タンチョウサンクチュアリセミナー


 開館期間中のイベントとして毎月1回タンチョウサンクチュアリセミナーと題して、専門家を招き、セミナーを開催しています。
 大変ご好評をいただいておりましたが、2004年度以降は実施していません。

*2003年度タンチョウサンクチュアリセミナーのご報告*

10月26日(日) 「タンチョウの住宅難を解消しよう!」
12月7日(日) 「オオワシの繁殖地が危ない!」
1月11日(日) 「病気から解き明かされるタンチョウの謎 〜コクシジウム症の話〜」
2月28日(土) 「タンチョウの事故を考える」
3月20日(土) 「国後島の自然保護区」


10月26日(日) 「タンチョウの住宅難を解消しよう!」
講師:原田 修(当サンクチュアリチーフレンジャー)

釧路湿原は野生生物の重要な生息環境
 日本で一番の広さ(約19,000ha)を持つ釧路湿原。そこに暮らす生き物は植物が約600種、哺乳類が26種、両生類4種、爬虫類4種、魚類35種、昆虫は1,150種にのぼります。この中には氷河時代の遺存種といわれるクシロハナシノブ、キタサンショウウオ、イイジマルリボシヤンマや、国内レッドデータブックで絶滅危惧種のイトウも含まれています。鳥類は170種でタンチョウをはじめオジロワシ、シマアオジなど国内でも有数の貴重種が繁殖しています。釧路湿原が野生生物の宝庫といわれる所以です。

釧路湿原の環境変化
 釧路湿原は航空写真や衛星画像の解析により、1947年から1996年にかけての50年で、湿原面積は約25,000haから約19,000haと全体の2割以上が減少し、ヨシ原は4割強の約10,000haが減少、一方でハンノキ林の面積は2,000haから7,000haと3.5倍に増えていることが明らかになりました。これは農地造成などの直接的な湿原の開発とともに、河川の直線化、周辺の森林伐採により河川を通じて土砂や栄養分が流入した結果、ハンノキが増えた可能性が高いと考えられています。

 湿原の減少や富栄養化、乾燥化により、(1)タンチョウやキタサンショウウオ、イトウなどの生息環境の悪化、(2)湿原の多様な機能(保水、水質浄化、洪水調整など)の低下、(3)国立公園としての風景の劣化、などの問題点が指摘されています。

タンチョウの営巣が途絶えた保護区で営巣環境復元 → 8年ぶりに再営巣
 釧路湿原の上流部で野鳥の会がタンチョウの繁殖環境を確保するために購入・設置した温根内早瀬野鳥保護区(鶴居村温根内。約20ha)では、1993年まで1つがいのタンチョウが営巣していましたが、1994年以降営巣しなくなりました。開けたヨシ原に巣を作るタンチョウにとり、ハンノキ林の繁茂によるヨシ原の減少が大きな制限要因と考えられました。

 そこで鶴居・伊藤タンチョウサンクチュアリでは、ハンノキを除去しヨシ原を復元する実験を1999年より始めました。多くのボランティアの協力を得てハンノキ伐採と植生調査を行い、4年間で約5,000uのヨシ原が復元されました。この結果、2002年には8年ぶりにこの場所でタンチョウが再営巣し、翌年も2羽の幼鳥が生まれたことが確認できました。

釧路湿原は自然再生の壮大な実験場に
 環境省では釧路湿原周辺部の5ヶ所を自然再生の実験事業地として、2002年より2ヶ所で調査、ハンノキ伐採、表土はぎ取り、集水域での植樹などを開始しました。国土交通省もハンノキ林繁茂地域で人工的に水位を上昇させて影響を調べたり、釧路川の一部の蛇行復元について、関係者と協議しています。釧路湿原は今や自然再生の壮大な実験場です。

 2003年4月に自然再生推進法が施行され、今後は地元NPO、自治体、関係各省が連携して様々な事業に取り組むことになりました。環境省によれば、「ものを造る従来の公共事業から、人為による悪影響を取り除くことで自然本来の回復力を手助けする形となることを目指す」そうです。私たちには、新たな自然破壊を引き起こさずに、少しでも良い形で釧路湿原の環境が保全されるよう、様々な形でこの再生事業に関わっていくことが求められています。

