華やかなスポットライトに涙が光る…「喝采」についてあれこれと
ウシオ@管理人 投稿日:2007年4月20日<金>23時55分
ここ最近、「喝采」について2〜3思った事があったので、ザーっと書いてみます。
先日開催の徳永英明のライブで「喝采」が披露されたそうです。 へー、と思ってネットで調べてみたら、実は数年前のライブでも歌っていたのだそうで、徳永英明って「喝采」、もしくはちあきさん好きなのかも、と思いました。 女性歌手のカバー曲だけで構成された『VOCALIST』、『VOCALIST
2』を発売してどちらもヒットしてましたが、噂では第3弾のレコーディングを開始したという情報もあるそうで、もしかしたら「喝采」もレコーディングしたりして。
カバーアルバムと言えば中森明菜もセルフカバーを含めてその企画は(企画「も」じゃなくて「は」ですが…)当たり続けていて、今度は演歌のカバーアルバムを出すそうです。公式サイトではその収録曲のリクエストを受け付けていてすでに話題になっているそうなので、今度もまた当たるんじゃないでしょうか。「喝采」をカバーして欲しいと言う声もあるようなんですが、「喝采」って演歌じゃないんですけど、と思う今日この頃です。 そういえば、中森明菜ってアイドル時代に何かの番組で「喝采」を歌ったんだと友人から聞いたことがあります。明菜にとっても「喝采」は好きな歌のひとつなのかも。
「喝采」と言えば、先日この掲示板でクミコが「喝采」をカバーしてアルバムに収録した頃が話題になりましたが、先日TBSの午後の情報番組で披露したそうです。番組を観た友人によると「シャンソンより歌詞が短めでも充分物語性がある昔の歌謡曲をリスペクトしている(←要約。番組観た方、合ってます?)」らしく、しかもかつてちあきさんの舞台『ソングデイズ』を観に行ったくらいのちあきさんファンでもあるクミコだけに、今後「喝采」を歌い続けていきそうな気配……。 (余談ですが、クミコと私って偶然同じ日に『ソングデイズ』を観てるんです。その日はマイクトラブルが発生して上演が一時ストップしたんですが、その事をクミコが自分のサイトに書いていて、それで分りました)
と、いろいろな人に愛されている「喝采」。ちあきさんファンの中でももちろん大事な曲だと思いますし、これからも何かの機会に話題に上るのかもしれません。 これからもちあきさんの「喝采」を大切に聴き続けていきたいです。
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Res:happoh 題名:3日に1回聴いてきて、34年7ヶ月 投稿日 : 2007年4月23日<月>11時06分
「喝采」の話になるとじっとしていられないhappohです。 私も、ビッグショー再放送の後、この曲についてちょっと考えたことがありましたので。(それにしても、76年放送の五木ひろしのビッグショーが電波に乗って、同じ頃のちあきさんのテープだけが3本とも見付からないなんて、納得しろというほうが無理ですよねえ・・・)
若いファンの方の声で、「正直なところ、『喝采』のどこがいいのか、よく判らない」というのをネットで目にすることがあります。確かに、全盛期と言ってもいいだろうテイチク期の歌唱に比べるとあっさり歌ってる感じで、技術的にも「これは凄い!」というようなところもない。彼らにとっては、コロッケに植え付けられたイメージを大きくひっくり返すほどのインパクトがないのかも知れませんね。
この歌、当時「ちあきさんの実話ではないか?」というのがまことしやかに囁かれたということは、若い方もご存知のことだと思います。事務所やレコード会社の戦略があったかも知れません。
でもそれ以上に、このドラマチックな歌詞を、泣き顔になることもなく淡々と、堂々と歌う当時のちあきさんの姿に、「これは・・・そうなんじゃないか?」と思わせるものがあったんです。淡々と歌う姿に、より一層、葬儀を終えてステージに戻って来たヒット歌手の覚悟や空しさを感じさせられた。 昨今、「歌のヒロインになりきる」「憑依する」「自意識を捨て、歌の世界を伝える」というちあきさんの能力が理解され、賞賛されているわけですが、そういう定説がなかったあの時期、まさにちあきさんのその能力が存分に発揮されて、あの大ヒットに繋がったんだと思っています。 勿論、歌詞・曲の素晴らしさが前提にあってのことですが。「喝采」というタイトル、もうこの歌にはこれ以上のものはないって思いませんか?
