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  理事からのメッセージ  

《INDEX》
・顧 問 平田 哲 政府戦後復興支援とボランティア組織NGOの活動

海外支援 NGOの自発性尊重して
・代表理事 藤野達也 ひとつの国のふたつの経済圏
・副代表理事 清家弘久 イラク攻撃を通して考えるNGO活動
・理 事 石中英司 グローバリゼーションがもたらすもの
・理 事/事務局長 榛木恵子 国際協力とNGO


  顧 問 平田 哲 【(特活)アジアボランティアセンター 所属】

What’sボランティア
政府戦後復興支援とボランティア組織NGOの活動

 米国が不条理に仕掛けた戦争の後始末に、いち早く「戦後復興支援」を表明した日本政府から、 復興支援の援助協力を呼びかけられた“非政府組織”NGOは「援助」と「戦争」のジレンマ に苦悩している。
 『人道援助』の一点からのみ見れば、政府の公的資金投入による援助であれ、 援助の手を差し伸べることを否定するものではない。しかし、NGOのあり方として果たして これでいいのか。
 民間の善意によって活動しているボランティア組織としては、NGOの自発性・自主性を 重んじ、世界の平和構築のため民間資金によって支援協力していくことの大切さ・草の根の 拡大を強調する。

理不尽なイラク戦争
 どう考えても理不尽なイラク戦争。多くの罪のない子どもや一般市民を殺戮した約三週間の 戦闘が鎮まろうとしている。イラク攻撃が始まってから、イラクの市民は傷ついて、安全な 水もなく、食糧もなく、医療の支援もなく、生命の危機を感じて生きている。ジュウタン爆撃 で家族を失った人々のうめきは想像に絶するものがある。私たちNGOは、このような状況の 下で、一日もはやく現場に飛んでいき、戦後復興に協力しなければならないとすれば、 内心忸怩(じくじ)たるものがある。

政府の復興支援に協力する矛盾
 しかし、ここで私たちは、この不条理な戦争について少し考える必要がある。アメリカ、 イギリスは表向き、「イラクの市民をフセイン政権の呪縛から自由に解放するため」と称して イラク国内に攻撃を仕掛けていった。しかし、本音のところはテロリストを温存するフセイン 政権の打倒であり、大量破壊兵器・生物化学兵器の破棄を徹底することであった。それが 絶えず「ヒューマン支援」を強調し、重要施設のみの重点爆撃といって攻撃の手を緩める ことなく、罪もない、尊い人間の生命を容赦なく奪っていったのである。
 世界の各地で良識ある市民は「戦争反対」の運動を起こした。イラクの首都バグダットでは 攻撃の標的になる街や地域で「人間の盾」として泊まり込んでいる者もいる。アメリカ、 イギリスでも「戦争反対」を唱える市民はたくさんいるのである。
 日本政府・小泉首相は、日本はアメリカの安保の傘の下にあるという理由で、この戦争を 支援すると強調した。だからといって戦後復興支援をいち早く表明し、立ち上げるための 予算措置を行うのはいかがなものか。そのうえ、広くNGOにも協力を呼びかけてきた。 「戦争反対」と言い続けてきた、民間の市民を核としたNGOが、戦後復興の支援に協力 するのは、何やら皮肉で不条理なものを感じざるをえない。
 NGOは民間の人々の善意によるボランティア運動によって支えられ、構成されている。 ボランティア運動は自発性・自主性を重んじ、100%政府の公的補助を受けて行なうもの ではない。そのうえ「戦争に賛成」した政府のお金で戦後復興のために政府の下請機関のよ うに仕事をするのはNGOのあり方であろうか。そもそも、NGOとは「non-govermental」 (非政府)を意味している。それがいつの間にか「near- govermental」(政府に近く) なってしまっているものもある。NGOは国境を越えた民衆の結束によって成立するもの である。「人道援助」のため、二度と戦争をしてはならないという決意を新たにしながら 市民の「人材と資金」を投入することが必要だ。

国境を越えた民衆の協力による国際援助
 国境を越えたボランティア運動は国際協力のため、世界の平和構築のために働くのである。 人類が平和共存するため、地球市民として隣人の生命を大切にするため、相互扶助の役割を 担っているのであって、国益のため、他国の武力行使を容認してまでするものではない。
 もっともボランティア運動としてのNGOは、民間の資金によって実施することが大切で ある。かりにODA(政府開発援助)の委託を受けた資金助成があっても、あくまでNGO の自立性を尊び、民間の資金とのマッチングギフトで行われることが重要なのだ。労働組合 も組合員の国際交流・協力活動への善意や思いを形にする活動を民間の草の根NGOと協力 して、世界平和のために貢献しよう。


