1971年の紅白見てきました
アンカー 投稿日:2004年1月27日<火>16時28分
1971年の紅白のスレッドがだいぶ過去の方に行ってしまったみたいなので新たに書きます。
今日NHKアーカイブスに行って来ました。 見てきましたよー、ちあきさん、と、その他! ちあきさん4度もお色直しをして大活躍だったですね。 最初の入場行進用、出番、歌の後と三度の衣装チェンジと 橋幸夫さんの時に何か少年剣士のような格好で殺陣をされていました。 そういえばちあきさんて、骨董が趣味で合気道だったかそんなこともやってらしたんでしたっけ? なかなかサマになってたと思います。 チータの歌のときにも後ろで大きなのぼりを持っていました。
肝心の“私という女”はレコードにも勝る歌声で上手でしたね、やっぱり。 それと、マイクを持つ手が頻繁に左右に動いてて、思わずピーターの物まねを思い出しました。 こんな歌いかたしてたんですねー、ピーターの物まねもまんざら大げさでもなかったんだな。(それほどよく動いてました)
前にも話題になった衣装ですけど、なんて言うか、バスローブのような質感に見えました。 頭の後ろを覆うフード?のようなものは・・・私はノーコメント。
その他の人では、ピンキーとキラーズのバックでダービーハットを持って踊るザ・ピーナッツ、いしだあゆみ、弘田三枝子、南沙織、朝丘雪路(この方はほとんど映らず)が豪華で後ろばっかり見てました。 シンシアは初出場で、初々しいというよりもそこら辺の素人の女の子と言う感じで踊りも全然・・・。 やっぱりピーナッツ、あゆみ、ミコ様の4人が素敵でした。
あんまり書いちゃうと後から見る人の楽しみがなくなりそうなのでこの辺で失礼します。
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Res:ウシオ@管理人 題名:橋幸夫の前座もつとめていたちあきさん 投稿日 : 2004年1月31日<土>04時41分
アンカーさん、こちらではご無沙汰してました。
アンカーさんも昭和46年紅白をご覧になったんですね。ロダンの人形さんに続いて 二人目の観賞レポ、ありがとうございます。
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橋幸夫さんの時に何か少年剣士のような格好で殺陣を
ちあきさん、この年の紅白では大活躍だったみたいですね。 当時の週刊誌の記事によると、ちあきさん、合気道は千葉で流しをしていた10代の頃に、 そして殺陣も同じような時期に地方巡業がきっかけでそれぞれ習ったそうなんですが、 そのおかげで殺陣のシーンもさまになっていたのかも。 そしてその流れで骨董品(刀のツバ)を集めるようになったんでしょうか。 ちあきさん、渋すぎ。
前々から話題になっている衣装、そして例のマイクのシェイク具合を確かめるたいですが なかなか近場では観れる施設がなくて・・・
と思っていたら、来月、もしかしたら仕事で仙台に行くかもしれないので その時、うまく前のりで仙台に入れたらNHKに行って昭和46年紅白を観てきたいと思います。 バスローブみたいな質感の衣装、この目で確かめないと。
ところでピンキラのバックダンサー、顔ぶれのバランスが悪過ぎじゃないですか。 それが紅白らしいといえばそれまでなんですが。 初々しいのが魅力のシンシア、といい方に解釈しておきましょ。
http://park15.wakwak.com/~chiaki_naomi/index.html
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Res:ウシオ@管理人 題名:ちあきさん、甘え声で橋幸夫に「親分、たすけてぇ〜〜〜〜」と 投稿日 : 2004年2月11日<水>03時29分
以上、橋幸夫の歌前になぜかちあきさんが登場、応援するかのような場面より。
昭和46年紅白、観てきました!
