思い出せない
another
side my life
男(内村)
紳士(原田)
老人(南原)
女(ベッキー)
男=木村(名倉)
○オープンカフェ
普通のサラリーマン風の若い男、外の席に座っている。店の奥の席で、ロマンスグレーに口髭の紳士風の男、カップを手にその男のほうをニコニコ顔で見つめている。店内にはほかに数人の客、店員など。
若い男、新聞を眺めつつ、奥にいる紳士のことを気にしている。
男 (独白)さっきからずっと笑顔でこっちを見ているあの男、見覚えがあるような気もするが…あー、ぜんぜん思い出せない。このまんま、何もなければいいが。
と、紳士、男の席のほうに移動してくる。
紳士 や、どうもどうも。
男 ああ…ああ、ああ〜(立ち上がり、適当に誤魔化しながら)あ〜どうも、どうも。
紳士 いや、こんなところでお会いできるとは思いませんでしたよ。
男 ああ…ええ。
紳士 よかった。私の顔なんてすっかりお忘れになったのかと思いました。
男 ええ…いやあ…まさか。
適当に笑顔で相槌をうちながら、その場を去る体勢に入る男。が、紳士、男の向かいの席に座ってしまう。
紳士 そうですよね。あんなことをしてしまったんですからね。
男、しかたなく自分もまた座る。
男 あんな…? ああ、あの、その、お気になさらずに。
紳士 (男のほうをまっすぐに見て)じゃ、よかったんですね。あれで。
男 …え。
男、まったく思い出せない。紳士、その男をじっと見ている。
男 …その後、お変わりありませんか。(と探りを入れてみる)
紳士 ええ、相変らず。
男 ああ、それはよかった。…お仕事…の、ほうは、どんな感じで。
紳士 ええ、もう、やっております。
男 ああ。そう…ですか。
男、やっぱり思い出せない。紳士、その男をものすごく見ている。
男 (わからないままに適当にうなづく)…そうですか〜。あ〜、(さらに探りを入れてみる)あ、あの、私もあの、連絡しようと思ったんですけど、用があって。でもあの、もらった名刺、名刺入れごと、あの捨てちゃったもんですから…すいません。
紳士 あれ、名刺、お渡ししましたっけ。
男 あれ、いただいてませんでしたっけ。あ、よかったら、もし…(名刺を受け取る体勢で手を出す)
紳士 (が、くれる気配なし)あの時はそんな状況じゃなかったですもんね。
男 ああ…はい。
紳士 (嫌なことを思い出したように)血生臭い…。
男 …?(ちょっと不安)
紳士 で、用ってどんなご用件ですか。
男 いや、それが、まあ…その…(困る)
紳士、男に封筒を差し出す。
紳士 どうぞ、これを。
男 あ、これ、なんですか。
紳士 お詫びのしるしです。
男、封筒の中をあらためる。札束が入っている。慌てる男。
男 (周囲を気にしながら)…これ、まずい…まずいですよ。
紳士 今後あのようなことがないように、木村のほうは私のほうで適切な処置をくだしましたから。
男 き、木村? 木村って…
紳士 (誰かを見つけたらしい)あ、先生! 先生ー!
紳士、席を立って男の背後の路のほうへ歩いていく。残された男、混乱している。
男 しょ、処置…木村を処置って…
紳士(声)コジマさんがいらっしゃいました。
男 コ?
白髪に白髭の、何かの老大家といった風情の老人が悠々とやって来る。後ろに続く紳士。男、慌てて立ち上がる。
老人 おお〜、これはこれはコジマさん。
男 コジマ?
老人 いやいやいや、こんなとこで会えるなんてね〜。(男と握手する)
男 ど、どうも…(しかたなく握手しながら、なんとなく封筒を後ろに隠す)
老人 世の中せまいな〜。
男 どうも、どうも。
と、老人、いきなり路上に土下座して謝り始める。紳士も続いて土下座している。
老人 すまなんだ!
男 (慌てる)すいません、すいません(周囲を気にしている)
老人 すまなんだ! まさか木村が、あのような粗相を…すまなんだ!
男 あのすいません、みんな見てるんで、すいませんあの、頭上げてもらえませんか。すいません、頭上げて…
焦って老人の前に屈みこむ男。老人、男の手の封筒に気付く。
老人 あ、これは?
男 あ、これ…
紳士 これはあの、私のほうから迷惑料と…
老人 (聞くなり)馬鹿者!
老人、紳士を拳で殴る。紳士、吹っ飛ぶ。
老人 金ですむ問題じゃないんだ!(と怒鳴りつつ、さらに紳士をガードレールに突き飛ばす)
紳士 (痛そう)
男 すいません、やめてください。みんな、みんな見てますんで…
と、男の背後に派手な服装の若い女がいきなり現れる。
女 わっ!(と、ふざけて後ろから男を脅かす)
男 !
女 びっくりした? (振り向いた男を見て面白そうに)あ、コジマくん覚えてないんでしょー。
男 えっ?
老人 (その様子を見とがめ)おい!
女 きゃっ! 先生…!(蒼白)
老人 おまえら二人は知り合いなのか。
女 いいえ! …殺さないで!
男 !?
老人 その割には親しそうな雰囲気じゃないか。
女 知りません、こんな人。
老人 (男に)まさか、コジマ君。
男 いえ、ぼくはなんにも知りません。(焦ってる)
と、うらぶれた様子の若い男(木村)、いきなり現れる。
木村 やっと見つけたぞ、コジマ!
老人 木村!
女 ミキヒコ!
男 なに?
木村 (男に)てめえのせいでな、俺の人生めちゃくちゃなんだよ!
男 知りません…ぼく…(脅えてる)
木村 そのうえ、俺の別れた女房と腕なんか組みやがって!(短刀をぬく)
女、驚いた勢いに男の側ですがるような格好になっていた。慌てる女。
女 違うの、誤解なのこれは!
男 な、なんなんですか、ぼくが…
木村 同じレスラーとして許せん!
男 レスラー!?
木村 うぉー!(短刀をかまえ、向かって来る剣幕)
男 ちょっと…
木村 兄のかたき!!
と突進しようとした木村を、老人、拳銃で撃つ。倒れる木村。
男 あ!?
女 ミキヒコ〜!
倒れた木村に駆け寄る女。男、驚いてパニック状態。その男に老人、平然と、
老人 さあ、コジマくん逃げましょう。
男 どこへ…
老人 ほら早く。
男 どこへ?
老人 決まってるでしょう。モスクワですよ。
男 !!!
老人と紳士とに背中を押され、男、その場からずるずる連れ出されていく。
男 (小声)今さら、コジマじゃありませんなんて言えない〜。
老人 早く!
(03.3.23
O.A.)