♪過去の雑談♪(単なるゴミ箱ですσ(^o^ゞ)

◎ 2002.10/06 - またまた一ヶ月近く更新が滞っているうち(^^;)に、世の中ではまさに色んな事がありました。特に、日本として大きいのは言わずもがな、小泉首相の北朝鮮・平壌への電撃的な訪問とそれに続く「国交正常化交渉再開の為の事前折衝」(←言い方がややこし過ぎ(^^;))ですね。そしてその過程ではっきりした、拉致問題に関する北朝鮮側のでっち上げ体質。ってなとこですかね。

北朝鮮が、従来の「拉致などというものは存在しない。日本のでっち上げであり我が国に対する侮辱だ」という強硬姿勢から一転、「拉致」を認めた事自体は色んな意味で前進に違いないでしょう。けれど、日本側の安否確認要求に対して「拉致被害者の多くが病死・事故死している」という発表を、一体誰がまともに信じるんでしょうかね?

例えば「88年に子供も含めて同日に死亡した」とされる石岡亨さんと有本恵子さんの件。「石炭ストーブの一酸化炭素中毒で子供ともども死亡墓は95年の水害で流されてしまって、無い。子供の性別は不明。」ってあんた、それ、北朝鮮にとって都合良すぎだろ。\(^o^)/

石岡亨さんは、北側による洗脳教育・思想教育を受け付けず、『よど号』グループの手に負えなくなったもんだから、最後は朝鮮労働党に委ねられたはずだ、という元・工作員の証言もあるし、それらを併せて考えれば、妻になっていたという有本恵子さんともども、ひっそりと処刑されたと見るのが普通の推測じゃないんですかね?

思想犯或いは政治犯(?)という事で処刑されたんなら、墓なんぞ作られないでしょうから、墓が無いのは当然でしょうね。それでなくとも共産主義というのは無神論・唯物論に立脚した思想ですから、『人間の尊厳』などというものは、(有るとしても)生きている間だけ、息をしている間だけ。死んでしまえば『ただの肉塊』『モノ』ですよ。『魂』という考え方が無いから、死者を手厚く葬る、などという考え方も元々無い。普通に死んでも大して丁重に葬られる訳でないのに、『死刑囚』として死んだなら当然墓など作られないでしょうな。(昔のポル・ポト派の映像、人間の死体をまるで土嚢か何かのように転がしたり蹴ったりしながら死体埋め用の穴に大量に放り込んでる映像を見たことのある人なら、ああいう体制下で『人間の尊厳』などあり得ないという事を分かると思います。)

でも、「処刑しました」などとは口が裂けても言えないから(^^;)、「95年の大水害で墓が流されて...」と北朝鮮は言ってるんですね。

他の拉致被害者も似たり寄ったりで、でっち上げ臭さぷんぷんですわね。
横田めぐみさんは「鬱病による自殺」だそうですが、娘(←当時はまだかなり小さかったはず)がいるのに、娘を残して簡単に自殺なんてしますかね

他にも「交通事故」で死亡したとされる人が2人もいますが、首都・平壌でさえ自動車の大して走っていない北朝鮮国内で、どこでどうやって交通事故に巻き込まれるのか、かなり不思議です。\(^o^)/

こう見てくるとどれもこれも信用なりませんなぁ。被害者家族が「こんな発表を鵜呑みにできる訳が無い。政府はもっとちゃんとした対応を北朝鮮から引き出してくれ」と言うのは、当り前、至極尤もだと思いますよ。

今回の一連の騒動(?)の中で、今まで「(北朝鮮による拉致として)政府非認定」だったけれども、当時の工作員の証言などから、「北による拉致の可能性濃厚」とされる数件が改めて注目されてますし、結局の所、「対北朝鮮政策」としては、一体、この30年近く、日本政府は何をやってきたんですかね?
国交が無い国だから接触自体が困難?北朝鮮と直接国交が無くても、北朝鮮に大きな影響力を持つ中国とは30年前から国交が有るじゃないの。中国を仲介役として交渉するとか、方法はいくらでもあったはず。結局、国の怠慢ですわな。
「国民の生命・財産を守る」事、「国土を保全する」事が、「国」の最大の仕事(そしてそれを前提にすればこそ、国民は税金を払っている)なのに、それを全くやってこなかった。そういう事になりますね。(「国土保全」に関しては、対ソ連、対ロシア交渉で、いいように振り回されてるのを見れば...ね(^^;))

政治家も役人も、この機会に「自分達の仕事とは何ぞや?」という事を改めて考えてみてほしいもんです。(←まるで小学生に言ってきかせるみたいな言い方だけど、実際、連中には小学生程度の思考もできない輩が多いんだからしゃーないわな。\(^o^)/)
◎ 2002.10/06 - 既に3日ほど前のニュースですけど。埼玉県本庄市の保険金殺人・詐欺事件の主犯とされる八木茂被告に死刑判決が出ましたね。地裁レベルとは言え、審理開始から1年半での判決は異例の早さだそうです。