この月・火と仙台に出張だったんですが、こんな機会を逃す事はないと思い、 会社には内緒で日曜日に仙台へ前乗り。 ホテルへのチェックインもそこそこに急いでNHK仙台放送局へ向かいました。
アンカーさんとロダンの人形さんが掲示板に書いてくださった紅白レポ、 そしてジャンケン娘さんやSilent
Kanさんから伺っていた ちあきさんの衣装の様子を前もって頭に入れ、早速視聴したのですが・・・
もう、ちあきさん込みで豪華豪華。
まずはちあきさんを観た感想から。 ちあきさんの衣装は、想像してたよりシックな印象。 パイル地(?)に一部スパンコールをあしらった白のタイトなドレス(浅めの前スリット)に フードが付いているのですが、そのフードが後ろに垂れず頭の後ろで丸い形を作っている、 そんな状態です。 体の線を微妙に強調させるタイトなシルエットが何ともセクシーで、 ちあきさんにしてはかなりスタイリッシュなデザインじゃないでしょうか。 ただ、アンカーさんが書いているように、あれだけ手を小刻みに揺らして歌っているせいか 頭の真後ろに形作られていた丸いフードがどんどん左にずれていき、 バランスが崩れてしまったのが何とも残念。
「私という女」を歌うちあきさんは、声はもちろんの事、しぐさや表情の作り方、 リズムの取り方がすべてにおいて「ちあきさんらしい」雰囲気。
特に、最後の方で
♪なっさっけ〜〜があ〜るなぁらぁ〜〜
とリズムに乗り半笑いで歌っていた次の瞬間、
♪死っね〜〜とおっしえってぇ〜〜
で、体の動きを止めて切なそうな表情で目を細め空を見つめる、 あの動きこそまさに初期のちあきさんの真骨頂ではないでしょうか。
結局、ブースでの視聴時間が許す限り、合計8回「私という女」を観てしまいました。 もっと観た〜い(笑)。
ちあきさん以外にも見所満載なんですが、一番気になったのは雪村いづみ。 歌シーンは観る事が出来ないんですが、応援合戦のシーンでちょこちょこ映ってるんです。 久々の紅白出演が嬉しいのか、その表情が活き活きしていました。 しかもメイクやドレスもゴージャス。じっくり細部を観る価値はありそう。
それから真帆志ぶき。 五木ひろしの「待っている女」を彷彿とさせる「嘆きのインディアン人形」は インパクト大です。あのメイクとお顔立ちは反則です。 ひな壇席では美空ひばりと仲良さそうにしていました。
その他にも・・・
・衣装がパッとしないピンキー、ミコ ・紅白での役回りがすでに出来上がっているチータ・佐良・由紀・アッコ・マチャアキ ・スターにしきの・西郷テル・橋幸夫(マゲ姿)のハンサムぶり ・ラテン系風貌が国籍不明さをかもし出すアイ・ジョージ ・紅白中、確認できただけで最低3回は「両手でピースサイン」を作っていたキーヨ ・そのキャリア中、最も金髪であったであろうと思うくらいド金髪の青江さん ・ゲスト指揮者・宮川泰先生が派手な指揮棒を仕込んでいるのをニヤニヤ眺める水原弘 ・コントゲストとして登場したコント55号(欽ちゃん)の「キ○○イ」発言 (当時は問題なかったそうです)
などなど、途中の映像が抜けているにもかかわらず充分楽しめました。 いつの日か、BSなどで完全版の再放送を期待したいです。
みなさんもNHKアーカイブスの近くに行かれた際には、ぜひご覧になる事をお勧めします。 僕も機会があったら(滅多にないとは思いますが)、また観に行きたいと思っています。
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Res:日劇裏 題名:“昭和四十年代のリーディング・スター” 偉才のひと スータン 投稿日 : 2004年2月11日<水>06時33分
横からひつれいいたします。一般芸能界からすると、どうしても馴染みの薄い ジャンルの方ゆえ、百戦錬磨を持って鳴るコチラの読者諸兄と云えど、不案内な 方々もさぞおられることと思いまして・・・・
神奈川県川崎市生れ、昭和27年初舞台「真帆志ぶき」さん。
“テーリー&マッちゃん”と謳われた寿美花代(星)・明石照子(雪)両大スター全盛の 昭和30年代中盤。前者が欧州公演の成功や「華麗なる千拍子」での芸術祭大賞、 等々を置きみやげに結婚退団となる前後から、早くも台頭した新進男役の “マル・サチ・オソノ”=那智わたる(28年)内重のぼる(29年)藤里美保(28年)。 各人初舞台から十年経たず/時分の花のうちに、星組トップ・後の二人は 月のダブルトップへ、と 容姿・天分に恵まれた下級生達の昇進人事が敢行されます。
