小須田部長
Show must go on!



小須田 (内村)
原田 (原田)


○墓地・夕景

 墓前に線香を立てる男の手。『小須田義一之墓』の前で手を合わせる、原田淳一郎である。
 墓石のてっぺんに黄色い耳あてが、そこが頭部であるかのように乗せられている。
 原田、墓石に向かい静かに語りはじめる。

原田 小須田さん。こうやってお参りしながらなんなんですが、僕はね、どうしても、あなたが死んだとは思えないんですよ。

 と話している原田の頭に、後ろから飛んできた野球のボールが当たる。

原田 いてっ!…

 横に転がる原田。
 頭を押えつつ起き上がると、

小須田 ごめんごめん。原田君、大丈夫かい。

 墓石の傍らの木の下に、黄色い耳あてをつけた小須田部長が立っていた。
 (墓石の上の耳あてはなくなっている)

原田 小須田さん…!?
小須田 (ニコニコして頷く)
原田 …やっぱり! どこ行ってらっしゃったんですか、小須田さん!
小須田 元気そうだね。
原田 はい、なんとか僕は。
小須田 ほかのみんなも変わりはないかい。
原田 はい。
小須田 ああそうかい。
原田 あの、えみりも元気です。
小須田 そう。
原田 子供も、四歳になりました。
小須田 もう四つになんのか。かわいいだろう。
原田 とってもかわいいですよ。
小須田 名前は?
原田 小須田さんの、義一という名前から一文字とって、
小須田 うん。
原田 ギルバートと名づけました。
小須田 …ぎ、だけじゃん。なんだそれ。
原田 かわいいですよ。
小須田 ま、いいか。かわいいならいいか。あ、それからあの…益江は。
原田 ご心配なく。奥様も、元気です。
小須田 そうかい。
原田 はい。あの、先日『ジャパニーズ・サラリーマンの妻』という本を出版なされましてですね、
小須田 うん。
原田 それでもって、あの、ハリーポッターが…記録が…もう…ハリー…小須田さん、これ笑っちゃう話なんですよ(カミカミすぎて素になってる)
小須田 原田君、あいかわらずだね。あいかわらずレロレロだね(キャラのままつっこみ)
原田 (立て直し)もう一回言います、聞いてください。
小須田 うん。どうしたんだい、益江は。
原田 ご心配なく。奥様も、元気ですよ。
小須田 うん。
原田 先日出版なさった『ジャパニーズ・サラリーマン』という本がですね、ハリーポッターが持つ、売り上げ記録を塗りかえました。
小須田 そうかい。あいかわらず、タダじゃ生きてないねえ。ふうん、そうかい。
原田 そうなんです。今ですね、僕は、西日暮里、の、駅前再開発、という、こういう…小須田さん〜(またカミカミ)
小須田 (素で笑いつつ原田の頭につっこみ)
原田 小須田さん〜(泣)
小須田 なぐるよ、わしだって! わしだってね、久しぶりに現れてもね、怒る時は怒るよ!
原田 小須田さん、僕は、
小須田 うん。
原田 すいませんとしか言いようがありませんよ。…もう一回やってもいいですか(笑)
小須田 (笑)…どうしたんだよ。
原田 あのー、ちゃんと聞いてましたか。
小須田 (笑)聞いてるよ。
原田 (立て直し)でも、小須田さん生きててよかった。
小須田 ん、なんで?
原田 じつはちょっと、大変なことになってまして。
小須田 お、なんだい。どうしたんだい。
原田 じつはこの土地ですね、そもそもわが社の土地なんですけども、
小須田 うん。
原田 このご時勢で、売却することになりまして。
小須田 あ、そうなんだ。…あ、じゃあ、(墓石の上に手をおいて)このお墓も、引っ越しすんのかい。
原田 すいません。
小須田 あ…そうかい。…あ、うん、そういうことならしかたないよ。うん、じゃあさ、久しぶりに、アレやろうよ。
原田 アレ?