この取り組みに関する詳細は →→→ こちら



12月7日(日) 「オオワシの繁殖地が危ない!」
講師:北海道野生生物保護公社 研究員(獣医師) 渡辺 有希子氏
 オオワシは、主に極東ロシアで繁殖しており北海道には越冬のために渡ってきます。希少種であるオオワシの調査を行おうと、2000年から繁殖地であるロシアと越冬地である日本での「日露共同オオワシ調査」が始まりました。調査内容はサハリンの繁殖状況調査や発信器の追跡による行動調査が中心となります。

 サハリンは南北950kmにわたる島で、湿原や川が豊富であり、生き物たちの宝庫と言えると思います。しかしサハリンでの暮らしは、食料品が豊富に販売されているわけではなく、自分たちが食べる野菜類は自分たちで作ったり、牛を飼ったりといった自給自足に近い生活となっています
講師の渡辺有希子氏

 オオワシの調査地は、ノグリギの町の北部と南部に位置する湾や河川です。湾は浅く、魚も多く見られました。それほど機敏でないオオワシにとっては、狩りのしやすい環境と言えます。調査地周辺では多くのオオワシの営巣が確認されています。オオワシは、その周辺でもっとも太いグイマツの樹上を選んで営巣しており、いくつか代替えの巣を持ち、その年の条件にあった巣を使っています。巣は非常に大きく直径2m以上になるものもあります。

 1回の産卵でたいてい2個の卵を産みますが、マガダン地方など餌環境の整ったところでは、3個産んだ例もあります。抱卵中から孵化直後にかけては、親の警戒心が強いのですが、私達が調査をする時期は巣立ち間際のため親の警戒心も薄く、巣の中のヒナを捕まえても攻撃してくることはありません。また、ヒナ自身もあまり攻撃してきません。
オオワシの巣(巣の上に人が乗っても大丈夫) これ以降の写真提供/日露オオワシ調査団

 調査は、巣の中のヒナを捕まえて、体長などの測定などを済ませ、発信器をつけて巣に戻すという手順です。この発信器を装着し追跡調査を行うことで、サハリンで生まれたほとんどの個体が冬になると北海道に渡ってきていることがわかりました。
オオワシのヒナ(背中に発信器が装着されています)

 近年、調査地周辺での開発の影響が懸念される状況が目につくようになりました。まずは年間100件以上も起きている火災の影響で、広範囲の森林が失われています。この火災の原因は人災(釣り人の火の不始末など)との見方が強いようです。
火災によって焼け野原となった森林

 また石油、天然ガスの採掘および開発による環境破壊の問題は深刻です。森林は伐採、分断され、湿原が剥ぎ取られ、土砂が川や湿原に流れ込んでいます。サハリンでは、現在すでにサハリンTとUの2つの開発が進められていますが、サハリン\までの開発計画があります。
湿原のすぐ脇まで開発が及んでいます


 
この開発には、アメリカや日本など先進国が資金提供しています。開発にあたっては、事前調査なども行い、オオワシやその他野生生物への影響がないか調べられていることになっています。しかし、その内容は事実と大きく食い違う部分が多く、明らかに開発ありきであることが伺えます。住民や自然保護団体から、調査結果のおかしい点などを指摘し、再調査などの要望を出していますが、開発側は重い腰を上げないという現状です。

 開発がすべて悪いと言っているわけではなく、きちんとプロセスを踏み、その影響を客観的に評価し、影響を最小限に抑える努力をすることは最低限必要なことではないでしょうか。現行の開発のやり方では、広大な湿原や森林が失われ、希少野生生物をはじめとする多くの生物が窮地に追いやられてしまいます。

 
ここで開発されて得られる石油や天然ガスは、パイプラインを通して日本にも送られてくる予定です。油流出事故の危険性だけではなく、我々日本も融資を行い環境破壊に加担してしまっていることを認識し、問題改善を求めるべきだと思います。オオワシに代表されるサハリンと日本を行き来する野生生物は、両国の共有財産であり、ともに守っていく義務があるはずです。