一方、成績は優秀でも個性派と捉えられた彼女は、同じく華よりは実:明石の下で 地道な苦労を積み重ねながら、やがて<技術で勝負>の志向を強めることに。 ようやく明石退団後の37年「花のオランダ坂」で雪組トップに就任。以降は 稀代のソプラノ加茂さくら(30年)という名相手役を得たこともあって、一気に その才能を開花させることに。 「皇帝と魔女」、「クレオパトラ」、「ああ そは彼の人か」、 「トリスタンとイゾルデ」、芸術祭賞受賞「シャンゴ」、BWミュージカル 「回転木馬」(勿論日本初演)、「タカラヅカEXPO
'70」・・・ そうして45年には、花月雪星という単独四組からは別格扱いの声楽専科所属 となり、46年 歌劇団のショー作品史上でも最高傑作との誉れ高い「ノバ・ボサ・ノバ」 〜盗まれたカルナバル〜 に主演。 当時はまだあまり例のなかった外国人振付家の招聘、そのプロフェッショナル な要求にも応えられる、舞踊技術とショーマンシップ。深く説得力のある 緩急自在な歌唱。コンプレックスや曲折の末に掴んだが故に、揺ぐことの無い スターとしての信念。そして第一人者としての自負から生まれる、 孤高とも感じられる神秘性・・・ 。
以後も各組に客演を続けることになりますが、そこに立ちはだかる宝塚独特の運命。 若木の輝き・青葉の瑞々しさと同じ舞台に居並んだ際、観客の目にもその質感の 乖離は如何ともしがたく・・・・ ついに昭和50年2月、退団の途を選択することに。演目タイトルは「ザ・スター」。
といったようなことで、昭和46年の紅白の時期は、宝塚スタア真帆さんとしても、 まさに絶頂の時期であったということができるかと思われます。 初出場ながら、おしりから5組目という待遇もあり、勝手知ったる東京宝塚劇場 の大舞台。歌劇団を代表するという気概もあったでしょうし、存分に自己主張 されたステージであったのでは。 また年齢的にもひばりさんよりチョイお姉さん格。(笑) 日ごろはとかく段上にまつりあげられる大スター同士、また横浜と川崎という こともあり(苦笑)、色々と会話も弾んだのでは?? なんぞと想像されますね。
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Res:こゆき 題名:白いフードに映える色白のちあきさん 投稿日 : 2004年2月11日<水>21時36分
私も本日「私という女」見てきました。
ちあきさん、色白だから、白いフードにお顔が映えて、きれい、セクシー、頬を薄紅いろに染めて唄っていました。
観賞ルポは、アンカーさん、ウシオさんの書かれたレポに書き足す処はありません。 とても良くまとまっています。(感動)
時間が惜しくて、朝から、飲まず食わずで終了時間まで飽きずに繰り返し見てきました。
それでもまた見に行きたい気持ちです。
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Res:ウシオ@管理人 題名:71年紅白でのちあきさんの顔、色気と初々しさが同居 投稿日 : 2004年2月14日<土>02時01分
まず、自分の書き込みの訂正を。
誤:嘆きのインディアン人形 正:嘆きのインディアン
「インディアン人形」じゃ、リンリン・ランランになっちゃいますね。失礼しました。
71年紅白、こゆきさんもご覧になったんですね。お疲れ様でした。(^^)
ところで、僕が「フード(=頭巾)」と書いた、ちあきさんの頭の後の輪ですが、 このスレッドを読んだ友人(71年紅白観賞済み)からメールが来て、友人は 「映像が鮮明ではないから断言できないけど、ちあきの『輪』は フードでなくカラー(=襟)なのかも」と。 言われてみれば巨大化した襟、とも思えなくはなく。 うーん、どっちなんでしょう。いずれ『思い出紅白』枠で再放送が叶った際に みなさんと一緒に確認したいです。
日劇裏さん
真帆志ぶき解説、ありがとうございました。
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観客の目にもその質感の乖離は如何ともしがたく・・・・
紅白のステージでさえ、すでにそんな雰囲気が漂っていなくもなく・・・。 いや、確かにその存在感は強烈なものがありました(笑)。
冗談はともかく、その歌声には思わず僕も心惹かれました。
美空ひばりとは舞台で共演した縁もあったんでしたっけ。 おぼろ気ながら聞きかじりの記憶が。
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Res:日劇裏 題名:ダークは白銀は招くよ デュークはいい湯だな メドレー とは 投稿日 : 2004年2月14日<土>20時21分