で、その感覚は「昔、ちあきなおみにこういうことが起こったのか?」というゴシップ的な部分が消えても、「この歌手は、まだ若いけど、相当の経験・苦労をして来ているに違いない。こりゃホンモノだ」という理解として残った。なんか、そんな印象があるんです。
藤田まさと、古賀政男の「ビッグショー」で見せる、ちあきさんのヒット歌手としてのキャリアに似合わぬ貫禄ある佇まい、そして当時は全くそれを不思議だと思ってなかった自分の感覚、そのギャップは何だったのかなあと考えているうち、こういうことに思い当たった次第です。
従って「喝采」は、やはり『映像と共に見ると、その凄さが際立って感じられる曲』ということになるのかも知れないですね。 「歌伝説」での「喝采」は、看病疲れからか、あまり声は出ていないように思ったのですが、ちあきさんのこの「声以外で歌う能力」が凄まじく表現されていた歌唱だったと思います。
いろいろな方がカバーされて来たし、今後ともいろいろな方がステージやアルバムで取り上げるんでしょう。そのこと自体は有難いことです。きっと彼らの中にも『幼い時期ながらも、なにか自分に沁みついた「喝采」』があるんでしょうね。
しかしながら・・・ちあきさんのあの時期の、聴く側が完全にその世界に引き込まれてしまうような歌唱を再現することは、なかなか難しいのではないでしょうか。
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Res:happoh 投稿日 : 2007年4月23日<月>12時07分
↑映像と共に「聴くと」でしょうね、この場合。 いつもながら、すみませんです。
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Res:ウシオ@管理人 題名:大物、ちあきなおみさん、さだめ川←S50紅白曲紹介 投稿日 : 2007年4月30日<月>14時17分
happohさん
>
ちあきさんのヒット歌手としてのキャリアに似合わぬ貫禄ある佇まい
私が物心ついた時には既にそういう感じだったちあきさんなので、デビュー当時に持っていたはずの初々しい雰囲気が想像つかなくもあり…。 そして『ビッグショー』でのあの様子が納得できるのは、私がリアルタイムでよく観たテイチク時代の雰囲気(ただし歌っている時だけ)がほぼそのままだったから違和感なく観つつ、でもやっぱり不思議でなりません。不思議というか笑っちゃうくらい当たり前のような感じというか(でもまだ20代なのに)。 happohさんの書き込みを参考に、また『ビッグショー』の様子を観直してみようかと思います。
さて、『歌伝説』や『誰ピカ』放送後、ネットでその観想を読んでみると、意外に多いのが
「『喝采』ってあんな内容の歌だったんですねえ」
というような内容のものなんです。 大部分はコロッケの物まねの印象が強くて歌詞をすべて知らなかったからという事らしいんですが、それとは別にヒットしていた当時を知っていた方が結構そう思っているみたいなんです。 私、それを読んで「そういうもんなのかなあ」と不思議に思っていました。
私はちあきさんの「喝采」をリアルタイムで聴いてはいなくて、その数年後、小学生の時に歌詞カードも残っていない裸のシングル盤で聴いていただけですが、歌声だけなのに「この歌詞はなんだか物語みたい」と子供のくせに感じていたからです。 歌詞だけでもそう感じるのに、ちあきさんの「あっれっはっ三年前っ」のところから盛り上がる部分の歌い方とメロディーがその思いに追い討ちをかけました。
私はhappohさんと逆で、むしろテイチク時代に歌い直した「喝采」の方があっさりとした印象なんですが、happohさんの書き込みを読んで「なるほど」と思いました。前述の「『喝采』ってあんな内容の歌だったんですねえ」と感想を書いていた方々は、もしかしたら、あまりにちあきさんと「喝采」の世界が一体化しすぎて、逆に歌詞が耳に残らなかったんじゃないでしょうか。