「あけぼの」No.220 2003/5/10 より抜粋

  顧 問 平田 哲 【(特活)アジアボランティアセンター 所属】

海外支援 NGOの自発性尊重して

 今回のイラクの日本人人質事件で、NGOの活動が「自己責任」という言葉と絡めて何度も メディアで論じられた。その中には、NGO活動の担い手が無責任な行動をとっているかのよ うに批判する意見があったので反論したい。

 NGOの活動はもともと「国民」が「誰でも」「いつでも」「どこでも」国境を越えて行う 人道的支援活動である。したがって、きわめて「自発的・自主的」な個人の善意と良識を もつ地球市民として貧困、飢餓、難民、人権抑圧、環境破壊などの地球的規模の課題と 取り組むのである。
 例えば世界的なNGOのひとつである「国境なき医師団」は、人間の生命が危機的状況に あるとき、国家の枠組みを越えて、緊急に現場へ救援にいく。

 そこではNGOの担い手が自己の生命の危機に陥っても、本人自身は覚悟のうえである。 イラクの人質事件の場合も、個人としては自分で責任をとるつもりだったと思う。しかし、 「日本人」として人質にされ、もはや個人としての行動は許されなくなったのである。
 その理由は、日本の自衛隊派遣だった。犯行グループは、イラクの土地を侵略した上、 イスラム教徒の聖所であるモスクをミサイル攻撃して市民を虐殺した米軍に日本が協力した として怒っているのである。日本人はこのために捕らえられたのだった。

 命令されて行くのではなく、地球市民として助け合う人たちの自発性、自主性を政府は つぶしてはいけない。今回のような人質事件が起これば、国家として国民の安全保護のた めに尽力するのは当然である。危険地域に勝手に入ったのだから何かあったら自己責任、 と政府がいうのは不当といえよう。

 しかしながら、NGOが海外で活動をするとき、安全を確保するための方策を考えておかね ばならないのはいうまでもない。私たちが実行しているのは次の2点である。
まず、地震など大災害による緊急援助は別にして、現地のNGOなどとの協力関係を大切にする ことだ。日本のNGOが勝手に他の国に入りこんで活動するのではなく、現地で受け入れる カウンターパートを持ち、その要請を受けて行動している。
 アジアボランティアセンターは、インド、マーシャル諸島など6カ国で支援活動をしている。 アフガニスタンでは農村の学校教育基盤整備プロジェクトに参加し、女性と子どもの支援を 中心にする現地のNGO「スハダ・オーガニゼーション」の要望で、机付きいすなどを贈った。 センター会員がカブールの南にある学校を訪れたこともある。
 万一、危険が予想されるような事態になっても、現地のカウンターパートがあることが、 日本のNGOワーカーを保護してくれるのである。
 カウンターパートになるのは現地NGOに限らない。フィリピンの少数民族の村は、支援にくる 海外のカトリック神父を村ぐるみで守っていた。民間と民間のつながりは宗教を超えるのである。
 さらに、現地を訪れるときは宗教、民族、言語、生活習慣などをよく理解し、少なくとも 現地の言葉を駆使できるスタッフが同行することが望ましい。現地の社会や文化を理解する ことが、危険から身を守るうえでも、またNGOの安全な活動を貫徹するにも役立つことはいう までもない。


朝日新聞2004年5月19日「私の視点」より抜粋

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  副代表理事 清家弘久 【日本国際飢餓対策機構 所属】
イラク攻撃を通して考えるNGO活動

 アフガニスタン復興支援に関わっているものとして、今回のアメリカを中心とした 国々によるイラク攻撃後の復興支援は非常に難しいものであると感じています。
 今回は国連を無視した形で攻撃を行いましたので、戦後復興は国連の諸機関 (UNHCRやUNICEF)が全く関わらないで、アメリカのODAであるUSAID主体で行われ ています。一方的に攻撃を仕掛けておいて、戦後復興も国連には関わらせない暴挙 が平気で行われています。
 日本のNGOが米・英のイラク攻撃が開始されてまもなく、政府の支援金4億円を 使って難民救援の活動が行われると新聞報道がなされたときには、同じNGOの人間 として不条理を感じました。
 自己資金を使って難民救援を行うならばまだしも、攻撃を応援した日本政府のお金 を使って活動を行うことはNGOのNon Governmentalとは一体何であるのかを考え させられるのです。
 非政府組織として「地球市民益」を常に考え、たとえ政府から命令されても、その お金は使えないと断る勇気が市民運動に関わる者は持つべきであると考えます。