1月11日(日)
 「病気から解き明かされるタンチョウの謎 〜コクシジウム症の話〜」

講師:阿寒国際ツルセンター 研究員(獣医師) 渡辺ユキ氏

 一昨年に発覚したタンチョウの伝染病「コクシジウム症」について、阿寒国際ツルセンターの渡辺ユキ氏にお話しいただきました。

 コクシジウムとは、原虫と呼ばれる単細胞の寄生虫の一種で、伝染する病原体でもあります。たいていの動物(人にも牛にも鳥にも魚にもミミズにも!)に寄生しています。一口にコクシジウムといっても種類は数え切れないほどあり、宿主によってそれぞれ種類が違います。体内にいるコクシジウムがオーシストと呼ばれる卵のようなもの作り、便とともに体外に排出され、それを食べることで感染していきます。普通は違う動物の体内に入っても、影響はありません。
ツルコクシジウムのオーシスト(これ以降の写真および画像の提供/渡辺ユキ氏)

 通常はオーシストが腸の中で発育し、膨大に増えていくことで、下痢などの症状を引き起こします。しかし、ツルのコクシジウムは腸をはじめとする脳以外のあらゆる臓器に入り込むという珍しい習性を持っています。下痢に始まり、肺炎や肝炎を起こし、最終的には多臓器不全になって死んでしまいます。
便に混じる大量のオーシスト

 今回、コクシジウム症が発覚したのは飼育施設でのことでしたが、その後野外のタンチョウの便を調べたところ約2割から5割の糞でオーシストが検出されました。しかし、オーシストを食べたとしても、すべての個体が発症するわけではありません。一定量以上のオーシストを食べたり、体の弱っている個体やヒナが食べたりすると発症する可能性が高まります。
ツルコクシジウムの生活環

 一方、治療法が確立していないころの飼育施設では、ほとんどのヒナがこの病気によって死んだ記録が残っています。現在でも、道外の飼育施設では半数以上のヒナが死んでいる場合もあり、深刻な病気であることは間違いありません。コクシジウム症が発症する条件は、過密な生息状況(オーシストの含まれる便の密度も高くなる)であること、暖かく湿った場所(オーシストが感染力を持ちやすい)であることが挙げられます。逆に言うと、広い場所で低温、乾燥していると発症しにくいということになります。つまり、道東地方のタンチョウの生息環境は、発症しにくい条件が揃っているということになります。
下痢 ぐったいりしています
コクシジウム症に感染したタンチョウの幼鳥

 
今回のコクシジウム症の発生により、以前から指摘されていた越冬地での集中化などの条件から、伝染病として急速な蔓延を不安視する声もありました。確かに給餌場は過密な状態と言え、危険はあるでしょう。しかし幸い、今のところそれは最低限に押さえられています。なぜなら、道東地方は気温が低く、冬にコクシジウムが感染するのは難しい状況だからです。一方、繁殖地である湿原では、広いなわばりの中でオーシストの濃度は薄まりますし、豊富な水が天然の水洗トイレの役割も果たしてくれています。このようにコクシジウム症を予防するには、薬などによる治療よりも何よりも、生息環境である広大な湿原を守ることがいちばんの予防策と言えるでしょう。

 寄生虫は本来、宿主と共生しなければ自分の身を守れません。基本的には、タンチョウとコクシジウムはもともと上手に共生していたのではないでしょうか。しかし、生息環境などの変化によりそのバランスが崩れると、伝染病となって広がる危険性は十分にあります。

 これまでの人間によってもたらされた環境の変化から、野生動物や生態系に対して様々な負の影響が生じていますが、タンチョウのコクシジウム症の危険性も、そういった問題の一つです。タンチョウがこの道東地方に生き残った理由のひとつに、この怖い寄生虫とうまく共生できる仕組みがあったと言えるのではないでしょうか。このような目に見えない自然の仕組みの複雑さに畏敬の念を覚え、人間の考えや都合だけでタンチョウの生息する場所を決めてはいけないのだと改めて感じました。