NHKの『愉快にオンステージ』で「喝采」を歌った時のちあきさんは、当時ちあきさんが旦那さんを看病している状況を知らなかった私にでも「ちあきさん、なんか疲れてる?」と感じさせましたが、薄笑みを浮かべるような表情で、「喝采」の主人公が過去を振り返るような余裕すら感じさせるあの姿は、ヒットしていた当時の「悲しみをこらえて私は歌っています」的な姿(当時の様子はビデオなどでその映像を観ただけですが…)と対照的だなあと、今改めて思います。
「喝采」というタイトルが、当初予定されていたという「幕が開く(歌詞の内容も違ったそうですが)」だったら、かなり印象が違っていたんでしょうか。 「喝采」というタイトルは『不動の4番打者』という気すらします。
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Res:瀬戸の凪 題名:喝采考 投稿日 :
2007年5月1日<火>10時18分
「喝采」、最初変わった題名だな、と思いました。歌の内容も、従来の歌謡曲のセオリーを打ち破るものでした。きらめく喝采の裏に秘められた恋の悲劇の運命をドラマチックに歌い上げる。作詞・吉田旺、作曲・中村泰士の2人が「喝采」の二文字に遭遇したのは、神の啓示だったかもしれない・・・。「喝采」は、三橋美智也の「古城」、谷村新冶の「群青」、長渕剛の「乾杯」と並び、漢字2文字歌謡の持つスケール観を有しています
(と、勝手に思う)。
リアル・タイムに「喝采」を聴いたとき、カミユの小説「異邦人」の舞台が目に浮かびました。要するに日本的ではない、と。白い陽光を浴びた南欧(ポルトガル的)の鄙びた田舎町、蔦の絡まる古びた教会、黒の喪服、暗い待合室、こぼす涙さえ忘れた・・・などの文句から映し出される乾燥した悲しみの場面は、日本人の持つジメジメしたウエットな情景とは違った。この時すでに、ちあきさんは南欧のファド音楽と繋がっていたと思います。
当時、コロッケやピーターが「喝采」の一場面を模写したのは、その異質に対する感動表現だったのでしょう。彼女の歌のイメージをカルチャライズ(=残像化)したかった。しかし、そのことで、「喝采」と言えば、コロッケの顔が先に浮かんでしまうというラグあるいは矮小化が生じた(笑)。無論、コロッケが悪いのではありません。それだけ、この歌がセンセーショナルだったということでしょう。
後年、美空ひばりは「悲しい酒」を歌うのがつらいと言っていたという。独りぼっちを哀しむ歌の内容がそのまま生き写しでわが身に迫るからです。ちあきさんの「喝采」も、おそらく後年は、彼女の心情と感応する面もあったでしょう。それが聴く者にとっても微妙に伝わってくる、ということは当然あったと思います。
最近は、彼女の後年の作品「紅い花」を聴くと、何となくほっとした気分になります。人生の喜怒哀楽の節々を潜り抜けた後の想い出、安らぎ、諦観、かすかな未来への生きる望みなどが、走馬灯のようにゆるゆると感じ取れるのです。木に年輪があるように、歌にも年輪が刻み込まれているのだな、と感じます。年代の違いによって、「喝采」の印象がそれぞれ多少違うのも面白いです。
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Res:happoh 題名:「喝采」「紅い花」と来れば・・・ 投稿日 : 2007年5月1日<火>12時00分
あくまで個人的にですが、その間に入るのはやはり「冬隣」。私が自室でゆっくりちあきさんを聴く時の「締め」の3曲です。後年、ちあきさんご本人の身に起こってしまったこととの符合性から、吉田旺さんは「申し訳なく感じる」と仰ったそうですが、やはりこの作品も、ちあきさんの名唱を引き出した傑作だと思います。
吉田旺さんが、草野心平が中原中也の死を悼んだ 「中原よ。/地球は冬で/暗くて寒い/ぢゃ。/さようなら」 に着想を得たことは間違いないと思うんですが、「喝采」で瀬戸の凪さんが言われる「乾いた悲しみ」を見事に表現したちあきさんなら、この作品世界を充分に現してくれるはずというような信頼感があったんだろうなあと思っています。「喝采」があったからこその作品、とまでは言いませんけど。 (佐藤春夫→武田鉄矢「贈る言葉」や石川啄木→谷村新司「昴」と同じようなパターンであり、こういう美しい成功例と比べると、槙原敬之の松本零士への物言いが悲しく感じられちゃうんですが・・・脱線しました。)
