コーポ田宮の大家は田宮一郎(笑) #1


宮藤官九郎 (宮藤官九郎)
阿部 (阿部サダヲ)
ピンキー (原田泰造)
あけみ (名倉潤)
女 (ベッキー)
田宮一郎 (内村光良)
ナレーション (青木さやか)



○タイトル 『火曜 犬の劇場』

○ナレーションの声と同じ内容の文字が出ている画面

N この時間は、当番組の作家である宮藤官九郎脚本の連続ドラマをお送りする予定でしたが諸事情により台本が間に合いませんでした。


○コーポ田宮・2階の廊下

N 諸事情というのはだいたいこんな感じです。

 宮藤の部屋の前へ、Tシャツ姿にウエストバッグつけた男・阿部がいそいそやって来てドアをノックする。

阿部 おはようございまっす。フジテレビの阿部ちゃんです。おはようございます。

 と笑顔で言いながらノックしていると、向かいの部屋のドアから国籍不明の若い女が顔を出す。

女 WHAT?
阿部 あ、すいません。あのー、フジテレビの、阿部ちゃんです。
女 AHー。(納得したらしい)
阿部 すいません。申し訳ございません。

 女、引っ込む。阿部、再び宮藤の部屋を元気にノック。

阿部 おはようございます。

 とやっていると、女がまた顔を出す。

女 WHAT?
阿部 あの、阿部です。フジテレビジョンの阿部です。
女 ア〜ベ〜?
阿部 そうです。
女 ア〜(納得したらしい)
阿部 よろしくどうぞ。

 女、引っ込む。阿部、再びノック。

阿部 おはようございます。(と言ったあと、女が出てこないかちらっと振り向いて見る。出てこないのを確かめて再びノック)おはようございます。

 女、顔を出す。

女 WHAT?
阿部 おい! あのな、CXだよCX。阿部っす。
女 アベ?
阿部 阿部っす。

 女、納得したらしい笑顔で引っ込む。

阿部 なんだよ…。

 阿部、再びノック。

阿部 (咳払いし、モノマネで)おはようございます。建もの探訪の渡辺篤史です。

 部屋のドアが開き、Tシャツ姿の宮藤が顔をみせる。

阿部 あ、すいません失礼します。

 阿部、ここぞとばかりにそのドアの中へと入っていく。


○宮藤の部屋

 宮藤を尻で押しのけるように、後ろ向きに進んで入ってくる阿部。

宮藤 な、なん…?
阿部 すいませんすいません。
宮藤 ちょっ、ちょっと…なんでお尻から入ってくんの?
阿部 あ、このほうが帰るとき出やすいんです。
宮藤 そんな、車じゃないんだから。
阿部 雑なツッコミはいいです。コントください。コントください。コントください。
宮藤 …まだ書いてねえや。
阿部 え〜、またですか〜?
宮藤 わざわざ取りに来たんだ。(ドアを閉める)
阿部 はい。わざわざです。いいかげんFAX買ってくださいよ。
宮藤 その前にお金くださいよ。

 間。

阿部 え!?
宮藤 え!?じゃないよ。俺ね、もうかれこれ3年、犬でコント書いてるけど、1円ももらったことないんだよ。
阿部 …金が欲しいんだ。
宮藤 欲しいよ! っていうかさ、毎週ギャラの代わりに“フジパン超本熟”が届くんだけど。

 宮藤が示す部屋の中、袋入りの食パンが山積みされて壁のようになっている。

阿部 もらってんじゃないですか。
宮藤 なんでパンなんだよ!? 金くれよ!
阿部 ちょっ…ちょっと、座ろう。
宮藤 なに?
阿部 病んでるなあんた。
宮藤 え?