たびたび失礼します。 真帆志ぶき、美空さんと舞台で共演・・・・ 自分の記憶もおぼろげでありましたので、ひばりさんの公式webサイト(ココは 訪れるたび、その多岐にして膨大な内容に圧倒されます)であたってみましたところ、 あった、アッタ、有りました。これがなんと1971年。(大笑) ■昭和46年7月 東京丸の内・帝国劇場 芸能生活二十五周年記念 美空ひばり特別公演 『ひばりのすべて』 雪・ミュージカル 真冬の夜の夢 月・舞踊劇 恋のなよ竹 花・心の歌 ☆林 与一、真帆志ぶき、林 啓二、香川良介、梅沢 昇、三鷹恵子 ほか
歌劇団側としても、めったなことでは外部出演は認めないのが通例ですが(「清く・・・」 というイメージの保持 が表向き。実際は、お嬢さん芸の露呈を未然に防ぐため?)、 この場合は、旧来の宝塚の枠を超える程のエンタテイメント性を備えるに至った<別格スター> として、大いに外の世界にもアピールする端緒にしたい、的な意味もあったのでは。
また、昭和39年「新宿コマ劇場」からはじまった、ひばりさんの座長公演(歌手主演 による芝居+ショー形式のハシリ)ではありますが、興行元である東宝が、その筆頭劇場である 「帝劇」を使わせたのは、この公演がはじめてであったようです。昭和41年、その社運 ・威信をかけて開場させた西洋式&最新設備の大劇場。先代幸四郎(後の白鸚)座頭の東宝 歌舞伎や、菊田一夫作(翻案)の和洋ミュージカル、また海外から招聘の国際的な著名団体 等々 第一級の格を誇っていたハコではありましたが、流行歌手による大衆的な内容とはいえ、“ドル箱”と あっては背に腹は・・・ 芳紀15歳、すでにして昭和27年に歌舞伎座(松竹のトップ小屋)で第一回 リサイタルを実現させた美空さん。その突出した才能と実力そして集客能力・・・、あまたある <伝説>の一端ではありますね。 * ちなみに、ひばり公演にたびたび登場された 梅沢 昇さんとは、昭和戦前から数十年に わたって日本の剣劇界の第一人者。そのお弟子さんである富沢 清のご子息が梅沢富美男さんですね。 また、三鷹恵子さん。下級生時代からバレエ等舞踊に秀で、昭和33,4年ごろには明石照子 の相手役も勤めた雪組の娘役スター。後年は本格的な日舞もこなせる貴重な脇役として、 また副組長という管理職として、長〜く舞台を彩られました。
それやこれやで、46年の「紅白」。夏に一月共演した間柄とあって、「お久し〜」とばかりに 久闊を叙されたのでは・・・・(って、本番中・舞台の上ですが/笑)
さんざ風呂敷を広げておいて気が引けますが(苦笑)、その第22回、登場順&楽曲を眺めるに、 岸 洋子 「希望」 :ちあきさんの次ですね はしだのりひことクライマックス 「花嫁」 菅原洋一 「忘れな草をあなたに」 渚ゆう子 「京都慕情」 あたり、是非とも聴きたいと思わせますが・・・。 わけても一曲 といわれれば フォーリーブス 「地球はひとつ」 につきます。(大笑)
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Res:ウシオ@管理人 題名:だって地球は丸いんだもん♪ 投稿日 :
2004年2月14日<土>22時14分
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『ひばりのすべて』
あ、それでしたか。ドキュメント風の映画にもなってますよね。 真帆志ぶき、もしかしたら映画にも出てたかも。 当時NHKでレギュラーを持ってたという話も聞いた事があるんですが、うろ覚え。
デュークさん達、いい湯だな〜女ひとり〜筑波山麓混声合唱団をメドレーで披露してました。 かねてからデューク・エイセスって嫌いじゃなかったんですが、今回紅白を観た事で 「もしかしたら好きかも」という思いに変わってきてます。モダンな感じがいいですね。
希望、花嫁はNHKのいろいろな番組で単独では紅白での歌唱シーンを フルで放送した事があるんですよ。 岸さんは病気治療の薬の副作用の影響らしく、声質も変わりお顔もむくんでいましたが、 (以前、岸さんのドキュメントでそのように紹介していたような) 歌に込める想いというか気迫が伝わってくるようでした。
71年の全編、NHKの技術を駆使して何とか全編放送して欲しいですね。
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Res:ウシオ@管理人 題名:スータン特集 投稿日 :
2004年2月22日<日>03時32分
うちのHPでリンクを貼らせていただいているモナたん&ムールたん(敬称略)のサイト 『魅惑のモナムール』で、真帆志ぶき特集ページが出来てました。
「リンク集」からそちらのサイトへ飛んでください。必見です!
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