で、最後に「紅い花」を聴いてほっとした気持ちになるのは瀬戸の凪さんとまったく同様なんですが、「百花繚乱」にしても、この作品にしても、ちあきファンには「こんな名作なのになんで売れなかったんだ!」って気持ちがあるじゃないですか。これ、「喝采」(&「冬隣」)をよく知っているからこそ、余計にそう感じるんじゃないかなあという気がするんです。
瀬戸の凪さんが挙げられたような「紅い花」の魅力は、聴く側の意識の底で、同じ歌手が過去に歌った「喝采」の悲しみと合わさることによって、その魅力が何倍にも膨れ上がるというか。・・・いや、「喝采」と重ね合わせて聴くということじゃなくて、「喝采」で表現された悲しみの理解が身に付いているというような意味なんですが・・・これって「喝采」フリークの私だけのことなんでしょうか?(笑)
「喝采」のヒットが大き過ぎて、その後のちあきさんがこの作品の影に苦しんだ・・・というような記述はよく見かけますし、確かに当たっているところもあるんでしょうねえ。でも私個人としては、「喝采」で受けた感銘がベースにあるからこそ、その後のちあきさんの作品をより楽しむことが出来た(る)ような気がしておりまして。
・・・いや、寧ろこういう感覚が、「『喝采』は彼女にとって不幸な曲だった」という論点にされちゃうのかなあ・・・私って、ちあきさんにとって困ったファンなんだろうか?(笑)
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Res:happoh 題名:追伸 投稿日 : 2007年5月1日<火>16時44分
その1)毎度のことで恥かしいんですが、ありゃりゃ、引用した草野心平の詩の3節めは「寒くて暗い」ですね。わざと間違えてるわけじゃないんですけど、私、いつもこうだなあ(笑)。
その2)「贈る言葉」について、「(人は悲しみが・・・の部分は)太宰治を参考にしたんじゃなかったでしょうか」「(暮れなずむ町云々というのは)室生犀星だったような気が」という2通のメールを頂戴しました。あ〜、そうだったような気もします。明確な根拠は、私も忘れてしまってまして。
1)2)共々、中途半端な記憶で書いてしまって申し訳ありません。 『盗作ではなく、先人の作品を参考にしつつ、それを昇華して時代にあった新たな作品を産み出すという行為を賞賛したかった』という主旨だけご理解戴きますよう。m(_
_;)m
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Res:瀬戸の凪 題名:異存はまったく 投稿日 :
2007年5月2日<水>17時49分
前にも確か、happohさんは「冬隣」を熱く語っておられましたが、余程この歌がお気に入りなんですね。私としても、「喝采」「紅い花」の間に「冬隣」を入れることには、全く異存はありません。大賛成です。 ところで、俳優の美木良介さんもご自分のプログの中で、ちあきさんの「冬隣」を熱く熱く語っておられます。happohさんと同一人物かなと思えるほどですよ(笑)
それにしても、ちあきなおみアルバムに、もし吉田旺の存在なかりせば、と言う気持ちになりますね。お二人の関係は、単に仕事仲間を通り越え、幼きより互いを知り尽くした兄と妹のような肉親の情交さえ感じさせます。デビュー曲「雨に濡れた慕情」から「喝采」「紅とんぼ」「冬隣」「紅い花」の歌詞の思い入れは尋常ではありません。しかも、悲しみも含めた感情の度合いも、私的に埋没するのではなくて、広く深い普遍性を有していますね。これは、本当にすごいと思います。
吉田旺と草野心平、中原中也つながりの話をされましたが、感受性において共通するものを感じます。中也の「汚れちまった悲しみに 今日も小雪が降りかかる・・・」ではないですが、せつない中にも、何となくすねた子供のような無邪気な明るさが潜んでおり、それが明日に生きる救いとなるような・・・、そんな希望的な感じもいたします。
前に言いましたが、歌謡曲は作詞家、作曲家、歌手の共同作業です。ある意味で、ちあきなおみさんのこれまでの歌手人生は、人にも恵まれていたなと感じますが、どうでしょうか。だって、これほどロングセラー曲をたくさん持ている歌手、他にいますか?