 世界でも数少ない、大型の鳥類と人間がうまく折り合って暮らせているこの道東の地では、これからもそのことに誇りを持って、皆で知恵を出し合い湿原を大切に守り、タンチョウと人がともに暮らす環境を残していくことができるといいなあと思っています。

2月28日(土) 「タンチョウの事故を考える」
講師:釧路市動物園 学芸員 井上雅子氏

 タンチョウの死体やケガをした個体の収容先でもある釧路市動物園の学芸員の井上雅子氏にタンチョウの事故の現状をお話しいただき、参加者と一緒にタンチョウの事故について考えました。

 ここ数年、タンチョウの事故が多発していると言われていますが、実は1960年〜70年代にかけて非常に多い時期がありました。このためにタンチョウの生息数が伸び悩みました。この時期は、高度成長期にあたり越冬地(給餌場)周辺の環境が急激に変わってきた時期で、電線接触に起因する事故が増加したものです。1970年代前半の3年間、タンチョウの死亡個体を帯広動物園まで搬送して死体解剖が行われ、こうした死因究明の必要性が認識されました。一方、北海道電力では事故防止のために電線標識を装着し、努力のかいあって、1980年代に入ってからようやく事故の増加に歯止めがかかりました。

 釧路市動物園では1975年に開園後、1976年から収容事業が始まり、これまで28年間に293羽のタンチョウを収容しています。収容状況としては、幼鳥の割合が約30%を占めます。生息数全体に占める幼鳥の割合は約10%前後ですので、収容される割合はおよそ3倍ということになります。3歳未満の若い個体の収容となると半数近くを占めるので、若い個体ほど死亡したり、ケガをしたりする確率が高いということになります。

 収容時期としては9月から12月までの期間がもっとも多く、この時期は越冬地周辺でデントコーンの刈り取りが行われる時期とほぼ一致しています。そのためタンチョウが、牧草地や人家周辺にやってくるために事故が起こりやすくなるものと思われます。1月以降になると収容個体が極端に減る傾向があり、積雪後は電線が目立つようになることや幼鳥の飛翔能力が高くなるためではないかと考えています。

 収容数に占める衝突事故の割合は約80%、そのうちの3割が電線衝突事故と考えてよいでしょう。また近年は列車や車との衝突事故の割合が高くなっていく傾向が見られます。国道沿いや線路沿いなどで行動をするタンチョウが増えてきていることがひとつの原因と思われます。

 地域別に見ると、鶴居村での収容先が圧倒的に多くなっています。これは大きな給餌場が2ヶ所あり越冬期にはタンチョウ生息数全体の約60%が集まってくること、また地域の住民や観光客の目が多く発見率が高いこによるのでしょう。また国道44号線を有する根室市、浜中町、厚岸町では自動車事故が、線路を有する音別町、標茶町、厚岸町では、列車事故の割合が高くなっています。

 2002年、2003年と事故による収容数が増え、中でも依然として電線衝突の割合が高いことから、北海道電力による電線標識装着を2003年に700ヶ所で実施しました。新規設置の他、年数が経過したことで劣化した標識の付け替えも行われました。

 列車事故に関しては、その発生場所がほぼ決まっており、その周辺では列車を減速するようJRにも依頼していますが、なかなか徹底できていないのが現状です。また線路付近で給餌されている場所もあり、給餌場所についても検討が必要でしょう。

 現状では、生きた状態で収容されるのは収容総数の約1/3にあたる102羽で、収容後1年以上生き残った個体はわずか20羽、このうち7羽が2001年以降に収容されたもので、最近は生存率が上がっています。また標識鳥の収容はこれまで27羽で、すでに死んだと思われる標識鳥(2年以上どこでも姿が確認されていない個体)110羽前後に対し、回収率約25%ということになりました。

 今後の課題としては、回収率の向上、事故現場の検証、事故発生の内因調査(環境汚染などの影響の把握)、早期発見による生存率の上昇にくわえ、抜本的な対策として人馴れの防止策、営巣地の保全と拡大、放鳥できない個体の活用が挙げられます。特に回収率の上昇、早期発見については一般の方々の協力が必要不可欠となりますので、今後も皆さんの協力をお願いするとともに、この場でタンチョウの事故防止のための意見交換をしたいと思います。

参加者からの質問(一部)
Q ケガをしているタンチョウをみつけたらどうしたらよいのか?