 故人になられた草地賢一先生(元関西NGO協議会副議長)が「やれと言われてもやら ないこと、やるなと言われてもやる、それがボランティア精神だ」とおっしゃられ ていました。
 有事法制、個人情報保護法案、イラク新法と次から次へと市民が巻き添えになる法 案が国会で審議されて施行されようとしています。
 こういったときにこそ、NGOは非政府組織として何を行い、何をしないかを明確に 示していくべきである。



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  代表理事 藤野達也 【(財)PHD協会 所属】
ひとつの国のふたつの経済圏

 この夏の出張は3回。2つ目にパプアニューギニアに出かける。かつて日本に招いた研修生 のその後を村に訪ねるフォローアップをスタディツアーの形式で行う。何で雨季に来るのかと 研修生から文句がでるが、参加者を集めるために夏休みに行う営業上の理由が大きい。

 成田から首都のポートモレスビー、そこから乗り換えてレイまで飛行機。一泊して、船で 目的地へ。海が荒れ、参加者の殆どが船酔い。村の3泊4日は11人が3つの班に分かれて 行動した。最後の日は快晴になったが、それまではずっと雨、車の通る道もぬかるみ、各所で 立ち往生。歩きも当然、苦労しての移動だが、かえってそれもいい経験。ただし、移動時間は 村人の倍はかかる。木、ヤシの葉、カヤでできた家でイロリを囲み、泊めてもらう。食事は主 にタロ、ヤム、サツマ芋。最近は米がだいぶ普及してきている。オカズは殆どスープのない インスタントラーメンに野菜や缶詰めを混ぜたものをよく出してくれる。アジアの料理に較 べると質素。異文化を感じる要素は多い。

 何度目かの訪問になるが、今回は町と村の経済圏の違いを強く感じた。 町の多くの商品が輸入品である。
 ここは総じて物価は高い。軽い外食が10K(キナ)(1K≒40円)、コーラ1缶1.5K、 タバコ1箱9K、タクシー1時間30Kというように町ではお金がかかる。
 ところが村に入ると一転。多くの人々が自給自足に近い形で生活しているが、それでも 子どもの教育や医療にお金が必要になってきている。畑ではできない塩、砂糖、ランプ用の油、 石けんなども必要になる。これを買うためには農作物を売るわけだが、街道に週に1〜2度 立つ市に2〜3時間歩いて出向き、芋、バナナ、タバコ、ヤシ、ピーナッツなどを売る。 それぞれが、ひと山10T(トヤ)(1K=100T)程。一日粘って売り上げは2〜3K。 所場代に20T。大きな町まで売りに行く交通費などとても出ない。コーヒー、カカオ、 バニラ、ビートルナッツ(檳榔樹)といった良い値がつく換金作物を作らない限り、町の 商品がホイホイ買える収入は得られない。
 今回訪ねた村への港からの乗り合いトラックの車代は1人10K、レイまでの船は40K。 多くの村人にとって、町は距離以上に遠い。

絶対的な貧困というより、急速に近代化、商品経済化した部分と村の生活との格差がこの国 のいくつかの問題を生んでいる。



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  理 事 石中英司 【(特活)AMネット副代表理事】
グローバリゼーションがもたらすもの

 今日もお昼休みに弁当を食べながらニュースを見ていると、また小学生が襲わ れたらしい。犯人は無職の30才前後の男とのニュースであった。最近ますます住 み難い世の中になったなあと感じているのは私だけなのだろうか? 池田市の小学 校に乱入し、児童を殺傷した事件もまだ記憶に新しいところである。世の中みん なが短気になり、いつもなにかにせき立てられて生活しているような気がする。

 90年代初頭にバブル経済が破綻し、この10年以上の経済状態は最悪である。世 の中では「勝ち組」か「負け組」のどちらかになるかで、激しい競争社会とな り、リストラ・倒産が蔓延し、5%台の失業率となっている。特に若者の失業率 は10%台と言われている。

 同時にこの時代は経済のグローバリゼーションが世界的に進んだとも言われて いる。以前、ある大手石油会社の人に経済のグローバリゼーションの波は止める ことはできず、「勝ち組」にならなければならないとその人は言っていた。しか し、誰かが「勝ち組」になれば、誰かが「負け組」になるということだ。世の中 が一部の裕福な「勝ち組」と大多数の「負け組」になるとしたら、どういう世の 中になるのだろう。貧富の差が今以上に広がるのだろうか。1年ほどアメリカに 住んでいたが、あれほど貧富の差がはっきりしている社会はないと思った。同時 に犯罪社会でもあった。つまり日本もアメリカ型社会にさらに近づくということ かもしれない。