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Res:ウシオ@管理人 題名:日本にロングセラー曲は数あれど… 投稿日 : 2007年5月6日<日>22時23分
吉田旺はもちろん、「ねえあんた」「紅い花」の松原史明、「夜へ急ぐ人」「祭りの花を買いに行く」の友川かずき、「あいつと私」「男駅・女駅」の千家和也、ビクター時代の日本語詞や「役者」の荒木とよひさなど、曲数の違いはあれどレコード会社を移籍したちあきさんに各社で作詞を提供した作家陣、そして特にテイチク後期の短い期間での多彩な作家・アレンジャー陣、そしてそれらを選定した音楽制作スタッフのクオリティの高さとちあきさんの魅力が結びついたんですね。
そして、その中でもちあきさんが
>
「節目」「これがやりたい」という時は旺先生にお願いする
と言うくらい信頼を置いていたのが吉田旺さん。 ヒット曲を量産したわけではないですが、長年に渡って未だにたくさんの人に聴かれている作品を残したという点で、言葉の使い方がおかしいですが、コンビとしての「ロングセラー」だったんじゃないかと思います。
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Res:クスオ 題名:はじめまして 投稿日 :
2007年6月2日<土>23時33分
お久しぶりでございます、というのも恥ずかしいくらい以前に投稿したものです。 改めて、はじめましてと言った方が良いかもりれません(笑)。 「九州圏で10年前の朝の番組で『祭りの花〜』がテーマ曲で流れていたのではないか?」、という私のスレに情報は無かったみたいですね。残念です(TT)。
「喝采」のお話で、飛んでまいりました。 以前も書いたかも知れません。少し極論かも知れませんが、喝采は「曲」と「歌詞」のみ観ますと、「難曲」の部類に入る晦渋な作品だと思います。 曲は短調か長調か分からないような、捉えどころのない曲調で凪の広々とした海のようであるし、そこに情景だけを写したような淡々とした小説のような歌詞が載っている。 歌手はどこにどういう感情を込めて歌っていいのか、何を対象として歌っていいのか分からなくなってしまう曲だと思います。感情を込めすぎると失敗してしまうし、ただ淡々と歌ってももちろん曲の陰影は出てきません。 この曲がちあきさんに歌われなかったら、もしかしたら埋もれていたかもしれません。ちあきさんは、この歌に見事に陰影をつけて、色づけしてくれました。この曲がこれほどドラマチックに歌われるとは、ちあきさんの集中力は、まさしく天才のそれだと思います。
それではお元気で!!
