガレージに通ってボロいMINIをいじっていた。
そんな作業の傍らにはラジオがあった。 山奥のガレージである。AMしか入らない。 私はいつも夕方に聞く可愛い声の女性が出る番組を好んで聞いていた。(数年後機会があってこの女性と初めて会った。結婚されて一般人になっていたが想像通り凄い美人であった) 夕方メインで聞いていたそのAM局は前から出ているがRKK熊本放送。 ある日家に帰ってから、局のホームページを見た。掲示板が荒れていた(後に閉鎖されてしまった)。 その時の私の書込みを見てとあるパーソナリティーの方がメールをくれた。「新しい番組をしています。よかったら聞いてくださいね。」短い文章だったけど、誠実な暖かさを感じるメールだ。 それから、数日後「小松士郎@のほほんラヂオ」を聞いた。メールをくれたそのやさしい方は小松さんだった。
サラリーマンをしながら既にホームページ制作の仕事をしていた私は、RKKのホームページに「のほラヂ」のホームページが無いことに気づいた。 「番組の応援ページ作っていいですか?」と聞いてみた。 ディレクターの久島さんから快諾を得られ、人と人との繋がりは広がって今のように、RKKラジオファンのホームページを開設させていただくようになった。
人の縁というものは不思議だ。 ついでに嫁さんも見つかるといいな。(うふ)
終
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