 パンの壁の前のテーブルに向かい、2人、座る。

阿部 あのさ、宮藤ちゃん。ちゃん宮藤。あんたさ、仕事しすぎなんだよ。
宮藤 ああ。
阿部 そろそろ、断ること覚えてったほうがいいぞ。
宮藤 断るんだったら、犬断るよ! だって金もらってないんだもん。
阿部 金、金、金、金! …じゃあ、こうしようじゃねえかよ!(立ち上がる)
宮藤 なんだお前、逆ギレかよ。
阿部 ああキレたよ。頭に来たよ。…あんたにさ、10分だけさしあげましょう。
宮藤 10分?
阿部 うーん、頭に来た。もうね、頭に来たから俺は、フジテレビに駆け込んでって命がけで10分枠を取ってくるよ。それだから、ちゃんとやれよ。
宮藤 ちゃんとやれって、何を。
阿部 その10分枠を、さしあげるから!
宮藤 好きな事やっていいのか?
阿部 やっていいよ、「好きなこと」どんどんやれ!
宮藤 あ、そう。
ピンキー(声) マジですかー?

 と声がして、パンの壁をぶち抜いてピンクのレオタード姿の男が現れる。

ピンキー どーん! どーん、パーン!
阿部 (驚いてる)ビックリした…
宮藤 大丈夫、怖くないから。あの、居候のピンキー先輩。
ピンキー うん、ぼく、ピンキーです! いつも、おいしいパンどうもありがとう!
阿部 声、でかいっすね。
ピンキー はい、役者やってます!
宮藤 毎年この季節になるとさ、劇団四季の入団テスト受けに出てくんだよね田舎から。
ピンキー そう! 劇団四季、ライオンキング! (指人形のように手で表現しながら一人でライオンキングを演じ始めた、らしい)ぐわー、ぐわー。…あ、そうだ! そんなことより、さっきの話、本当ですか。
阿部 ああ、本当ですよ。
ピンキー やったー! 宮藤、やったな!

 ものすごく喜んで宮藤に抱きつくピンキー。

宮藤 あ〜ちょっとちょっと、ちょっと待ってください、落ち着いてください。あのー、べつに先輩が出るわけじゃないんですから。
ピンキー なんで? 「好きな子と」やっていいって言ったでしょ。
宮藤 まあ、そうですけど。
ピンキー お前、俺のこと好きだろ。
宮藤 まあ、好きですけど。
ピンキー やったー! レギュラー決定だー!

 ピンキー、喜んで叫びながら部屋の窓のほうへ駈けていく。


○窓の外

 窓を開け、外に向かって大声で叫ぶピンキー。

ピンキー お父さん、お母さん、聞こえますかー! レギュラー決定しましたー!

 と、隣りの部屋の窓が開いて、ぴらぴらのガウンに頭にカーラー巻いた年増の女が顔を出す。

あけみ やかましいわアホー! 何時や思うてんねんボケー! 息子がお受験やねん、勉強せなあかんねん、(だんだん涙声)勉強せなあかんねん〜。いじめんといてよ〜。(と泣きながら窓を閉めて引っ込む)
ピンキー ……。

 しゅんとなって部屋のほうに戻るピンキー。


○宮藤の部屋

 しゅんとなってる男三人。が、部屋の中のほうを見るとあれ?という顔になる。
 部屋の中、千鳥格子の背広を着た男がカメラ目線で横座りしている。

田宮 あけみちゃんねえ、宮藤くんにホの字らしいですよ。
宮藤 え!?
田宮 スナックの名前も「スナック官九郎」にするって言ってました。
宮藤 って言うか…大家さん、いつからいました?
田宮 ずっと天井に張り付いていましたよ。

 思わず天井を見上げる男三人。

田宮 今日こそは、お家賃を払ってもらおうと思いましてね。
宮藤 あ、それはちょっと、この人に言ってください。

 と言って阿部を示す宮藤。一同、テーブルを囲んで座る。

阿部 ども、はじめまして。フジテレビプロデューサー、阿部ちゃんです。
宮藤 いやいや、ADです。
田宮 大家の、田宮一郎です。田宮二郎の、兄です。
阿部 おもしろい方だ〜。
田宮 話はずっと天井で聞いていました。じつは私ね、この年で映画学校の監督コースに通っておりましてね。
宮藤 そんな話、初めて聞きましたよ。
田宮 演出は私が担当するということで問題ないですね。
阿部・ピンキー 意義なーし!
宮藤 いやいや、意義ある! なんで大家さんが犬のコント撮るんですか!?
田宮 (突然、怒り)家賃も払わないで先生ヅラしやがって!
宮藤 怒られたよ…。
阿部 さささ、監督が決まりました。で、脚本決まりました。プロデューサー決まりました。主演男優決まりました。あとは、主演女優さんがねいればねー。
田宮 主演女優ね…あ。

 窓の外、カーラー巻いたあけみが赤いブラジャーとパンティだけの姿で物干し竿にぶら下がっている。

あけみ なに見とんねん!
田宮 決まりましたね。
宮藤 えー!?
阿部 あけみさん、テレビ出てみませんか。
あけみ (あっさり)お、ええよ。(ひらりと身を振って部屋の中に飛び込む)
宮藤 ちょっちょっ、みんなちょっと、間違ってますよ!

