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この宇宙に正しさの基準となるべき絶対はない。だから「良い悪い」というのは、宇宙の限定された微小な空間的場所で、限定された微小な数の微小な主体によって、制限された微小な時間のなかで、膨大な仮定と、許容される少種の論理展開と、その論議における膨大な制約が課された場合(さらなる制限もあるだろう)にしか用いることはできない。だから、ここでは「好き嫌い」という尺度でだけ語るようにしたいと思う。これはある意味、絶対であり、間違っていることはない。と思う。これはあくまで、私個人と考えてるものの一貫性が、自分が思うような形で保証されていた場合の話だから。
| 素晴らしいこと | ![]() | 「素晴らしい」ということが、必ずしも素晴らしいことに結びつかない時もあるよ〜に思うのさ〜。 |