投稿日
: 2007年6月2日<土>22時40分 Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1;
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■管理人より■ クスオさんからの書き込みの一部を削除させていただきました。 書き込みの際には掲示板上部の注意書きをお読みの上、お願いいたします。
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Res:ウシオ@管理人 題名:「喝采」という車を乗りこなせず下車した歌手、幾多… 投稿日 : 2007年6月3日<日>03時40分
クスオさん、前回書き込みをいただいたのは今年の初めくらいでしたっけ? と思って検索してみたら今年の1月末だったんですね。という事で、お久しぶりでした。
「祭りの花…」の件は地域限定という事もあり、情報をお持ちの方がいらっしゃらなかったんだと思います。これに懲りずにまた書き込みをお待ちしています。
いままでいろんな人がカバーした「喝采」を聴いてきましたが(そのつもりなんですが)、淡々としすぎていたり、逆に過剰だったり、それ以前の問題で全く歌いこなせてなかったりと、様々ありました。 テイチク移籍から程なく、吉田旺先生との対談でちあきさんが「喝采」について
「組み立てがしっかり出来ている曲ですから、私は感情を込めなくてもいいので助かりました(笑)。私はどうしても感情過多になりやすい歌い手ですからね(笑)」
とコメントしているんですが、ちあきさんの歌の絶妙なコントロールがあってからこその「喝采」だったんでしょうね。
近日、久々に「ちあき語録」の方にもそれ関連のちあきさんのコメントをアップしようと思っています。
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Res:クスオ 投稿日 : 2007年6月3日<日>11時39分
ウシオ様。お手を煩わせて、本当に申し訳ありませんでした。 ルール違反、しばらく謹慎致します。
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Res:ウシオ@管理人 題名:謹慎するしないはクスオさんにお任せしますが… 投稿日 : 2007年6月3日<日>13時01分
たかが「ちあきの掲示板」、そんなに深く考えないでください(笑)。 掲示板上部に書いてある事をご理解いただいた上で書き込みいただけさえすれば、こちらはいつでも構いません。
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Res:花みつ 題名:「喝采」元祖? 投稿日 :
2007年6月10日<日>12時14分
あの…誰も触れないので僭越ながら一言。グレース・ケリーがアカデミー賞主演女優賞を獲った映画の邦題が「喝采」ですよね?私は彼女の映画はヒッチコック「裏窓」しか見たことないんですが「イブの総て」「スタア誕生(堀ちえみの大映テレビドラマに非ず)」みたいなハリウッド残酷物語なのかなあ。だとすればスタッフの念頭にこの邦題があってもおかしくないはずだと思っていたのですが…。関係ないけどややこしいことに阿久悠が「喝采」という小説集を出してるらしいんですよ。そのせいかちあきさんの「喝采」の作詞も阿久氏と勘違いされているサイトがあったのでお節介にもメールしたことがあります。後日丁寧なお礼の返事を頂きました。
http://homepage3.nifty.com/~gohideki/
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Res:瀬戸の凪 題名:あれや、これや 投稿日 :
2007年6月12日<火>09時45分
しばらく、ネットもない奥の田舎の家に引っ込んでいました・・・。 ウシオさまより、やわらかく間違いをフォローして頂いたのも気づかずに、今日まで。 「紅い花」の作詞者は、吉田旺ではなくて松原史明でしたね。 こんな単純ミスをするとは、ちあきファンの名折れです。反省お詫びいたします。
話は変わりますが 先だって、アジアの歌姫・テレサ・テンの特集番組をNHKBSと民放(朝日放送だったかな)でやっていましたね。 偽造パスポート事件後の彼女の日本でのカムバックに向けての、作曲家の三木たかし、作詞家の荒木とよひさのひたむきな愛にも似た懸命な努力には、ホント、頭が下がりましたね。また、そうさせるだけの魅力がテレサにあったということでしょう。テレサの歌では、「時の流れに身をまかせ」が一番好きですね。あんなにフェザーのように軽く、やわらかく、深く、心を揺さぶる歌はそうざらにはありません。ちあきさんの歌唱方法にも少し感じが似ていますね。(本当は、軽くやわらかく歌うのは難しいのでしょうがね)
考えて見れば、演出家も作曲家も作詞家も、実力を備えた魅力ある歌手があってこその仕事のやりがいだな〜、その意味で、いまの歌謡界ってどうなんだろう、なんて生意気に・・・。
「喝采」つながりでグレース・ケリーが出てくるとは思いませんでした。喝采という言葉には、何となく光と影、栄光と挫折、裏の運命が潜んでいる、そんな感じがしますね。言葉自体にドラマ性がある。だから、ドラマ性を歌いこなせる技量がないと、この歌は表現できない、っと。すべった時は目も当られない、と言う覚悟が必要でしょうね(笑)
ドラマ性と言えば、私の年代なら越路吹雪、松尾和子、岸洋子、五輪真弓、高橋真梨子が目に浮かぶ。もちろん、今の若い歌手にもたくさんいるでしょうが、歌そのものがたくさんの人が知るほどにメジャーに広がらないのは、なぜだろう??