 あけみ、部屋に入るなりすかさず宮藤に擦り寄ってしがみついてる。

宮藤 な、なんすか…ちょっと! なんか…やだー、すごくやだ!
ピンキー よーし、そうと決まれば企画会議だ!
田宮 じゃあ、時間がないから。面白いこと言うから。おもに私が面白いこと言うから。宮藤くんはメモってればいいから。えーまず、とある公園。犬がやってくる。ニャーニャーニャー。

 ピンキー、すごく面白そうに聞いている。阿部、宮藤に紙を渡して書けと促している。宮藤、げんなり。

田宮 犬なのにニャーニャーニャー。向こうから猫が、ワンワンワン。あっちから馬がモーモーモー。
宮藤 え〜…。


○1階の廊下

 ピンク電話が鳴っている。宮藤、2階の部屋のほうを気にしつつ階段を下りてくる。

宮藤 あー、はいはいはい。

 2階のほうから、ピンキー達のにぎやかな歌声が聞こえている。

歌声 パーンパーン、パーンパーン、パンパンパンパカパンパン、パーンパーンパーン…
宮藤 (2階を気にしつつ電話をとる)あ、もしもし。…あーすいません。あのー、TBSの。ええ、ドラマ。台本ですよね。はい、今、書いてます。…あ、ウソです。書いてないです。あのですね、ちょっと、犬のコントのほうが煮詰まってまして。はい。明日の朝、あの、送りますんで。すいません。すいません、本当すいません。(電話切る)

 2階に戻る宮藤。


○2階の廊下

 戻ってくる宮藤。部屋の中からにぎやかな歌声がずっと聞こえている。


○宮藤の部屋

 ドアを開けた宮藤、中の光景を見て脱力。
 ピンキー・阿部・田宮、歌いながら大量の食パンを黒板に貼り付けている。手前であけみ、下着姿のまま歌声にあわせて元気に踊っている。

宮藤 ちょっと! 何やってるんですか!? ちょっと…
田宮 何って、歌って踊ってるんですよ!
宮藤 それはわかりますけど…何やってんすか、これ。
田宮 タイトルを決めようと思いましてね。でもほらあの、会議室にあるあの白いの、あの…
阿部 ホワイトボードっす。
田宮 そうそう、あのホワイトボードがないと思いましてね、作ってるんですよ。
宮藤 いいですよそんなの、紙あるんだから、紙に書けばいいじゃないですか。
あけみ あかんよ、わたし老眼やもん。
宮藤 …。ちょっとねえ、食べ物をこういうふうに無駄にしちゃダメなんですよ。
ピンキー じゃあ、もったいないから俺、食べる。(持っていたパンを食べる)あ、うまい。
宮藤 え?
ピンキー うまい!
あけみ ほんと?
阿部 マジですか?
田宮 じゃあ、食べてみよう。

 一同、テーブルに出してあるパンを立ったまま食べ始める。

宮藤 あ。
あけみ これ本当においしい。
田宮 耳の部分もうまいね耳の部分も。
阿部 あ、こうしましょうか。ぼくの番組でこれプレゼントしますよ。
田宮 おお。
阿部 (カメラ目線で)宛て先は、こちらです。
宮藤 …ダメだよそんなの! もういいですよ、俺が紙に書くから。(座ってノートとペンを手にとる)
阿部 あ、もう書きましたよ。
宮藤 え?
阿部 みなさん見てください。
田宮 うん、見てみよう。
阿部 候補あげましたんで。