まぁ、この事件に関しては、共犯とされる3人の女性に各々無期懲役、懲役15年、懲役12年の刑が確定してますからね。これで主犯が無罪、なんていう判決が出たら、これこそ驚愕の判決になってしまいますけどね。(^^;)でも、3人の女性受刑者と八木茂被告とでは、公判は分離して行われてきたし、裁判の独立性から言えば、どんな判決が出ても不思議でない訳で、取り敢えず、まともな判断をしてくれた(と言える)判決で良かったですよ。

それにしてもこの八木茂といい、和歌山毒カレーの林真須美といい、「多額の保険金を掛けて人を殺す」連中には、心底、胸くそ悪さを覚えるね。最近よくある、プッツン系の短絡的な殺人やいじめ系の殺人も勿論胸くそ悪くなるけど、また別の胸くそ悪さがあります。

特に八木茂は、裁判官がいみじくも「存在そのものが社会悪」とまで言い切った位(^^;)ですから、本当に胸くその悪い男です。「愛人をそそのかし自らは殆ど手を汚す事なく」人を殺してきたのは、きっと真実でしょう。真実かどうかを調べるのは僕の仕事じゃないので、それは裁判関係者にお任せしますけどね。(^^;)

八木は3人の愛人とは違って予想通り控訴しましたね。高裁でどういう判決が出ようが最高裁まで行くと思えますが、こういう「本人完全否認」の重大事件の裁判は「無罪」か「極刑」しかないでしょうね。中間的な判決はあり得ないでしょう。
何故なら「本人が完全否認している」のを
T.「本当に無実だから否認している」
と見るか
U.「認めたら極刑確実だから罪を逃れる為に否認しているだけで、反省の色無し、改悛の情無し」
と見るかの二つに一つですからね。

いずれであっても、裁判をスピードアップする事は悪い事では無いので(←但しそれによって審理内容が手抜きになるなら問題だけど、実際従来の裁判は(主に手続き的な事で)時間ばっかだらだら掛けて、内容的には実は大した審理をしていないのが大多数なので、スピードアップしても「内容の手抜き」が問題になる事はまず無いでしょう)、高裁・最高裁でもスピーディに結論を出してもらいたいと願います。

極刑に処すべき奴はさっさと極刑に処しましょうや。\(^o^)/
◎ 2002.10/13 - この時期にWEBページを更新するとなればこの話題はやはり避けて通れませんな。(^^;)そう、日本で初めて「同年複数人受賞」となったノーベル賞です。これで3年連続でもあるんですね。00年の白川英樹・筑波大名誉教授、01年の野依良治・名古屋大教授に続いて、今年は小柴昌俊・東大名誉教授と田中耕一・島津製作所主任ですか。特に、田中耕一さんのほうは「日本人受賞者で初のサラリーマン」とか「(日本の)科学系受賞者で初の『博士号を持たない』人」などの枕詞に話題性があるので、一躍マスコミの寵児になってしまった感があります。

あのシャイな、しかし頑固そうな顔立ちと言い、一研究者として現場で研究を続ける為に昇進するのを嫌った、というエピソードと言い、いかにも研究者然としたあの風貌と人柄は、私でなくとも好感を持つ人が多いでしょう。マスコミは明るい話題に飢えてたはずですし、しばらくはこの騒動続くかも知れませんね。(お陰で、割を食ってマスコミへの露出頻度がどうしても少なく見える小柴氏が若干気の毒かも。ニュートリノを世界で初めて捕らえ、量子天文学という分野を切り開いた、という業績から言えば、田中氏に優るとも劣らないのですけど。どうしても話題性で負けてしまいますからね。(^^;))田中耕一さんが、平穏な日々を早く取り戻せるよう、願っております。(^^;)

個人的な事を言えば。この田中耕一さん、生年月日を見てみたら、1959年8月となっていますので、私と同学年なんですよね。う〜む。同い年ですか。嬉しくもあり、翻って我が身を比べれば情けなくもあり、ですね。(^^;)ただ、いずれにしても、民間企業の一研究員であってもノーベル賞受賞はあり得る、という事を日本人に認識させたのは、大きな事だと思いますね。(外国人の場合、大学教授でも博士でもない人のノーベル賞受賞の例は過去にありますが。)本来、普通にあり得るべき事ですからね。

それにしても、ノーベル賞というのも不思議な賞でして。私の印象では、ですが。
今回の小柴昌俊氏にしても、カミオカンデやスーパーカミオカンデでの実績から、15年ほど前から「今年こそ受賞確実」と、ずっと言われ続けていたらしいですね。そして小柴氏の場合はやっと本当に受賞できた訳ですけれど。

話が少し逸れますが、思い起こせば、作家の故・井上靖氏も、1970年代頃から、亡くなる(1991年頃でしたっけ)直前まで、毎年のように「ノーベル文学賞受賞候補筆頭」と言われ続けてましたもんね。結局、受賞する事のないまま、亡くなりましたが。この辺の、「受賞確実」とか「受賞候補筆頭」とか言う噂(?)が一体どこから出てるのか、というのが、僕にとっては未だに謎です。(^^;)

