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日記 すき きらい

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1992 1995

失楽園ポリタンクの恐怖

1992年冬 某月某日 ポリタンクの恐怖

その日の夜、オレはストーブの灯油がなくなってきたので、ポリタンクを手に持って近くのガソリンスタンドへと行った。

行きは空だったため、楽々だったが、帰りは重たくてけっこう苦労した。しかし、オレはけっこう見栄っ張りだったから、楽々そうなフリをして帰っていた。誰も見てる人なんていなかったが、いっぱいになったポリタンクを軽々と持っているようなフリをしていた。

すると、病は気から…、いや違った、火もまた涼しの方だ。なんとなく、軽くなったような気がした。ためしに、引っかけていた小指をそっと外してみた。
 おお〜っ。4本の指でも持てるじゃないか。
 なんとなく、力持ちになったような気がして、とてもうれしかった。

そこで、今度は薬指を外してみた。
 おお〜っ。…以下略…。

いちど始めたらキリがないのは、プチプチと同じである。
 オレが気がついたときには、とうとう親指と人差し指の2本の指だけで、ポリタンクを持ち上げていた。
 オレの指はこんなにも力があるのか。そう思うと、なぜかうれしい。
 これなら、オリンピックも夢じゃないかもしれない。そんな風にも思えた。

ここで、やめておけば、オレは普通の人だった。
 しかし、というより、やはり、自らドツボのなかへと突進していった。

もしかしたら、これは、イケるかもしれない。
 そんな風に思えた。

できたら、とても気持ちいいかもしれない。
 そんな風にも思えた。

そこで、オレは2本の指に力をこめると、大きくポリタンクを振り回した。
 2本の指だけで支えられたポリタンクは、宙に弧を描いた。
 これなら、イケる。そんな理屈ではない思いが心に満ちた。
 あの重いポリタンクが、2本の指だけで宙に舞う姿はとても美しかった。

その弧が地上に近づいてきた瞬間。

グギッ。

親指の付け根で、いや〜な音が鳴り響き、そしてポリタンクは離れた所に飛んでいった。

オレは座り込んで、しばらく痛みに耐えていた。
 なぜか知らないが、笑いたくなってきた。
 くすくす。くすくす。うふふ。ははは。
 そんな感じで、笑いが唇からこぼれだしてきた。
 しかし、ここで笑っては、近所の人々に深夜の恐怖として語り継がれてしまう。そう思った。そして、なんとか笑いをこらえた。

右手を上にあげて親指を見ると、親指はなんかぶら〜と力が入らない状態だった。
 力を入れようとしても、ぴくりとも動かなかった。

ポリタンクの方は、なぜか無事だった。そこで、残った左手でポリタンクを持ち上がけると、哀愁にふけりながら家に帰った。

家に帰る頃には、親指の付け根は張れ上がっていた。
 オレはそれを水で冷し、なんかよくわからないから、とりあえず寝た。
 このよくわからないから、とりあえず寝るとゆ〜のは、オレの特技のうちの一つである。様々な苦難をこの技によってくぐり抜けてきた。ちなみに、ケンカした時も、よくこの手を使う。オレの頭はスポンジみたいで、一晩たつと嫌なことはたいてい忘れている。そのせいで、二度と口をきかないと言った翌日に話しかけて、ひんしゅくをかうこともあるが…。まあ、今は関係ない話だ。

今回は、この技は通用しなかった。
 朝起きても、なぜか親指は痛んだままだった。
 しかし、寝たおかげか、少しは動かせるようになっていた。
 どうしようか。ちょっと迷った。
 医者に行くべきか…。
 なぜこうなったのですか、そんな風にたずねる医者の姿が目の前に浮び上がった。

結局、オレは医者に行かなかった。

そして、親指はそれからなんと1年近くの間、痛んだままだったという。
 ポリタンク、恐るべし。

教訓 ポリタンクを2本の指で振りまわさない。笑けます。


管理人:神吉 秀典 E-mail:puer@ba.wakwak.com