A 状況判断がとても大切で、やり方を間違えれば自体を悪化させることもあります。また、捕獲は危険を伴いますので、まずその地域の役場に連絡してください。サンクチュアリに連絡しても対応できます。

Q 列車事故の発生は防げないものか?

A もっとも効果的な対策は、線路にタンチョウが侵入させないことです。しかし現状ではその周辺で営巣していたり、近くに給餌場があったりします。繁殖期は線路脇の草むらが良い採餌場となっています。人間側の配慮を徹底させるしかありません。運転手によっては、タンチョウの侵入機会の多い場所では減速してくれる方もいますが、全員に徹底させることは簡単ではありません。一方、越冬地では、その周辺での給餌場所を検討する必要があるでしょう。線路周辺にタンチョウが生息する以上、線路内にだけ侵入をさせないという方法はないと思います。

Q タンチョウだけを守ると他の生き物にも大きな影響が出るのではないか? 例えば魚類やカエル、ニホンザリガニ、サンショウウオなどの希少種も多くいるが、それがタンチョウに他寝られてしまうことについてはどう考えるか?

A タンチョウを保護するということは、タンチョウだけ守ればよいということではありません。タンチョウが暮らしている湿原とその生態系全体を守ることが重要であり、そのためのシンボルとして「タンチョウ」をうまく利用してはどうかと思っています。つまり「サンショウウオを守ろう」と言うよりも「タンチョウを守ろう」と言った方が一般の方々には受け入れやすいですし、わかりやすいと思われるからです。

 タンチョウは、湿地に生きる生物相の頂点にいるので、その環境をよく反映します。タンチョウが健全に生きることのできる湿地は、湿地自体が健全であるということを意味し、生命のゆりかごとしての湿地の保全は地球規模から見てもとても重要です。

 30年近いタンチョウの保護収容事業から、ようやく少しずつ見えてきたものがあります。彼らをとりまく環境の変化をみなさんと共有しながら、これから私たちに何ができるのか一緒に考えていきたいと思っています。



3月20日(土) 「国後島の自然保護区」

講師:環境省東北海道地区自然保護事務所自然保護官(当時) 柳川智巳氏

 2003年度国後島生態系専門家交流訪問団調査に事務局として参加した柳川智巳氏に、国後島の自然保護区について美しいスライドを交えながらご紹介いただきました。
柳川智巳氏(左)

 国後島生態系専門家交流とは「ビザなし交流」の一環で、生態調査と環境教育を実施しました。生態調査はほ乳類、鳥類、魚類、植物などの生態調査を行い、国後島の生態系とその保全について、四島側専門家と意見交換を行うことを目的としています。環境教育は、現地住民を対象に身近な魚類を素材にしたプログラムを実施することで、野生動物を通して交流と友好を深め、相互信頼の進展を目指し、北方領土問題解決に向けた環境作りに資することを目的としています。調査団はロシア側のレンジャーを含めて総勢50明となり、陸上班と海上班にほぼ2分して実施しました。

 国後島は総面積約1,500kuで、鶴居村、釧路市、阿寒町をあわせた面積とほぼ一致します。エゾマツ、トドマツなどの針葉樹林が主体で、ミズナラ、ハルニレなどの広葉樹林は島南部にのみ分布します。面積の約半分が国立クリリスキー自然保護区に指定されており、厳しい開発規制がなされています。人口は約4,100人で、主産業は漁業と水産加工業となっています。

 自然保護区の特徴は、特に開発規制の厳しいコアエリア、緩衝地帯となるバッファーエリアの他、日本には設定例のない海面禁漁区も指定されています。陸上班の調査は、島中南部に位置する古釜布(ふるかまっぷ)、東沸(とうふつ)湖周辺、島北部のチャーチンカ・セオイ地域、島北東部のビロク湖周辺で行われました。

