フレンチポップスという事で、ここで無理やり登場させてしまいます。やはり、フランス・ギャルとかシルウ゛ィ・ウ゛ァルタンが日本でヒットしていた頃(ちなみにフランスではお二人ともまだまだ現役みたいですね)、アラン・シャンフォールという男性のフランス人歌手がいたことを覚えている人はいませんか。いまだに、メロディーが頭の中で響いています。「初恋にボンジュール
Je pense a elle, elle pense a moi)とか、「土曜日の音楽la
musique de samedi」さらには「人生の片隅 Un
coin de vie」といった佳曲がありました。個々での日本語題名は勝手に訳したもので、当時は違った呼び方がされていたかもしれません。
このアラン・シャンフォールも依然として本国フランスでは人気が衰えない様子。ただし、大部分のいちばん最初の曲(前に上げたものがそれに当たります)は、いまだにCDでは手に入りません。僕はインターネットのmp3のファイルでやっと手に入れることができました。
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NT 5.0)
キミが知ってる二十数年前って、「砂の城」とかヒットしていた頃ね。遡って、ピチピチの三十数年前には。シルヴィたちと共に脚光を浴びていた。十数年前にも再びピークが訪れたけど、その後は地味な活動が続いている。
「ど演歌」があるなら「どシャンソン」もあるけど、のど自慢で優勝した「どシャンソン少女・ミレイユ」(早口言葉で三回言って!)も、日本同様このジャンルが斜陽化するにつれて、影が薄くなっていった。それに、ミレイユって「天然ちゃん」だから、もっぱらバカにされる傾向に陥って、TVからも消えてしまった。でも、そのクサさがドイツやUSAでウケて、そっち方面ではけっこうお仕事があったみたい。98年には、久々にパリのオランピア劇場に帰ってきたけど、反響はイマイチってとこかな。CDは、93年の「ピアフを歌う」と95年の「Vous lui direz・・・・」以降は知らないけど。日本では、99年に突拍子もなく「マチュー/モリコーネ」(74)がCD化されたけど、これはミレイユが目的じゃなくて、モリコーネが注目されていた時期だからリリースされたのね、悲惨な話。今年、ある外国誌で彼女の写真を見かけたけど、けっこう若々しかったのが救いかな。
90年代に入ると、マチュー(ピアフ2号)以来の「どシャンソン系」と言われた、パトリシア・カース(ピアフ3号)が何故か人気を博したけど、機会があったら、聴いてみるのもいいと思うよ。
木田高介氏(故人)は他にも「出発の歌」「私は泣いています」などのアレンジャーとして活躍しましたが、彼のアレンジの仕事で大変驚いたものがあります。
それは田辺一鶴の「ポーク・サラダ 兄ィ」(RCA
JRT1201)です。
これはトニー・ジョー・ホワイトというアメリカ南部のシンガー・ソングライターが'69年に全米で大ヒットさせ、翌年エルヴィス・プレスリーがライヴでカヴァーしその映画「エルヴィス・オン・ステージ(Elvis
That's The Way It Is)」で世界的に有名になった曲"Polk
Salad Annie"のパロディー・カヴァーなのです。
しかもこのシングルのプロモ盤は、エルヴィス(RCA
2130)とのカップリングというとんでもないもので、数万円のプレミア価格がついています。
この曲は東芝EMI・FCの「笑ケース」「笑ウィンドウ」といったコミック・ソングの大掛かりなBoxにも「幻の名盤解放歌集」の類にも収録されておらず、これはひとえにジャックスの評価の高さによるものでしょうか......?
岡崎友紀は、離婚後、芸能界に復帰しました。
復帰は歌手としてで、アーティスト名を「YUKI」と変え、あの「Do
You Remeber Me?」を、第一弾シングルとしてリリースしました。
このシングルは、オリコン18位まであがり、彼女の歌手としての最大のヒット曲となりました。
復帰後は、シングル4枚と、アルバム2枚をリリースしましたが、2枚目のアルバム「So
Many Friends」では、彼女が煙草をくわえている写真がジャケットに使用されるなど、大人の女のイメージへの転換をはかっていたようです。
その後、これらのレコーディングに携わっていた方と、再婚され、現在に至ります。