齋藤瀏
『悪童記』より
 私は牧水と小石川三軒町太田水穂氏の家で會った事はあるが、膝を交へて談つた事はなく、歌を通して知つて居るばかりであったが、(以下略)

若山牧水から初めて届いた手紙
大正15年8月8日付け
拝啓 先づ斯く突然お驚かし申します失禮を深くお詫び申します 實はおもひがけなきことにて或るお願ひごとを申し上ぐるのであります 今回或る必要に迫られ御地方に於いて小生の揮毫品頒布會を催ほすことに相成りました ところが小生いまだ北海道を知らず親しく顔を合わせといふ知人とてありません たゞ僅かに歌の道に携はつて居らるゝ人々をたよつてこのことを行はうといふのであります 誠に突然にてあつかましきお願ですからこの無理なる企てに對し御援助下さいませんか いづれはお目にかゝつて申上げますけれど右の事を思ひ立ちますと同時にとりあへず手紙にてお願ひ申します次第です いづれ詳しきことは札幌市南五西十一、谷口波人君より申上ぐることと存じます 
 この催しはまこと苦しき催しにて考へても苦痛ですが北海道に参りますこととあなたへお目にかゝりますことは少なからぬ樂しみであるのです 九月中旬頃参ることにならうとおもはれます 
 たいへん失禮ですが右勝手なるお願ひのみ申上げました
  八月八日                  若山 牧水
 齋藤 瀏 様



以降、8月16日、8月27日、9月3日、9月20日、9月28日と来信
齋藤瀏は、師団の秋季演習も間近であり気がかりだったが、
牧水夫妻には官舎に来て泊まるよう勧めて返事を書き送った。


若山牧水の手紙
大正15年9月28日付けの追伸として
なほお言葉に甘え御宅に御厄介になりましてもよろしうございませうか 甚だ厄介なる人間でこざいますが酒を毎日一升平均いたゞきます これは朝大きな徳利のまゝ小生の側にいただきおきこれを適宜に一日中に配分して頂戴致します おさかなは香の物かトマト(生のまま鹽にてたべます)がありますれば充分でございます 食事の時もたいていさうしたものにて結構でございます 可笑しうございますが右申あげておきます

牧水の面目の躍如たるを覚えた 私はなつかしい思で牧水の来旭を待った(瀏)