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| 夏の夜の恐怖1 | ![]() | 夏の夜の恐怖2 | ![]() | 夏の夜の恐怖3 |
ついに決戦の時が来た。
しかし。その時を前にして、不気味なほど平穏な日々が過ぎていった。
ウチの部屋の前に、恐ろしい物体を残して去った怪物は、その後、いっこうに姿を現わさなかった。もはや、すべては終わったんだ。そんな気もしはじめていた。数週間が過ぎ去る頃には、窓を開けたまま寝ることさえあった。
そんなある週末、オレの部屋に友達がたずねてきた。夕方にやってきて、音楽の話で盛り上がった。そして、今夜は泊まっていくという。その時、ふとある予感が胸をよぎった。
オレは友達ににっこりと微笑みかけると、
「オレのふとんを使えば。洗濯したばっかりだし。」
そう言った。
「オレはもうちょっと起きてるし、反対側で寝るからさ〜。だいじょうぶ。たまには別の場所で寝るのも新鮮な気分がするからさ〜。」
と、さらに畳みかけるように言った。
オレの気迫に追されたのか、友達はオレのふとんで寝ることを承諾した。その間も、オレのなかで、ある予感がだんだんふくれあがっていった。それが間違いであってくれればいいんだけど。オレはそう期待した。
オレは子供の頃から、なぜか時々、未来のことがわかることがあった。それは夢を見るという形だったこともあるし、漠然とした予感のようなものだったこともある。
そのおかげで、スキーに行った時には、バスごと谷底に転落するのをまぬがれた。このときは、家族を足止めするために、わざわざ遠くの方のトイレまで小便をしにいった。
マージャンで、自分がいつどんな手で上がるかを宣言して、その通りに上がったこともあった。この時は、自分が上がった時の情景が白昼夢のように浮かびあがった。
中学の入試を受けたときも、試験が終わった瞬間に、自分が受かったことがわかった。それで、発表はまだ先だったが、両親にその日のうちに合格祝いをしてもらった。両親は、すごく自信に満ちた子供だと思ったことだろう。けど、実際は、単に知っていただけだった。
だから、子供の頃は、まわりの人もみんな多少は未来のことがわかるんだと思ってた。そうじゃないことに気付いたのは、小学校も高学年になってからだ。
しかし、そんな予知も、年をとるにつれてだんだんと少なくなっていった。高校生ぐらいになると、ほとんど漠然とした予感しか感じることはなかった。
そんなわけだったから、オレはその予感に確信めいたものを感じていた。友達を無理やり寝かそうとするとは、やはりこの予感は間違いないみたいだ。自分の能力を信じて、オレは反対側にある本棚にもたれて、ただひたすらその時を待った。
やがて友達はぐっすりと眠り込んだ。気持ち良さそうに寝ている友達を見ていると、オレの予感は間違いだったかもしれない。そうも思った。
時刻は3時をまわっていた。やっぱり、とりこし苦労だったのかもしれない。
そう思った瞬間だった。
窓の外で軽い音がした。その音は、断続的に続き、そして窓辺に…。
やつが現われた。
その瞬間、オレは飛び出して行きそうになった。
しかし、まだ早い。オレは自分にそう言いきかせると、やつが油断する時を待った。
やつは、部屋のなかを見わたした。オレは思わずヒヤリとした。しかし、街灯に照らされた外から、真っ暗な部屋をのぞきこんでいるせいか、それとも、自らの欲望によって目が閉ざされてしまっているのか、やつはオレに気づかなかった。
そして、やつは、ゆっくりと腕を伸ばし始めた。
オレは1か月ほど時をさかのぼって、自分が初めて触られてる瞬間を見てるかのような、そんな錯覚におそわれた。そのデジャビュは、あまり気持ちの良いものではなかった。しかし、オレはひたすらそれに堪え、そして時を待った。
やつの手のひらが、友達の頬をなでる頃には、やつは安心しきっていた。
いまこそ、攻撃の時は来たれり〜。
オレは、できるだけふとんから離れるルートをとって、やつに近づいた。ちょうど部屋の反対側をゆっくり音をたてないように進んでいった。少し進むたびに、やつの様子を確認した。友達が起きてしまえば、すべては無駄に終わる。今は、友達の鈍感さが頼りだった。
しかし、友達は起きることなく、オレはやつに手の届く距離に到達した。それでも、やつは気づいていないようだった。満足げな表情を浮かべながら、ひたすら頬をなでることに熱中していた。
そして、いきなりオレはやつの腕をつかんだ。やつは、ひいっ、という音にならない音をたてて、こちらに向きなおった。その顔は、驚きに満ちあふれていた。ふっふっふっ。これだ〜っ。この瞬間を待ち望んでいたんだ〜っ。オレは思わず、今の自分の有利な立場を堪能していた。もう逃がしはしない。この間からのツケはすべて、今日ここで払っていってもらおう。
オレは、できるかぎりのドスをきかせて、言った。
「おら〜。いったい何考えてんねん。ええかげんにさらせよ〜。」
やつの顔は歪み、全身に震えが走った。ふるふるふる。顔と身体と腕が、恐れを表現していた。いい気味だ。さて、どう答えるか楽しみなものだ。
やつの口が言葉を形作ろうとしていた。震えをなんとか押さえこむと、やつは言葉を発った。
「市谷の駅には、どう行けばいいんですか?」
その瞬間。この世界は終わった。終わってしまったのさ〜。
オレは多少は抵抗した。しかし、それは無駄な努力だった。
「な、な、な。」
言葉にならない言葉がオレの口からもれた。しかし、それ以上の言葉は浮んではこなかった。
やがて、世界はすべて一枚の平面へと収束していき、そして、それはこなごなになった。世界が終わってしまったせいで、時すら流れなくなったのだろう。オレの全身はぴくりとも動かなかった。
やがて、ふたたび世界が再構築された。
その後の世界では、すべてが空しかった。
もはや疲れを感じないほどの疲れのなかで、オレの身体はしみついた親切心に従って、やつに市谷への道順を教えていた。それはどこか遠い世界から聞こえてくるような気がした。それがオレ自身の声だとは信じられなかった。しかし、その声はオレの声で、しかも、それは市谷への道順をすでに3通りほども解説していた。オレは、どうしようもなく丁寧に、そして優しく、何度も何度も間違いのないように、道順をくりかえしていた。
はたして、オレにそれ以外のことができただろうか………。
やつは、ぺこりとおじぎをすると、
「ありがとうございます。」
そう言って去っていった。
オレは思わず、
「気をつけてくださいね。」
そう言ってしまっていた。うううううう。
なにかがおかしい。なにかが間違ってる。どーして。どーして。
ど〜〜〜〜〜してこ〜〜〜なるんだ〜〜〜〜〜〜っ。
心のなかでありったけの声でさけんでみたところで、あまりにも空しかった。
ふ〜〜〜〜〜っ。
長〜いため息をつくと、ふと横を見た。
寝ていたはずの友達は、起きてこちらをじっと見ていた。
もしオレに理性が少しでも残っていたら。何も言わずにそのまま寝てしまっただろう。しかし、あろうことか、オレは友達に事情を説明してしまったのだ。すべてを聞きおえた友達は、ぽつりと言った。
「オレを身代わりにするつもりで、ここに寝かせたんか。」
ぎくり。それを聞いて初めて、オレは自分のまぬけさに気がついた。
友達は、オレの返答を待っていた。
にっこり微笑みながら、オレの顔を見つめていた。
夜はかなり更けていて、オレはもうひたすら眠たかった。
しかし、長い夜になりそうだった。
教訓 友達を身代わりにしてはいけません。寝られなくなります。