まとまりのないことを書きました。失礼します。 あ〜っ!、遅まきながら開設8周年、おめでとうございます。これもひとえに管理人様の日夜たゆまぬ努力の賜物です。ちあきファンのひとりとして、感謝を申し上げるとしか言い様がありません。「継続は力なり」とは申しません。「好きこそ物の上手なり」で、これからもちあきさんを肴に、楽しくわいわい、がやがやと喋り合いましょう。
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Res:ウシオ@管理人 題名:徳永英明、次のアルバムで「喝采」カバーするようです 投稿日 : 2007年6月13日<水>00時06分
以前の吉田旺と中村泰士のインタビューによると(さっき久々にその番組のビデオを観直しました)、
「幕が開く」という作詩を中村先生に手渡す→それが演歌チックだったのでポップス作品にしたくメロディーを勝手に作り直し→吉田先生がそれに歌詞を新たに当てはめて作詩→「幕が開く」同様歌手が主人公の歌に→その主人公はスター歌手だからきっと綺麗だろう→綺麗なら恋人がいただろう→どうせならその恋人を殺してしまえ
という発想で出来上がったんだそうです。 残念ながら「喝采」というタイトルの事にまでは触れられていなかったんですが、やはり映画と同じタイトルの「禁じられた恋の島」も作詩している吉田先生なので、もしかしたら映画の「喝采」の事が頭の片隅にあったんでしょうか。次に吉田先生にインタビューする機会に恵まれた人には、ぜひその辺の事も聞いていただきたいと願うばかり。
花みつさん
阿久悠の「喝采」、もしかしたらちあきさんの「喝采」が由来なんでしょうか。以前エッセイか何かで「喝采」の詩に衝撃を受けた、みたいな事を話していたのを読んだ記憶があるんですが…。 そういやその阿久悠がちあきさんに作詩した「円舞曲」は、氏のエッセイによると戦後間もない頃の日本映画『真昼の円舞曲』のタイトルが影響しているそうです。
瀬戸の凪さん
>
ドラマ性と言えば…今の若い歌手にもたくさんいるでしょうが >
歌そのものがたくさんの人が知るほどにメジャーに広がらないのは、なぜだろう??
歌の中で個人的な事を歌うのは今も昔も変わらないんですが、特に最近の歌(若い「歌姫」系の歌手に対しても)に対してそれがとても狭い世界の事のように感じる事が多い私は、きっと若い人の歌にはついていけなくなってしまっているのでしょう。 もちろん若い人たちの歌にも好きな歌はあるんですが、年々その選択肢は少なくなっているように思います。それを「老い」と呼ぶなら私は素直に受け入れます(笑)。というか「若い人」と呼んでる自体、私はいかがなものかと。
テレ朝系で放送されたテレサ・テンの特集番組〜テレサ・テンのドラマまで一気に観てしまったんですが、ドラマを観終わった後のしょっぱい気持ちをどうしていいものやらと…。 絶対に何かやらかしてくれるドラマだろうとは思っていたんですが、その通りだったので、ある意味その期待に応えてくれたかなという気はします(笑)。ドラマの直前に放送されたドキュメント(かなり端折ってましたけど)の方がまだ見応えがありました。 テレサ役を代役で引き受けた木村佳乃、代表作があれになっちゃったらどうするんだろう、と余計な心配を。そして当初予定されていて結局テレサ役を降板した小雪、正解だったかも。
余談ですが、私はテレサ・テンだと「香港」という歌が特に好きです。
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