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日記 すき きらい

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もっとナチュラルにそれを勇気と呼ぼう百円玉が拾えない

1978年某月某日 それを勇気と呼ぼう

しばらく前に、意識して歩くことを始めて以来、オレの歩き方は変になったさ〜。ふつうに歩いてても、つい意識してしまう。その結果、端から見たら、歩行が不自由なふうに見えていたらしい。

だが、それよりももっと困ったことがあった。
 その頃、歩行に興味を持ったせいで、心理学や生理学の本を何冊か読んだ。そのなかに、人間はそのまま歩くと必ずどちらかの方向に曲がっていく、ということが書いてあった。それを読んでから、オレは意識して気をつけるようになった。実験の結果、オレがどちらに曲がる傾向があったか。いまとなっては、覚えていない。けど、それを知ったことが大きな問題だったのさ〜。

それ以来、オレは無意識のうちに、自分の歩行の曲がり方を修正するようになった。これが適切な修正だったら良かったんだけど………。なんと、オレは自分が自然に曲がる方向の逆に曲がってしまうようになったのさ〜。
 ふ〜。人間ってなんて複雑な生物なんだろ。

さて、街を歩いてて、常に片方に曲がってしまうとしたら、いったい何が問題だろうか。鋭い貴方なら、もうお気付きのはずだ。そう、ドブの存在である。
 あらんことか、オレはこの頃、よくドブにはまっていた。自分の曲がり方を修正できないまま、ああ曲がっていくどうしよう、どうしよう。そう思っている間に、無情にもドブは目の前にあった。そして、いつもはまってしまうのさ〜。
 ただ、らっきぃなことに、学校の行き帰りのドブはたいてい空だった。それに、こういう異常な曲がり方がいつも起こるとは限らなかった。だから、濡れてしまうこともなかった。
 それに、いつも友達と一緒に帰っていた。それが幸いしていたのだろう。オレの不自然な状態を知っていた友達は、ドブを直前にしたオレを持ち上げて、方向を修正してくれていたのさ〜。ありがと〜。

この日の前日は、大雨だった。それが不幸の始まりだったのかもしれない。
 そして、友達はクラブで忙しかった。オレも同じようにクラブで過しても良かったけど、この日は用事があって、早く帰らなきゃならなかった。仕方なく、ひとりで帰った。

ひとりで帰ると、つい、いろんな事を考えてしまうものさ〜。この日も、曲がることは決して考えないように気をつけていた。けど、そう思えば思うほど、曲がるってことを考えてしまう。そして、やっぱりいつものように、歩行の曲がりが始まった。
 初めはあまり気にしないようにしていた。けど、ドブが目に入った瞬間、そういう訳にはいかなくなった。ドブの中は、水でいっぱいだった。しかも、なんか真っ黒で汚ない物体であふれていた。これは、………まずい。
 あわてたオレは、なんとか曲がりを修正しようとした。一歩、一歩、慎重に歩いた。ちゃんと曲がりを修正するために、歩く前に、足の筋肉の緊張の度合や足をおろすときの角度や方向を、しっかり計算しながら歩いた。けど、そうやって歩けば歩くほど、どんどんとドブが近づいてきた。なぜだ〜〜〜っ。

そして、ついに、オレはドブの直前にいた。あと、一歩。あと、一歩でドブにはまってしまう。いままでの長い経験から、オレにはそれがわかってたさ〜。そして、そこで動けなくなった。

どれほど長い時間が過ぎ去ったのだろう。そのあいだ、心のなかに、様々な思いが走馬灯のように駆け巡った。そして、頭脳はフル回転し、いかなる方向と角度と筋肉の緊張をもって足を踏み出せば、この窮地を逃がれられるかを計算していた。しかし、オレの心には、欠けてるものが1つあった。それは勇気だった。
 頭では、計算結果もわかっていた。だから、どっちに向かえばドブにはまらないかもわかってた。けど、次の一歩をどうしても踏み出すことができなかったのさ〜。
 そして、そのまま時が過ぎ去っていった。その間、数人の知りあいが通り過ぎていった。軽いあいさつをかわして、いっしょに帰ろうと誘ってくれた。けれど、いまオレがどういう状態におかれているか。それを説明する勇気はなかった。人を待ってるから…、そう言ってごまかしてしまった。そして、立ち去る知りあいの後ろ姿を、うらめしげに見つめていた。

あたりに誰をいなくなった頃。ついに心が決まった。
 そして、オレは、それまでのオレが考えもしなかったようなことをした。
 ドブに飛び込んだんだ。

もちろん。結果はひどいもんだったさ〜。汚い物体が下半身にべっとりとついた。
 けれど、心はなぜか清々しかった。

不思議なことに、この日以来、ドブにはまることはなくなった。

教訓 たまにはドブにはまってみるべし。心が洗われます。


管理人:神吉 秀典 E-mail:puer@ba.wakwak.com