 小須田、横から『いるもの』『いらないもの』の箱を持ってくる。

小須田 いつなんどきあるかわかんないからさ、常に持ってるんだよ。
原田 うわー、久しぶりだあ!
小須田 これさ、だから、引っ越しする時いつも持っていくからさ、これワンセット『いるもの』なんだよね。
原田 あーなるほど、全部で。
小須田 これまるごと『いるもの』なんだ。それ気づいたんだ最近。
原田 そうですかあ。
小須田 そうなんだよ。じゃ、久しぶりにやるかい。
原田 はい。
小須田 うん、うん。最初に、うーん…(供えられていた花と花立てをとり)これ、お花。これ、どうなのかな。
原田 これは、いりません。(花を『いらないもの』箱に入れる)
小須田 あ、旬のものだからね。そうだね。じゃ…(線香立てをとり)これなんか、どうなのかな。
原田 これも、いりません。(線香立てを『いらないもの』箱に入れる)
小須田 あ、そうなの? いらないの。なんで。
原田 墓石のまわりにあるものは、ほとんどいりません。
小須田 (考え中)…ああ…そうだよね。まわりになんかいろいろ置いてあってもね。やっぱり、シンプル・イズ・ベストだもんね。
原田 はい。
小須田 そうか。じゃあ、持っていくのはこの墓石だけかい。
原田 あの、もっと詳しく言いますと、(『小須田義一之墓』の文字数を一、二、三…と指で数えて)七分の三だけです。
小須田 …『小須田』だけ?
原田 はい。
小須田 え、な、なんでココだけなの。
原田 じつはですね、僕あの、このたび正式に、婿入りする形をとりました。
小須田 ええ。
原田 で、えみりと二人で家を建てることになりまして。
小須田 はいはい。いや、だから、なんでココだけなの。
原田 だから、お家には、誰が住んでるか知らせる必要がありますよね。
小須田 …まさか。
原田 はい。
小須田 これ、表札にするの!?
原田 はい。
小須田 だって表札にしちゃこれ、デカいだろ。
原田 ま、あの、デカい家ですから。
小須田 どんくらいなの?
原田 んー、この土地の約六倍あります。
小須田 六倍。あ、1,200坪くらいだねー。…こんにゃろ!(原田の首しめる)
原田 ぅわ!
小須田 だったらそっちの土地売ればいいじゃないか!
原田 いや、個人の金で買ったんですよ!
小須田 こ、個人の金? 会社が苦しい時になんでそんなお金持ってんだよ?
原田 じつは、あの…えみりが、小須田さんに生命保険をかけてました。
小須田 …! え…へなっ。

 崩れ落ちる小須田。

小須田 えみりが…。
原田 …なんか、すみません。
小須田 い、いつから生命保険かけてんだい。
原田 あのー、少林寺に行って、あの(少の字の)この部分を取りに行ったあたりですね。
小須田 あ、あの頃からですか…。はあ…。
原田 なんか、すみません。
小須田 人間ってなあ〜。人間ってなあ〜。はあ…。…ま、いいよ。しかたないよ。いいんだ、わたしのことは。…でもね、原田君。

 少しずつ、あたりが暗くなってきている。

原田 はい。
小須田 そんなことしてたら、今に天罰が下るよ。

 あたりが急に暗くなり、雷鳴が轟く。
 おやという顔で見回す原田。
 小須田は冷静に正面を見つめている。
 と、

小須田 危ない、原田君!

 雷に打たれたように、傍らの木が2人に向かって倒れてくる。
 小須田、それを避けるように原田を突き飛ばす。
 倒れる原田。
 原田が目を開けると、あたりはもとの夕焼けの色をしている。
 原田の目の前の地面に、野球のボールが転がっている。原田、ボールを手にとって身を起こす。

子供 大丈夫? おじさん、大丈夫?
原田 …あ?

 野球のユニフォームを着た子供が立っている。

原田 あれ…(立ち上がる)
子供 すみません、ボール返してもらえますか。
原田 あ、はい。(ボールを投げてやる)
子供 (受け取り、帽子を取って礼)ありがとうございました。

 子供、去る。
 原田、きょときょととあたりを見回す。
 誰もいない。
 原田、小須田の墓石の前で目を止める。
 その正面にしゃがんで、

原田 …また、来るんでしょ。お待ちしてます。

 原田、墓石の前にまっすぐに立って一礼する。
 そしてゆっくりと歩き去る。
 傍らの木の高い枝の上に、黄色い耳あてが乗っかっている。



(2001.10.14 O.A.)