 古釜布の町の北側に湿原が広がり、海岸砂丘にはアカエゾマツの林が形成されている箇所もありました。この地形は極めて特異で、世界的にも根室市の春国岱とここでしか見ることができません。

 また古釜布では、地元の子どもたちを対象に、魚をとる楽しみや海や川の往来をする魚の生態などを解説する環境教育プログラムが実施されました。日本から持ってきた胴長とタモ網を子どもたちに手渡し、実際に川で魚をとってもらいました。魚採りが上手な子どももいて、15分で10匹以上のアメマスやカジカをとった子どももいました。自分たちのとった魚を手にした子どもたちの、爽やかな笑顔が印象的でした。
環境教育プログラム実施の模様
(写真提供/環境省)

 東沸湖周辺は湿原から丘陵地へつながる植生が良好な状態で保全されていました。特にヒグマの餌資源となるフキやミズバショウ、セリ科の高径草本が多く生息していることから、ヒグマの食痕が調査中に100ヶ所以上確認されました。湖周辺の湿原では、ヤチヤナギ、フトイ、ミツガシワなどの群落が見られました。特にミツガシワは、道東ではエゾシカの食害により減少傾向が見られる中、国後島にはシカがいないため今でも良好な群落が維持されているものと思われます。
湖周辺の湿原のミツガシワの大群落
(写真提供/環境省)

 チャーチンカ・セオイ地域は自然保護区のコアエリア内にあり、2000年の調査でシマフクロウの生息密度が高かったセオイ川では、少なくとも1つがいのシマフクロウが生息していることが確認され、北海道ではまだ繁殖例のないオオバヤナギを営巣木として利用していました。セイオ川周辺では、営巣木として利用できると思われる木を3本確認しました。セオイ川流域の河畔林や丘陵林は良好な状態でしたが、現在の営巣木が倒れたあとの営巣木となるべき大木があまり存在しないという課題も見られました。
シマフクロウが営巣木として
利用していたオオバヤナギの木
(写真提供/環境省)

 ビロク湖周辺は、コアエリアとバッファーエリアとなっており、森林は少なく海岸草原が占有しています。日本の調査団が調査するのは初めてのことです。海沿いの岩場ではエトピリカなどの海鳥が生息しています。海岸ではハマボウフウの群落、西ビロク湖ではアマモの大群落が見られました。
ハマボウフウの群落
(写真提供/環境省)

 今回の調査では、ヒグマは高密度で生息しており、春から秋の主要な食物となるフキやセリ科草本は島全域に豊富に分布していました。ミズナラ、サルナシなどの資源量が少ないものの、秋期に大量に遡上するサケマスが各種の果実類の不足を補っているものと思われます。一方、シカが生息しないことから植物の多様性が保たれているものと思われます。シマフクロウをはじめとする鳥類の生息密度は高く、シマフクロウは自然の餌のみで生息しています。魚類では、サケ科の魚類が特に多く、1960年代の知床と同等かそれ以上の生息数と推測されます。一方、過去に生息していたと思われるサクラマスは非常に少なく、イトウは確認できませんでした。

 尚、タンチョウは、以前の調査で島南端のケムライ地区で生息が確認され、標識追跡調査により国後島の繁殖個体が日本で越冬していることもわかっていますが、現在の生息状況は不明です。

 国後島の自然環境は、自然保護区制度が効果的に機能しており、また極東に位置することから比較的開発圧も低く、自然環境が良好な状態で現存していると言えます。また、北海道の失われた原生自然環境が残っているという点からも極めて重要な存在と言えます。

 一方、密猟(特にヒグマ)の横行、自然保護官の人員不足(現在わずか3名)、バッファーエリアでの金鉱採掘や森林伐採による開発などの問題点もあり、現在の状態を保つための対策も必要と思われます。

2002年度のサンクチュアリセミナーの記録

2001年度サンクチュアリセミナーの記録

サンクチュアリセミナーに関するお問い合わせやご意見
tancho_sanc@wbsj.org
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