話が逸れたついでに更に書きますと。日本人の文学賞では川端康成氏、大江健三郎氏が受賞しておりますが、(個人的な好みの問題でしょうけど)「川端や大江が受賞できて、文体の格調高さ・完成度の高さ等からして数段上の井上靖が受賞できなかったのが不思議」と、僕は今でも思ってます。
まぁでも、言うても文学ですからね。科学と違って主観が全てを占める世界なので、誰が受賞できて誰が受賞できなくても、別に不思議でないと言えばそれまでですけどね。\(^o^)/
◎ 2002.10/13 - もう一つ、ノーベル賞に関して。ジミー・カーター・元米国大統領が平和賞に選ばれましたね。前々から思ってるんですが、この「ノーベル平和賞」って、必要なんですかね?と言うかどんな権威がありますの?(創設者アルフレッド・ノーベルは、ダイナマイト発明者なればこそ、それが戦争に使われるのを悲しんでいた、という説は確かにあるようですが。)医学・生理学賞、化学賞、物理学賞等の賞は(客観的に選びようのない文学賞は別として)「オリジナリティ最重視」でかなり客観的に選考していると思いますが、平和賞って、単なる政治的道具でしかないように見えるのは僕だけですかね?
しかも今回のカーター氏の受賞については、選考委員自身が「今のブッシュ政権の姿勢に対する批判のメッセージでもある」と、堂々と(?)政治的意図がある事を認めてる位ですからね。(^^;)

今回受賞したカーターなんて、大統領在任中の1979年にイランでアメリカ大使館占拠事件が起きて、それを1年間も解決できなかったヘタレの極みのような大統領でしょ。あれでアメリカの権威は地に墜ち、ソ連(当時)なんかから馬鹿にされる始末だった訳ですからね。大統領を退任した後、米国特使として北朝鮮やイラクを訪問したり、「国際社会の平和的対話に貢献した」のが受賞理由だそうですが、そういう事は大統領の時にやってほしかったわな。\(^o^)/少なくとも、大統領自身が(仮想)敵国を訪問するのが無理でも、それこそニクソン大統領時代のキッシンジャー特別補佐官が中国を電撃的に訪問したみたいに、名代を遣わす事はできたはずでしょう。
現職大統領の時に、イランに特使を派遣する事も、武力攻撃(←日本人はとかく「武力攻撃」というとイコール悪、と決めつける傾向がありますが、大使館敷地内は「自国の領土」と同じ扱いです。自国の領土を他国の武装勢力に踏みにじられて、何もしない馬鹿な国家がありますか?「まず対話をすべきだ」という人も時々居ますが、「武装勢力」が、「平和的対話」に応じると思いますか?)に踏み切る事もなかなか決断できず、1年間もイスラム原理主義派に好き勝手やらせてしまい、その結果、現在にまで連なる「イスラム原理主義運動」を勢いづけさせてしまったカーターの罪は非常に重い、と僕は思っています。その人が平和賞?う〜みゅ。何とも的外れな気がしますがねぇ。

もののついでなので過去の受賞者について考えてみますと。
イスラエルのベギン首相とエジプトのサダト大統領が同時受賞した年(1978年)がありました。イスラエルとアラブ側のリーダー的存在・エジプトとの間で和平を推進し、以て中東和平に大きく貢献したから、という理由でした。
更に、中東関係で言えば、1994年にも、イスラエルのラビン首相&ペレス外相とパレスチナのアラファト議長が同時受賞しています。これもイスラエルとパレスチナの和平に努力したから、という理由でした。
その中東情勢は、今、1978年頃や1994年頃より、良くなっているでしょうか

別に、今の中東情勢が悪いのは、かつてのベギン首相(故人)やサダト大統領(故人)のせいでは無いし、ラビン首相(故人)やアラファト議長のせいでも無いでしょう。けれど、少なくとも、ノーベル平和賞というものの意義や権威については、疑問を抱かせるに充分ですよね。

更についでに書けば。過去の平和賞受賞者で、僕がある程度納得できたのは、マザー・テレサと『国境なき医師団』位なんですよね。日本人でも一人(佐藤栄作・元首相)受賞してますが、理由がさっぱり分かりません。(沖縄返還の功労?)お隣韓国でも、金大中大統領が00年に受賞してますが、これもさっぱり理由が分かりません。(南北対話推進?しかし、一度平壌を訪れただけであり、南北統一へはまだ遙かに道遠いと思えますが...)この程度で平和賞がもらえるなら、日本と北朝鮮との国交回復交渉に道を開いた(→これは極東アジアの安定に大きく寄与する)小泉純一郎首相と金正日総書記の両名は、間違いなく来年の平和賞受賞者でしょう。\(^o^)/(←いちおー念の為に書いときますが、皮肉ですからね、これ。(^^;))

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