 阿部、隅から紙を持ってきて、パンのボードに順に貼っていく。座ってそれを見る一同。

阿部 (紙を貼りながら書いてある文字を読みあげる)まず1番、はいこれ。『コーポ田宮に春が来た』。

 おお〜と反応するピンキー、あけみ、田宮。

田宮 これはキープですね。
阿部 2番です、はいこれ。『コーポ田宮は宮田酒店のはす向かい』。
宮藤 …。
田宮 奇をてらった系。
阿部 3番いきます。3番『コーポ田宮の大家は田宮一郎(笑)』。

 『(笑)』は『カッコわらい』と発音する。

田宮 略して『たみたみ』。
阿部 いいですね〜、いただきましょうそれ。
あけみ いいわね〜。
阿部 はい4番。『マトリックス』。いかがでしょうか。
宮藤 どれもダメだよ!
阿部・ピンキー・あけみ・田宮 え?
宮藤 え?じゃないですよ。なんでこんなにコーポ田宮が入ってんですか。
あけみ なんで? わたしらコーポ田宮に住んでるやんか。(と言ってしどけなく足を上げたりしてみせている)
宮藤 いや、そういうことじゃなくて…ちょっと、服着てくださいよ! もう!
あけみ あんた、ちょいちょい見てるね。
宮藤 いや…ついつい見ちゃいますよ、そりゃ。
ピンキー じゃあもう、4番でいいよ。
宮藤 いや4番は一番ダメだよ! これ『マトリックス』全然ダメ。
田宮 ああ、コーポ田宮が入ってませんからね。
宮藤 いや、入っててもダメですよ! っていうか、なんですか3番の『(笑)』って。
田宮 (カメラ目線で)『コーポ田宮の大家は田宮一郎。ふっふっふっ』。
宮藤 …あ、自分で笑うんだ。
阿部 じゃあこうしましょうよ。間をとって、『マトリックス(笑)』。
田宮 『マトリックス。ふっふっふっ』
ピンキー いいね〜。
阿部 いいですね〜これね。
宮藤 全然、ダメですよ。ちょっと…あけみさんなんとか言ってくださいよ。
あけみ ん〜、じゃあ、『スナック官九郎』は?(と言って足を開いてみせたりする)
阿部 あ、いいですね〜。あけみさん、いい。
宮藤 ちょっとー、やだ、絶対やだそんなの!
あけみ じゃ、決起集会! 飲も! わたしおごるから。
ピンキー お〜!
あけみ 先、行ってて。

 ピンキーと阿部、喜んでドアの外へ向かう。あけみは窓の外へ。
 勝手に盛り上がる3人に慌てる宮藤。
 田宮も続いて立ち上がろうとする。と、どこかでグキッという音。

宮藤 (あけみの背に)ちょっと、そこから出ないでください、ねえ!(ドアから出て行った2人のほうに)ちょっと、待ってくださいよぉ!
田宮 あ。

 宮藤、ドアのところで振り向いて田宮のほうを見る。
 田宮、立ち上がりかけた姿勢のまま固まっている。

宮藤 え?
田宮 んー。
宮藤 
田宮 ぎっくり腰ですね。
宮藤 えー!?
田宮 ほら、ずーっと天井張り付いてたから。あー、動けませんねえ。

 と、田宮が手をついているテーブルの上にあった携帯が鳴り始める。

宮藤 あ。
田宮 お。
宮藤 ちょっと、ちょっと阿部ちゃん! 携帯鳴ってる携帯!

 宮藤、開けっ放しのドアから外へ出ていく。
 田宮、その電話に出る。

田宮 もしもし。…フジテレビさん? あーどうも。あ、田宮と申しますが。…タイトルの件で。あーそうですか。タイトルはですね…『マトリックス。ふっふっふっ』。


○窓の外

 宮藤の部屋の窓の外、物干し竿にぶら下がっているあけみ。

N はい、こんな感じでした。というわけで来週から、宮藤官九郎脚本『マトリックス・ふっふっふっ』をお送りすると思います。

 必死に横に移動しようとしているがなかなか動けないあけみ。

あけみ たどり着けへん…家に、たどり着けへん…あ!

 落ちるあけみ。


○映画「マトリックス」風の発光する文字で『マトリックス(笑) つづく』



(03.10.14 O.A.)