 犯罪に関する日本の統計を調べてみると、この10年犯罪が急増している。とく に平成10年(1998年)以降は顕著に増加している。この年は失業率が戦後最悪と 言われ、4%台に突入した年でもあった。また自殺者の統計を調べると、やはり 増加しており特に平成10年(1998年)以降から急激に増えている。そして経済の グローバリゼーションも進んでおり、米に象徴されるように自由化された(関税 化された)のは1999年であった。グローバル化の進行と犯罪社会化・自殺者急増 はなぜか一致しているように思える。

 私はAMネットという政策提言型のNGOのボランティアスタッフとして活動している。 AMネットは行き過ぎた経済のグローバリゼーションが環境、人権や生活に及ぼす影響 について調査研究を行い、必要な政策提言などを行っている。
 グローバリゼーションが進行することが善であるかのごとく言われているが、現実は そのようなものではなく、世界中の多くのNGOによってその悲惨な結果がインターネット を駆けめぐっている。その結果、多くの市民・NGOの意志が明確に国際政治に影響を 与えたのが1999年アメリカ・シアトルでのグローバリゼーションを推進している 国際機関・世界貿易機関(WTO)の総会失敗劇であった。

 かなり強引すぎる論と思われるかもしれないが、行き過ぎた経済のグローバリゼーション がもたらす不安定な社会(犯罪社会)はすでに途上国やアメリカでも現実になっ ている。私たちの回りの社会を今一度見回してみよう。なんか変と思うことがあ まりにも多いのではないだろうか。しかし、このような流れに対抗する術はない わけはないであろう。そのキーワードのひとつは「NGO」に違いない。



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  理 事/事務局長 榛木恵子
国際協力とNGO

 関西NGO協議会は、関西を主な活動地域としているNGO(政府とは異なる、民間国際協力団体)が二十九団体加盟している地域ネットワーク型のNGOです。こう説明すると「NGOを"まとめている"NGOですか?」と質問されます。NGOに参加する人の動機や思いは「それぞれ」で、団体の活動、組織形態も多様です。「まとめる」という発想ではなく、テーマと課題を共有するネットワークを「築く」活動をしています。
 主な活動は、(1)NGOの社会的認知の向上(市民への情報発信と参加のアプローチ)、(2)立場が異なる政府関連、国際機関との定期協議を通した提言と協働プログラムの促進、(3)NGO組織強化の学び−の三本柱になります。
 昨今、9・11のアメリカ同時多発テロを契機として国際協力への関心が年齢を問わず高まっています。インターネットの発達により、個人が世界の状況についての情報を瞬時に収集でき、多数の人々に国境を越えてメッセージを発信することが可能になりました。そして、伝えられてくるグローバリゼーションのゆがみが吹き出した社会の状況に対して、「何かしなければ」という思いが、国際ボランティアへの参加や国際協力の仕事に従事したい学生の増加という現象として現れています。
 その思いを現実にしていくための学び、出会いの場として、一般市民を対象とした「関西NGO大学」を紹介します。関西NGO大学は、一九八七年から開始し、これまでに参加者は千二百人を超え、多くの人がNGO、ODA(政府開発援助)、国際機関でスタッフとして、またボランティアとして国際協力の活動にかかわっています。原則的に九月から翌年の二月までの六回連続、第三週の土日(一泊二日)で開催しています。キーワードは「気づき→学び→行動」とし、海外の課題は国内の私たちの足元(生活)と連動していることを意識して、各回のコンセプトを考えています。
 情報の共有手段としている「N大メーリングリスト」には海外、国内の関係者からさまざまな社会状況に対する情報やメッセージが毎日投稿されています。その内容を読んでいると、人と人とが互いにかかわることによって、社会を揺さぶる原動力が生じてくることが見えてきます。
 日本政府は、国際社会に対する責務として、イラクに自衛隊を派兵しました。
 当協議会では、自衛隊派兵が決定した後に臨時拡大学習会を開催。五十人近い参加者がありました。当日の講師でもあり、これまで関西NGO大学の講師も担っていただいている池住義憲さんが代表となり、「自衛隊イラク派兵差止訴訟」の呼びかけがされています。
 また、当協議会ホームページには、「加盟団体による平和への取り組み」を紹介するコーナーも設けています。
 以上のように当協議会は、各加盟団体によるそれぞれの活動や情報の共有化、池住さんのような関係者による行動やホームページなどのメディアを通して、国際平和協力に対して人々が気軽に参加できる活動の場と情報の提供、共有を進めていくことをめざしています。

「部落開放」2004年4月号(532号)「水平線」より抜粋

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